第6話



      4・1

 逃げる準備は出来たかな、と私は思っていた。アイリンガルが居るから、とは考えつつも私は、これからの手も考える。まったく、嫌になる。


「あー鬱陶しい‼ お互いにそんなヒマ無いでしょうに!」


八つ当たりのように、私をしつこく追い回してくる虫けら数体をビームソードで斬り捨てて空中のフライボードに背中を預ける。


「まさか悪魔の登場とはね。ホントに神様って奴も、とことん悪趣味なコメディーが好きだこと」

空は高いけれど、神様が見下ろすには丁度良い快晴。笑いなすっているような気がして、反吐が出そうで出やしない。


「雲の中の水分量……か」


するとその時だった。走るフライボードの駆動音に混じり、戦闘とは遠く関係もなさそうな工業地帯の外から弾薬の発射音。


「⁉——信号弾⁉」


緑色の煙と、そして光。フライボードに寝ていた体を起こし、私はわざとらしく驚いた。

「あのバカ、逃げろって話なのに‼」

知っていた。期待していた、悔しい事に。


『射撃、警告』


そこに、小さく笑んだ私の前に、機銃の回転音は丁度いい天罰だ。目の前に現れたドローンのカメラな顔が何となくキュートにさえ見える。


「……この——っ⁉」


咄嗟に気持ちを戦闘モードに切り替えて、フライボード上で飛び起きながら羽織っていたマントを破いても構わない勢いで引き剥いで。

布地に包まれるドローン、後は勝手に回転する羽が布を巻き込んで自滅してくれる。


「そのボロ布は、今回の代金ね。油拭きに最適な代物だから等価値でしょ?」 


断末魔の落下音は、とても笑えた。が、ああ——、まったく。

「……ま、許される訳もないか」


追加で続々と顔を出すドローンの群れと地面から聞こえる不穏な音響に、さしもの相棒フライボードも悲鳴を上げているように浮遊魔力を噴射する。


「戦車に悪魔に、ロクでなし。最悪のパーティー会場だわ」


ああ——、まったく、もう。


「はは、でもホント——楽しい‼」

私は心底から込み上がる笑いを抑えられずに、行先に走り始めた。



「アイム、アダム・リリス‼ ヒャッハー!」


ああ——、アイツは来てくれるんだ。

   4・2

 迎えに行ってやるつもりではあった。と前述からのも含めて嘘ではない。


『——メインモニター正面上空にリリーを視認』


「そんな事より回れ右でケツ振るからこっちに向いてる、ぶっとい筒の数を数えろ‼」


遠方の砂煙より遥かに喫緊の砂嵐な光景に、俺は方針を変える。リリーを追いかけて群がるドローンと戦車の砲身に恐れをなしての事だ。


「百八十度反転するぞ‼」

 『リリーと合流まで約五秒』


「関係あるか‼ アイツとハグする為に汚ねぇ花火になんかなってたまるかってんだ」


アイリンガルは飼い主と別れた飼い犬くらい名残惜しそうだった。犬に動物病院での検診の重要性を解いた所で理解は得られないだろうが、そこは無理にでも強行せねばならない。命あっての物種だ、俺はネギアブラの操作レバーを急かす。


「スピーカーに俺の音声を繋げ、アイリンガル。走りながらリリーに指示を出す!」


代わりと言っては何だがと、レバーを強く握り直しながらリリーとの合流の意志がある旨を暗に示し、アイリンガルの気が逸れるよう仕事も与えた。


『熱源感知 右に回避勧告』


しかし今更ながら、アイリンガルは犬では無い。片耳に装着するヘッドホンから聞こえる爆音からの風切り音とアイリンガルの声がリンクして。


「あらよ! ウーバーイーツで出前一丁‼」

咄嗟に捻るハンドルレバー、ネギアブラの車体は遠心力に起因する浮遊感に襲われる。


「——早漏野郎が。アイリンガル、車体が回れ右だ。正面モニターをバックモニターに変更!  マイクの調子は⁉」


 恐らくは話に聞くレーザー攻撃という代物だったのだろう、チリチリと砂の燃える音とモニターに映る黒煙に熱い血潮を感じつつ、命からがらに生き延びて悪態を吐く。せっかく反転した逃げ腰が、今の回避行動でネギアブラが一回転した事により台無しになり、迫りくる戦車群が黒煙の向こうに小さく見える。


『感度良好。音量上昇中。リリーの通信システムともリンクを開始します』


それでも、酷く冷静な心強い相棒のおかげで、何とでもなる気がした。

そして、片耳のヘッドホンから銃声とノイズ交じりに懐かしく思えた声も聞こえ始める。


「くうー、この弾幕ったら‼ まさかアレの対策に集めてた戦力をこっちに向けるかね」

「そんなに人間が嫌いなのか、って‼」


悲鳴にも似た罵詈雑言、間抜けなりの矜持か、お喋り好きな女性の本分か、随分と楽しそうにも聴こえて。


『  リリーぃぃ‼ このクソビッチが‼  』


如何せん危機的状況だ、ろくすっぽ語彙も選ばず俺は叫ぶ。外部マイクが拾う声が片耳のヘッドホンから聞こえてきて奇妙な感覚。


「——⁉」

 『さっさとネギアブラのケツでも蹴って叩き起こせ、遊んでる場合かボケ‼』


今後前向きに検討した上で善処したい言い回しと酷く性格の悪い声。


「……誰がビッチよ‼ 叩くのはアンタのケツが先だっての‼」

しかしながらこれが俺だと、それが俺だと、二人が笑んだようだとも思う今日この頃。深く息を吸い、そして吐く。思考も恐怖も不安も全て吐き捨て、ただ細胞の赴くままに俺は操作レバーを操作し、クラッチを強く踏んだ。


やり遂げなければならない事を一つだけに絞って。


「ネギアブラ武装全展開準備‼ 威嚇で良い、リリーが戻るまで射撃は任せるぞ、アイ」

 「俺はこのまま蛇行しながらバックで走る」


『了解、威嚇射撃開始』

急発進と言えば雄弁で、一目散に後退し始めるネギアブラ。運転席から見えるレーダーの表示には、警告を示しているのだろう赤い電波反応が複数見て取れて。


順番は——一斉か、最善は——最適解は——、どう動く。


 刹那的な断片思考が滞りなく右から左へ脳を抜け、操作レバーを握る腕と指に蓄積してくようだった。そして始まる、敵さん方のロッケンロール。


音楽ライブの演出だったらヘッドバンキングでもしたい派手なレーザー照射ではあるが生憎、首を横に振らすのが精一杯の死活問題な状況で。ジェットコースターも真っ青になるほどに左や右と車線を揺らすネギアブラ。


「ほえー、器用なバック走。向こうの砲撃を読んでないと出来ない芸当かな」


今にも車酔いで吐いてしまいそうな中、耳のヘッドホンからの無神経な贈り物のせいで反吐も出そうで仕方ない。


「いや、フェイントで誘ってるのかな。お上手ね」

 「お褒めに預かり光栄至極、乗ってみますかお嬢さん」


地獄に堕ちろと思うくらいは勘弁して頂きたい所だ。


「あいあい、威嚇射撃だけじゃ……そう長くは持たないってね!」

 「よし、着地完了。アイ、ハッチ開けて」


そうしている内に、いつの間にかリリーはネギアブラの車上に到着したらしく、そういえばと何かが着地した足音が聞こえたような気もした。


「おまた」

「かっ、パーティーのドレスは着てきたか? 忙しくて見てる場合じゃないのが残念だ」


ひょっこり車内に顔を出したに違いない。小馬鹿にしてきている言い回しに悪態を吐き、俺は蛇行しているネギアブラの車体を大回りで激しく揺らす。


「そりゃ残念。でも素敵な火薬の香りくらいなら鼻で感じるでしょ?」

けれど、俺の未必の故意は成功しなかったようだ。穏やかな足音と、布の大荷物が車内に投げられた気配がして。


「アイ。右前方の戦車の前にチャフ入り煙幕」

『了解』


更には、さんざ迷惑をかけておいて不遜にも偉そうに指示を出す始末。


「おお⁉ なんか勝手に衝突したぞ!」


「ハッキングジャマーの効果。ネットワークが邪魔されて内蔵された独立AIで今は稼働しているから上手く連携が取れないの。そこにレーダー異常を起こしてやればあの通り」


それでも、この危機的状況で結果を出す辺りを鑑みれば、文句を言うのは後にしておこう。と、そう思いました、マル


「さ、こっちは準備できたから」

「反撃開始と行くとしようか、なんてほざくなよ」



 『デュアルスイープ・システム、始動パターンA【チリトリス】』


後部座席の定位置に就き、リリーの合図でランタンのようなアイリンガルが強く輝き駆動を始める。と、共にネギアブラも鉄製のデカイ図体を内部から変形させていく。

秘密兵器って奴さ。名前が気になるが。


各部部品が分離し、各々に別の箇所へとドッキング。運転席の様相も変わっていく。


「アホほどにふざけた名前で……俺がバイクの免許持ってて良かったな‼」

「可愛い名前じゃん。チリトリス」


説明しよう——【チリトリス】とは上半身が銃兵器満載のメカになり、下半身が二輪バイクのようになった二人乗り専用の敵拠点制圧強襲用モードである。そんなナレーションが聞こえそうな程に開幕一発、ネギアブラに元々から隠されずに展開されていた主砲のサスペンションが景気よく駆動する。


「一台、轟沈! ただの戦車じゃ相手にならないっての」


リリーは子供のように無邪気に、軍人が如く悪辣に嗤っているのだろう。


「スピードも、な‼」

俺だって負けじと、である。まさしく魚雷の如き出で立ちでスポーツバイク運転席のそれに変わった操作レバーを強く捻り、マフラー管を激しく鳴らす。迫る敵戦車の正面を向き合う車体をドリフトさせて、ギアを一速から二速へ。


ネギアブラだった頃の二倍は初速が早い暴れ馬だ。


「ふへー、凄い砂煙。あんまり調子乗らないでよ! 視界が悪くなるから‼」

「お前こそ、射撃の反動に気を付けろよ! バランスとるの難しいんだぞ!」

余裕は綽綽ではあった。


「「けど、まあ——」」


 しかしながら数は数。チリトリスが反転、走行を始めた際の砂煙を屁とも思わず通り抜けてくる軍勢の勢いには遠く及ばない。


『喧嘩は後ほどに』

アイリンガルすらも私怨はかなぐり捨てろと懇願しかねない状況である。


「ガトリングに切り替える! 今は向こうの砲撃を邪魔するのを優先で!」

「魔王も勇者も裸で逃げ出しそうな光景だ、な!」


そして砂煙を抜けてコチラを視認するや、無慈悲な連続射撃。お上手な回避ルートを探すどころの騒ぎではない。


「あんまり急に動くなバカ!」


この理不尽な小娘の言い分に反論の暇も無い程だ。同い年らしいが、な。


「あっちの砂煙はどうなってるの、アイ!」

このままでは、ジリ貧になるのはリリーにも解っていたのだろう。

だから、それを聞いたのだ。俺だって、たまにはピンと閃く。


『工業地帯との合流まで予測時間、残り数秒。その後、分散しこちらの方にも一波が訪れると思われます』



 「リリー‼ 二択だ!」

「⁉」

故に俺はリリーに指示される前に、アイリンガルの解答を待つ間も薄く、声を大に提案した。きっと、モチベーションが違っただろうさ。指示されて命賭けるよりは。


「このまま戦車にケツ狙われるか、それとも向こうにケツを探しに行くか!」


既に答えの決まっていた二択である。後は、リリーがどういう言い回しで決めるかだけの。


「ホント、ケツケツうるさいっての……決まってんでしょ!」

 「私とアンタは探しに行くのよ! 飛び切りのイケメンをね」


「俺好みの頭のおかしい選択だ」


分かってんじゃん、きっとリリーはそんな悪戯な笑みを浮かべていた事だろう。


「——了解。んじゃあ、まあ、舌ぁ噛むな、よ‼」

俺は、俺達は、そうして活路を求めて目的地を決めた。

生き残る事だけだ。今——やるべき事は。

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