第7話

     5

放物線を描くレーザー光線の雨と爆風を掻い潜りながら、


「さてさてさて! 見えてきたぞ、くそったれ!」


 俺達は工業地帯と衝突した巨大な砂煙を目の前にした。そして、共にその元凶であるドス黒い、黒光りの生物の正体も露になっていく。


「いやぁぁああ、キモチワル‼」

リリーが叫んだ。さもすれば、異世界であろうと万国共通なのかもしれない。


『変異型昆虫生物、通称BI・Gの群れを捕捉』

この手の類似する生物が酷く敬遠される存在であるのは。


「さっき話で聞いてはいたが——」

「マジでクソでかいゴキブリだな、おい‼」


まぁ、小高い丘くらいのサイズはありそうなゴキブリ。それが四五十匹どころではなく一斉に同じ方向に向けて群れなし這いずる光景を目の当たりにすれば、悲鳴を上げたくもなるというものだろう。


「アレに食われて死ぬのだけは絶対嫌だからね! ゼッタイ転ばないでよ!」


ガンガンと頭上の射撃席から足踏みのよう蹴りの音。

 ここに来るのは同意の上だろうに。


「分かってるよ! このまま突っ込むぞ‼」

 勝手なもんだと思いつつ、俺だって悪戯をする気分になれない程に恐怖を感じている。聞いた話によると、こちらのゴキブリは強酸な胃液で獲物を溶かし、群れで代わる代わる死体を啜るという。想像しただけで身の毛もよだつってもんだ。


「チリトリス、ハーフモード【サライ】ね!」


リリーが変形戦車ネギアブラのマニュアルを読んだ際に俺も学んでいた走行特化型の変形パターンを指示する。すると、


『了解。強襲砲モード・レールガン、魔力充填開始』


後方の戦車群に向いていたチリトリスの上半身が組み代わり、上下二段の戦車とバイクを足した形へと完全に変わる。アイリンガルの気の回しようも頼もしい。


「「風穴を、空けろオぉぉぉぉぉ‼」」


無線通信ではなく、背後からリリーの声が直接聞こえたあたり、後部座席も説明書通り、【サライ】の時は繋がるらしい。何のことは無い語彙が被った照れ隠しさ。


そうしてネギアブラ、チリトリス共通の主砲はゴキブリに向けて強烈に放たれる。


————。

 昔のテレビは——、アンテナから電波を受信しないと砂嵐のような音と映像が流れたらしい。今の空気を説明するなら、そう表現するのが一番近いのかもしれない。


「よぉし入ったぁ‼ このままゴキブリの群れに紛れるぞ‼」


人為的な砂嵐を突っ切り、ウィリーをしながら俺はチリトリスの進行方向を反転させる。サブモニターに流れる景色には、一心不乱に進む黒光りの体、ひしゃげた鉄パイプのような毛の生えた全体としては細くもある太い足。囲まれているなんて考えずとも分かり切っていて。


『頭上、強酸液‼』


響き渡るアラーム音。アイリンガルが珍しく叫ぶ。


「そんなにうまく吐かせないって‼ バリア展開‼」

連射された銃声の後に、ようやく俺は状況を咀嚼した。


「……危ねぇトコだったな」

ノイズが走り振動に揺れるモニターには、半透明の膜に滴るドロリとした液体。恐らくな間一髪の光景に俺は呆然と声を漏らす。


しかし——、命取り。

「まだ油断しない‼ 上手くすり抜けた敵戦車も居るんだか——ら」

 それを諫めたリリーにも油断を生ませてしまった。瞬発的に視線を流すとソレは、猛進の勢いのまま蹴られてきたのだろう。



チリトリスの眼前に音もなく迫った敵の戦車の残骸。


——咄嗟だった。サブモニターの端に映ったソレに、走馬灯がよぎりそうな思考の空白。


「——⁉」

 全力でブレーキを握りアクセルを回すと、けたたましく後輪のタイヤだけが前輪を軸に横に回る。激しく振るネギアブラのケツの勢いを利用して、俺は元に戻せる極限ギリギリまで車体を倒して。



「「危ねえー‼」」


二度目の死線、すり抜ける。さしものリリーも肝を冷やしたに違いない。


『周囲全方位。敵、高速接近中』


すると今度はアイリンガルが俺達を諫めた。


「分かっちゃいるよ‼」

「……」

 気持ちを切り替え、アクセル全開で走り始めたチリトリス。けれどリリーは未だ、少し茫然自失になっているようだ。たった今、死にかけたんだ無理もない。


——。

 空から見れば黒く染まる大地、

相変わらず太陽は嫌がらせのヤジを飛ばす傍観者でしかない。


【——喉が渇いていた。心だって】

【汗も直ぐに消えていく世界を危ぶんで、私は泣いた事だって無いのに】


私は夏って奴の陽炎を見るように思い出す。


【飲み込んだ水が染み渡っていかないから。渇いて、渇いていくばかり】


熱せられた鉄と燃え散る火薬の匂いは最早、世界に染み付いた体臭だ。


あの日だって、そんな臭いで世界は満たされていた。


けれど——



「——俺は、お前の事が大嫌いだ‼」

 【アレは、本当に最悪の出会いだった】


笑い話にもならない笑い話に私は思い出し笑いをしてしまう。


「命の恩があろうが無かろうがお前と文字通りにアダムとイヴになるくらいなら人類なんか滅べと、心から叫んでやるよ」


その日の夕陽を私はきっと、忘れない。


「リリー‼ だから代わりに約束だ」

「俺が——お前に最高の結婚相手を見つけてやるってな‼」

 【出会った初日、それもラヴの告白なんてしてすらいないのに一方的にフラれるクソ展開の終末ラブコメディ】


ナルシスト臭のする瓦礫の山のお山の大将、本当に恥ずかしい奴。


「そろそろ先頭、抜けるぞ‼」


ただ、昨日の今日までコイツは本当に夕陽のように輝いて見えていて。


【心臓が今さら、心に馬鹿みたいな量の血を贈った感覚をまだ、覚えてる】


いつか来るのだろう、夜の訪れが少しだけ、不安。


この感覚の、

この馬鹿みたいに心が乱れる幻覚の、

名前をまだ、私は知らないフリをする。

——。

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