第20話 すごくどりょくした
「鐘乃の様子がおかしい? みつみつ、それってどういうことだ?」
雷太はカフェオレをすすりながら首をかしげる。
昼休みの屋上。屋根付きのテーブル席で、俺と雷太、そしてみつりさんが顔を合わせていた。2限目の休み時間に俺、雷太、みつりさんの三人でのグループ会話が突如立ち上がり、昼休みにここに集合することとなった次第。
グループを作ったのも呼び出したのもみつりさんなわけだが……このグループの名称が『不審者対策本部1号』というのはどう意味ですかなぁ?
それはそれとして……目の前の彼女の表情はやや深刻。眉は行儀よくひそめられており、その困惑がよく伝わってくる。
「うーん……端的に言えばキツい。キモいじゃなくてキツいやばいひどい」
絞り出すように伝えられた言葉はものすごい切れ味を持っていた。俺、言われたら立ち直れないかもしれん。
「……想像できない、かなあ」
とりあえず正直な気持ちを伝えてみる。雷太も俺に賛同するように曖昧に笑っている。
「……じゃあ、ふたりとも教室に来て! 見ればわかるからっ!」
そう言って彼女は、俺らがそれぞれ食べていた惣菜パンをグイグイと口に押し込んでくる。
「むごっ! わ、わかった、わかったって!」
雷太が立ち上がりつつ、慌ててパンを飲み込んでいく。俺もそれに遅れないようにもしゃもしゃとサラダパンを咥えたまま立ち上がる。
さて、どんな様子なんだろうか?
……楽しみになんてしてないよ!
◇◇◇
三人揃って1F後方ドアから顔だけ出して中を伺う。上から順に雷太ヘッド、俺ヘッド、みつりさんヘッドである。
すると……
「えー、やだあ、もうそれってなくなくなくなーい!」
「え、えっと、そうだよね、れんちゃん……」
「それってば、おかしくなくなくなくなくなくなーい!?」
「う、うん……」
鐘乃さん可愛い、じゃなくて、彼女は教室の中央付近でクラスの女子と会話をしていらっしゃるようだ。
……。
いつもどおり可愛いじゃないか!
「なんだ、アレは? 口調がひどいぞ……」
しかし、雷太は目を大きく開きつつ、口をへの字に曲げる。
「やばいよね……」
みつりさんもそれに反応するように渋面で腕を組む。
……。
「えっ」
「え゛」
「えぇ……」
そんなに変な反応をしただろうか、二人の表情がさらに悪化したわけだが?
「なんだよ?」
あまりにあんまりな反応に、少しだけ俺の口調に険がこもるが二人はスルーすることとしたようだ。
「いや、うん……とりあえず大丈夫。恋は盲目もくもくだからね」
「ああ。とりあえずの問題は鐘乃の方だなあ……豊、行って話してこいよ」
「ちょっと劇薬すぎない?」
「誰が劇薬か」
みつのさんの言葉が刺さりに刺さる。
「でも、見たくないか?」
雷太くん、君は誰の味方なのかな。明らかに面白がっているでしょう?
「めっちゃみたい!」
そしてみつりさんもそれに乗っかる。
「ふたりとも面白がっているだろ……」
この距離でも俺は緊張しているんだぜ、分かっているだろうキミタチよ。見てくれたまへ、この指の震えをよお。
「まあまあ」
「まあまあまあまあ……ほら、行ってこい!」
しかし、雷太にぐいっと押され、俺はたたらを踏んで教室に入ってしまう。
「おいっ。って、あ……」
机に引っかかりわりと大きな音が鳴り、騒がしい昼休みの教室といえども注目を集めてしまった。
「……」
というわけで、鐘乃さんとばっちり目が合う(そして一瞬で逸らす)。ここはもちろんクールに、普段通りに返すべきだからそうしようと思いますよ。
「こ、こ。こここここここここ、こんに。ちは! しよゎうのさんっ」
はい。いつもどおりの返しだなあ、これは。
「アイツ、どこに句読点入れてるんだ?」
「それよりしよゎうのさんとか言ってない?」
二人の冷たい目線が俺の背中に刺さるのをはっきり感じる。
うるせえ、外野! こちとら精一杯なんじゃい!
「……」
「……」
歯が浮かずに、沈み砕けるくらいの俺の挨拶に、鐘乃さんは返事をしてくれない。先程まで、彼女とおしゃべりしていた女子たちもぽかんとした表情でこちらの様子を伺っている。というか、1F全体の注目を集めているようだ。なぜだ?
「おい、空気ヤバいぜ」
「豊くんのきもきも挨拶がびっくりするくらいデカかったからねえ……クラスの皆、マジでごめん」
俺にも謝れ。でも、彼女と話すきっかけをくれた点についてはありがとう、かつマジ感謝。
「……ふひ」
しばし続いた沈黙を破る一声――というか、鼻息のようなうめき声が鐘乃さんから漏れる。どうしても正面から顔を見られずに、彼女の肩辺りを見ていたのだがそれが気になって思わず、彼女の顔をばっちり見ることになる。
「ふひっ、あいぞみ、くん!! こんにちは!!!!!」
かわいい。
元気の良い挨拶で百点満点です。
「……じゃ、俺はクラスに戻るから」
「へいへい雷太くんよい。君の提案なんだから、なんとかしていってよぉ」
「みつみつだって同意してたろっ! 俺、嫌だよあそこに加わるの!」
「私も嫌だよ!」
外野どもがぎゃあぎゃあと醜く言い争っているようだが、ほとんど耳に入ってこない。
いま、俺は彼女になんて返答するか高速思考しているのだ。彼女の表情(かわいい)、口角の上がり方(かわいい)、右手が天に向かって高々と挙げられていること(かわいい)などなど……すべての要素を頭の中の演算装置に入れてから、その装置ごと大鍋にぶちこんでじっくりことこと煮込んだ結果――
「げ、げん、元気そうでよかった!!!」
この返事どうよっ!?
「うちの親友殿は会話を続けるみてぇーだな」
「やっぱり今のうちに逃げよう、雷太くん。外の自販機に行ってサイダーでも飲もう」
「良い提案だ……って」
「……今日の部活のことを伝えに、私様がわざわざ来たのに、一体何を騒いでいるのです?」
外野に一人追加されたようだけど、そんなことはどうでもいい。思考の邪魔である。
「わた、わたわた、わたしっ、元気!! イェイ!!」
「おうけーい!! イエア!!!」
その言葉とおり元気いっぱい胸いっぱいを体現したのか、鐘乃さんは両手を天に掲げる。俺もそれにあわせて思い切り両手を上に上げる。
二人揃って二の腕部分が耳にくっつけ、ぴんと上にのび~る姿勢。「I」ではなく「|」という感じだ。
これってまさに渾然一体いきぴったりでは? 雷太とみつりさんの予想を超えて仲良しになっているのでは?
「ただのカオスですよ、ふぁっきん不審者共。さっさと廊下に出るのですよ」
そんなセリフと共に、俺たちの空間に乱入するものアリ。それは俺と鐘乃さんの鼻を思い切りつまんで、そのまま廊下の方に引っ張って誘導する。
「いた、痛いでしゅ!」
「いたたたた、ひょ、ひょっと清せんぴゃい!」
闖入者――清先輩は俺らの様子を気にもしないで、ぐいぐいと大変力強く引っ張り続けるので、俺たちとしてはそれについていくしかない。
「まったく……二人は大変悪い意味で目が離せませんね。そのまま、馬に蹴られるか、犬に食われてしまえばいいのに」
それは俺らに対して言う言葉なのか疑問があったが、そんなツッコミをする余裕がないほど、鼻がいてえ。
「お、お騒がせしましたっ」
「みんなごめんね!」
俺たちが廊下に出て進んでいくのに併せて、雷太とみつりさんがそんなセリフとともに追ってきて――そんなことより鼻がいてえ!!
理想の相手、見つけちゃいました みょうじん @myoujin_20200125
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