【短編】男爵令嬢なら王子を好きになって当たり前、なんて思ったら大間違いだ

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第1話 男爵令嬢なら王子を好きになって当たり前、なんて思ったら大間違いだ

「あの女を断罪して婚約破棄してやる!そして君と婚約するよ!」


「王子様……」


薔薇の咲く庭園で、私の手を握り締めてこの国の第1王子がそんな爆弾発言を投下した。


こいつは、なにを言っているんだ……?


私は一瞬その意味がわからず言葉を失ってしまう。


あの女って、公爵令嬢のことよね?学園での淑女の鑑とか、美しすぎる白薔薇姫と謳われる公爵令嬢様よね?!


絹糸のようなさらさらのホワイトプラチナの髪と琥珀色の瞳が神秘的で神々しく、さらには貴族の爵位どころか平民すらも差別することなくとっても優しく接してくれると噂の女神の化身と囁かれている公爵令嬢様のことですよね?!


そして私はというと、元平民で男爵位を買ったたかだか成金(父親)の娘。

ふつーの茶髪の髪に、ふつーの茶色の瞳。ほんとにふつーのただの男爵令嬢だ。確かに平民の頃は可愛いと持て囃されていたけど、はっきり言ってこのお貴族様の学園に入ってそんな自信はとっくにへし折れている。


だって公爵令嬢様は美しすぎる……!初めてお目にかかった時は「え?まさにあれって絵画から抜け出てきたんじゃ……?天使かな?」ってマジで思ったし。


あぁ、美のイデアよ!魂のプシュケよ!本物の美の結晶が今ここにーーーー!


眼福すぎて崇めたよ。いやほんとに。マジで。


成金の娘で平民上がりの私にもめちゃくちゃ優しい。とにかく優しい。

貴族のルールやマナーなんてほとんど知らないまま貴族社会に放り込まれた私は右も左もわからないままあっちこっちでマナー違反を繰り返していたのだが、その度に正しい事を教えてくれるのだ。


それは時に優しく、時に厳しく。公爵令嬢様がそうやってみんなの前で私を叱ってくれるおかげで他の令嬢たちに嫌味を言われることもなく応援されたりしている。いつか公爵令嬢様に認められる立派な淑女になれと!


それもこれも、令嬢たちの間で浮いた存在である私が孤立しないようにとわざと叱咤してくれているとわかっているので感謝感激雨霰しかない。


そんな完璧令嬢の婚約者であるのがこの第1王子。金髪碧眼のイケメンで、公爵令嬢様と並べば確かにお似合いだ。公爵令嬢様の美しさをより際立たせるのに役立っている。


だが、中身は馬鹿だ。

完璧なのは見た目だけで学園での成績は下から数えた方が早いし、剣術は出来るが馬に乗るのが苦手ときたもんだ。馬に嫌われてるみたいで背中に乗せてもらえないらしい。


ちなみに公爵令嬢様は成績は恒にトップクラスだし、馬術はもちろんフェンシングだって素晴らしい身のこなしである。幼い頃からの英才教育は見事に開花されている。まさに完璧令嬢!


そんな見た目も中身も完璧な公爵令嬢様だからこそ未来の国母は彼女しかいない!と王太子の婚約者に国王から指名された公爵令嬢様を断罪する?婚約破棄だぁ?

そういや、こいつそのあと何て言った?


……代わりに私と婚約するだとぉぉぉ?!



「お、王子様、ご冗談はやめてください……」


下にうつむき、思わず殴りそうになるのを必死に抑えて震える声を絞り出した。


「冗談なんかじゃない!もう我慢しなくていいんだ。

俺は全てわかっているよ。あいつは公爵令嬢であることと俺の婚約者だという立場を使って君をイジメていたんたろう?辛かったね」


イジメ?!公爵令嬢様が私を?!いつ?どこで?地球が何回まわった日だよ~?!


「ど、どこにそんな証拠が……」


「ふふ、今まで巧妙に隠されていたようだが証人がいるんだ。伯爵令嬢と子爵令嬢が証言してくれたよ」


あいつらぁ!なにでっち上げてんだよ!

はっ!そういやそのふたりは公爵令嬢様の熱烈なファンだったはず……いつも公爵令嬢様になにかとかまわれている私に嫉妬したか!


嵌められた!!これは罠だ!


このアホを利用して私を学園から抹殺する気に違いない!今頃ふたりして高笑いしながら優雅に紅茶でも飲んでやがるんだぁ!!ちくしょう!


「お、落ち着いて下さい。私はそんなことされてません……」


「もう我慢しなくていいんだ!俺たちの真実の愛を貫こう!」


話を聞けよ!っていうか、お前なんかと愛を育んだ覚えもねぇよ!!やっぱり馬鹿だな!

なんか自己満足して陶酔してるけど、私を巻き込むなぁぁぁ!!


もうこうなったら、不敬だと訴えられたとしてもこのアホを殴って逃げるしか……!


私が拳に力を込めたその時、園庭の入り口がばーんっと音を立てて開いた。


「そこまでですわ、殿下」


そこには公爵令嬢様がいて、美しい微笑みを浮かべている。


「お、お前!なぜここに?!」


「なぜもなにも、この庭園は学園の生徒なら自由に入れる庭園ですもの。わたくしがいてもなんら不思議はありませんわ」


「そうやっていつも俺を馬鹿にして!もういい、いっそここで全てを暴いてやる!」


ちょっ、おまっ、なにする気だよ?!っていうか、私を離せよ!!


握りしめられている手を振りほどこうともがくがびくともしない。この馬鹿力め!痛いんだよ!


ぎゅうっっ!!とさらに力が込められ、手に痺れた痛みが広がった。


「いたっ……!」


私が思わず叫んだ次の瞬間。


ぱしんっ!と鳥が羽ばたいたような静かだが力強い音を立てて王子が吹っ飛び、私の目の前には公爵令嬢様がいた。


え?公爵令嬢様が王子を殴り飛ばした??


「汚い手でさわってんじゃねーよ」


公爵令嬢様の熟れた果実のような唇からそんな言葉が紡がれ、私の体はいつの間にか抱き締められていたのだ。



ど、どーゆーことぉ?!








***






なんと、公爵令嬢様は実は男性だった。

実はそっくりな姉が婚約者に任命されたそうなのだが……。


「姉には不思議な力があってね?少しだけ未来がわかるというか……そんなにはっきりしたものではないんだけど、予言の能力があるんだ。

殿下との婚約が決まると姉はその未来を予言してこう言ったんだよ」


それはそれは心底嫌そうな顔で言ったのだとか。


“この王子アホですわ。このまま婚約していたら絶対浮気された上に断罪されて婚約破棄されて冤罪なのに国外追放されますわ。冤罪を晴らすのに苦労する未来が……わたくしこんなめんどくさい未来嫌ですわぁ!”と。


「だから見た目もそっくりな僕が身代わりに学園に入って王子の動向を探っていたんだ。僕は元々騎士になるつもりでこの貴族学園ではなく騎士の学校に入る予定だったから誰も僕が見た目がそっくりな弟だとはわからないと思ってね」


ちょっぴり複雑そうな顔で自身の髪を摘まみ「姉の趣味で伸ばさせられていた髪が役に立ったよ」と呟いた。


なるほど。私なんかは姉弟がいたことすら知らなかったし、知っていたとしてもこれだけ美しければまさか弟の方だとは思わない。それくらい完璧に女性にしか見えなかった。


「騎士の学校の方は試験だけ受けて合格してから休学しているんだ。あの王子をなんとかしたら復学できるようにね。でも、思ったより早く片付いてよかったよ」


にっこりと微笑む公爵令嬢様(弟)。

ちなみにあのアホ王子は色んな令嬢と浮気三昧だったようだ。さらには汚職にも手を出していてかなり怪しいこともやっていたのだとか。やっとその証拠が揃い、王子を断罪するためにあの場にやって来たと言うけれど……。


「あの王子はなぜ私を選んだんでしょうか……。挨拶くらいしかしたことなかったんですけど」


「あぁ、それなら……。なんか、いつも自分を潤んだ熱い目で見てきてたからきっと自分を愛しているに決まってる。なんて可愛らしい令嬢なんだ!って、いつの間にかあのアホの頭の中では真実の愛で結ばれた相手になっていたようだよ。あと、男爵令嬢だから王子に見初められたと知ったら尻尾振って喜ぶに決まってる。みたいなことも言ってたかなぁ」


「きもちわるぅっ!」


思わず叫ぶくらい背筋がゾワッとした。


「うん、ほんとに。今でも自分はあの女に騙されたから悪く無いって叫んでるよ。君に唆されたんだって」


「私に罪を擦り付けようとしてるんですか?!そんなことしてません!」


「わかってるよ。まともに話したのだって今日が初めてでしょ?」


「はい。突然呼び出されて……。さすがに王太子の呼び出しを断るわけにもいかず仕方なく行ったらあんなことに……」


今さら王子に手を握り締められたことが急に怖くなる。もし公爵令嬢様(弟)が来てくれなければなにをされていたかわからない。


「怖かったね、もう大丈夫だよ」


そうして私は王太子の恐怖から逃れ、平穏な学園生活に戻れたのでした。












数ヶ月後。


王子と公爵令嬢様の婚約は白紙に戻された。


王子は国王陛下にこっぴどく怒られ城に軟禁状態で再教育を施されることになったのだが、

悪行を重ねた王子が素直に改心するはずもなくそのうち廃嫡されるだろうともっぱらの噂だ。なんでも従兄弟を養子に迎える準備をしているのだとか。


そして学園に復帰された公爵令嬢様(姉)はやはりまごうことなき美しさで、私以外の誰も入れ替わったことには気づいてないようだった。


あれから公爵令嬢様(姉)とはお茶会をよくしている。とっても仲良しだ。


だけど同じ顔なのに、やはり違う人を思い出してしまう毎日だった。




けれど、ある日そんな憂いは消えてしまうことになる。


公爵令嬢様と同じ顔で、髪を短く切り騎士学生の制服に身を包んだ彼が目の前に現れたのだ。


「僕は必ず立派な騎士になってみせます。そうしたら、あなたに婚約を申し込むことを許して下さいますか?」


少しだけ背が伸びた彼が、私の手をとり唇を落とす。


「わたくしには、素敵な未来が見えましてよ?」


と、公爵令嬢様が微笑んだ。



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