第8話

 ゴキブリの群れの先頭に近付くにつれ、ようやく本調子に戻ってきたようだ。


「まだ遊んでても良いけど? 魔力がカラになるまで無差別に撃ちまくれるからさ‼」


機関銃の連続怒涛の発射音を撒き散らせながら、リリーはアメリカンドリームを掴んだような言い回しで強がる。チリトリス内の魔力充填量が底を尽きそうだってのは、運転席のモニターにバッチリ映り込んでいるのだが。


「ファッキン差別は推奨するが、そいつは御免だ、腐れボケ」


 魔力製の弾丸で粉砕されるゴキブリの破片や体液を躱しながら、悪態に悪態で返す。俺達を狙う戦車の大半はゴキブリ達の猛進によって跳ね飛ばされ場は平定しつつあるが、未だ別の危機。


 俺達自身が敵の戦車たちの二の舞になりかねないのである。

ゴキブリの群れの先頭集団にまで到達した俺達は、いよいよと戦線を離脱する方法を各々模索し始めていた。


するとそこで、頼もしい力を発揮するのは人工知能アイリンガルなのだが——、


『提案。進行方向付近に先ほど破壊した戦車の残骸を確認。加速して発射台に応用するのは如何でしょう。良い感じです』


 「はは! ナニソレ最高ね、アイリンガル。レッツ・アンド・ゴーで」



「熱さでイカレてんのか、ミニ四駆じゃねぇんだぞ……」

意外と思われるだろが、奴はポンコツだと俺はここで叫んでおきたい。リリーのお友達ならではと言うべきか、類は友を呼ぶって話だ。


「雲の中にどれくらい水があるか確かめに行くって話!」


ファンキーリリーは実に楽しそうであった。

冒頭の提起を蹴り飛ばす解答をした単細胞のくせに、記憶能力だけは秀でているようだ。


「……——とんでもなく頭の悪い算数だ。アイ、速度と角度を計算してナビ!」


まったく、腐ってんのは俺の脳もか、と俺は鼻でせせら笑い、そして賭けに乗る。



『ルートシュミレート、VRゴーグルを装着してください』


「あいよ! マニュアル確認済みぃ」


乗り掛かった舟だ。俺は尖った趣味の悪いサングラスを装着する。

運転席から降りてゴキブリと一緒に愉快な散歩をしたい気分でもないんで、な。

そんな面持ちで、起動するヴァーチャルリアリティに視線を泳がしていると、リリーが思い出したように追加の注文。


「ねぇ! 飛ぶときに【アレ】をまたやってよ!」

「ああ⁉」


それは俺からすれば怒りも漏らしたくもなる間の抜けた注文であった。


「昨日、敵をぶっ飛ばした時に叫んでたヤツ!」

命懸けのギャンブルに興じる時には不謹慎極まりなく、ましてや俺の出来立てほやほやの黒歴史となれば尚更。


「かっ、あんなダセテキトーな台詞がお気に入りかよ! いい感じの音楽が欲しい所だ」


それでもゴキゲンな俺は、やってやろうと思ったのだ。

本格的に、頭はぶっ壊れつつあるらしい。


『表示ルート、走行ルートに合致。速度上昇願います。状況に最適な音楽をピックアップ』


気が利くアイリンガルの音楽センスと、ピピピと鳴り響くVRゴーグルのイカした演出に否応なしに盛り上がっていくテンション。アクセルは、もうじき全開だ。


ろくでもねえ、ったら。


「行くぜ‼ アイム・ビリーブ‼」


「「アイズ・ミー・マイセルフ‼」」


リリーは、勢いだけのテキトーな英語が本当に好きらしい。



『魔力滑走路照射、ネギアブラ滑空モードに変形開始、離陸まで約五秒』

『五、四、三、二、一……——』

アイリンガルは機械らしく冷静だが、



『「「アイ・キャント・ドゥ・イット」」』

空気を読むくらいの芸当は出来る上出来な代物だ。


「「マイ(ユア)・トゥルー・ネーム【伊武アナタ】‼」」


 そして俺も——こういう馬鹿騒ぎは嫌いじゃないのさ。本当はな。

壊れて転がる戦車を軸に魔力で作られた発射台。その理屈もネギアブラの変形機構が上手く行っているかも気に留めずに俺達は、ただひたすら直進し——、斜めに飛んだ。


向かうのは天高い快晴の向こう側、よくよく考えれば今日は雲一つない青天井。

雲の中の水分量なんて、どうやったって調べようもない天候だ。



『ヒーハー。離陸成功および変形パターンB【タケボウキ】に移行完了』


それでも尚——アイリンガル、それをお前が言うのかよと突っ込みたくもなる心境で。


「出力全開! さっさと戦線離脱すんぞ!」


しかし決して不粋なツッコミはしない、そんなお祭り騒ぎ。


「ったく、アドレナリンでまくりだ。どうせゴキブリは空飛んで追って来てんだろ?」


心臓が——熱く鼓動して痛いくらいだ。生きている、生きていた。


『ご明察通り』

 「羽がエビの尻尾と同じ成分ってのは本当なのかよ」


賭けの報酬、生還の喜びで脳が踊っているように口も回る。


『解答。人類滅亡の数十年前に、昆虫食がブームの際に好まれた食材です』


しかし、他愛もない会話の中、リリーだけが不思議と静かであった。

そして彼女は不意に付け込み、たぶん初めて俺の名を呼ぶ。

「ねぇ、アナタ」


「んあ?」

不覚にも、少し艶のある声だと感じたものだ。ガキのお祭り騒ぎ馬鹿騒ぎの只中に、ひとり冷静に前髪を流す仕草が大人びて見えて。



「早くアンタより良い男、見つけてよね」


 それでもニコリと笑った顔は無邪気そのもので、ギャップ萌えでも狙っているのかとさえ錯覚した。ああ——幻想だよ、こんな感覚は。


「……あったりまえだ。ゴキブリと同じくらい人類ってのは鬱陶しいから、そこら辺に腐るほど居るっての」


誤魔化すように悪辣に嗤い、俺はまたハンドルを操作して機体の速度を上げた。

吊り橋効果なダンスパーティーで踊る相手がコイツと俺しか居ないってのは寂しい限りで、世知辛い。ゆっくり深呼吸して茶でもシバけば解けちまう魔法みたいなもんなのさ。


そんな風に俺が歪み切った青いロマンチシズムで思考する傍ら、

ふと俺の軽口を真に受けたリリーが息を吐いた。


「バーカ。人類は、もう滅んでるのよ——私たち以外ね」


何度も何度だって言われようが、耳馴染みの無い脅迫に水滴は生まれない。

だから何だって話だよ。


パーリーは、まだ続くのさ。パーティーを探すまで。


諦めてたまるか、俺は妥協で愛を育めるほど、ご立派な人間じゃないんだよ。

お前だって、そんなつまらない道筋を歩きたくないだろ、


なぁ——アダム・リリス?



                踊る二人のエアロゾル。

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踊る二人のエアロゾル。 紙季与三郎 @shiki0756

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