第5話


      3・8

 パテムスラットの外れにある製品倉庫は、いつだって私の狩場だ。


「ふんふふーん♪ 全くゴキゲンね。今回も大漁、大漁。やっぱりマニアックな機械王国の陰謀なんかより今年のファッショントレンドよねー」


大きめのワンピースを風呂敷代わりに電子書籍で読んだ鼠小僧もビックリな大立ち回り。


花より団子、腐れ機械の陰謀なんて興味もなない無い無い、お年頃。


「っと、こんなもんかな。そろそろ時間だし、二つの意味で」


この場合、団子より華か。などと我ながらに思い馳せると、こんな時の勘は大体当たる。女の勘は、当たる時には当たるから。ていうか当たった時にしか言わないしね。


「通報案件200896785、未登録機体発見。コードを述べヨ」


背後から無作法。これが噂に聞くナンパって奴ならビンタしたくなるのも解るってものよ。


「ちっ、気分台無し。KUTABARE=64KRAよ」


私は盗んだ最後の服を一枚山積みの収穫物に加えると、背後の声に振り返る。


「——⁉」


同時に向けたのは銃口。きっと、素敵な回る羽根つきの彼(笑)は驚いたでしょうね。彼には私が一瞬、素敵なメタルボデーなお姉さんに見えたでしょうから。

こんな好きでも無い露出冥利に尽きるってものよ。アイツの反応含めてね。


さてと、そろそろ本気で行きますか。


「毎度同じこと訊く堅物にも何度だって人間との違いを教えてあげるっての‼」


私は、そう叫びながら製品倉庫の窓を割って飛び出した。勿論、盗んだ戦利品を背中に抱えて、だ。追い掛けてくるのは、お仲間の額に穴が開く異常を感知して集まってきた警護監視用の飛行ドローン。この世界の司法だって、それなりに厳しいのよ?


「私より、私以上の【人間】は居ないってね」


しかし便利な空飛ぶフライボードさまさま、自分に元々あった羽のように駆使しながら私は建物の屋上へと向かう。私の雌フェロモンに引き寄せられるドローン虫は、まさしくサカリが付いているようだ。


「ただのオモチャには——意味分かんないでしょうけど。だって——」


まぁ幾ら魅力的でも、振るんですけどね。と、そんな言葉を匂わせつつ、私は懐に忍ばせていた武器を振る。


「私にも意味分かんないんだもの。それをドヤ顔で言えるのが人間、てね」


切れない包丁にお困りのマダム方におススメの、鉄だってスパリと焼き切るビームソードである。使わない時は刃も収納できて、とてもコンパクト。しかも、魔力充電式で魔力が使える人なら外でも何処でも充電可能と来たもんだ。


「さて、戦車級が出張ってくる前に砂漠の方には抜けたいけれど……」


と、まぁ思考を飛ばした空白の境地の中、くだらない独り言を紡ぐ私は少し伸びた前髪を掻き上げてドローンの一匹が爆発する音を聞く。


そして——、

「やっぱり、向こう側の空気が……揺れてる?」

パテムスラットの空が肌に伝えてくる不穏に、私は僅かに勘を働かせていた。

      4


 なんとなく、リリーがお遊びをしているような気がする。


「なぁモニターの右側に妙な砂煙が映ってるんだが、アレはリリーの仕業か?」


腹立たしい予感が胸中を支配する中で、ふとモニター端に微かに映り込んだ映像が気になって仕方ない。広すぎる砂漠における感覚的な距離感からすれば、映り込んでいた砂煙はとても小さく遠く、かなり離れた距離にも見えたが、それ故に相当の大きさのようで。


『短縮解答、答えはノー。現在、録画解析中』


しかしながら男の勘は、大体外れるものである。己の物差しの中で最悪を想定して外れて恥を掻こうが何とかしようとする気概が常にあるからだと美化しておこう。


「……とにかく時間か。ハッキングジャマーを撃って合流地点まで旋回だ」


少しリリーに対してバツの悪さを覚えつつ、俺はアイリンガルに指示を出す。走るネギアブラのハンドルを握っているのは俺ではあるが、あくまでも現状、アイが操作をしていると言っても過言ではない。詰まるところ、まかせっきりなのだ。


『緊急事態発生‼ 工業地帯上空にリリーの所持する青色の信号弾を確認』


それでも、現状はあくまでも現状である。耳をつんざくアラーム音の中、それよりも大きな音量でアイリンガルの業務連絡。


「ああ⁉ 青色⁉ クソが、んなもん聞いてねぇぞ⁉」


こと緊急であれば、俺は法を犯そうとも躊躇いなくハンドルを強く握り締め、ネギアブラの主導権を奪い取る。まぁ、さながらバイオハザードのような無政府な環境に陥るまで緊急とは呼ばないとだけ弁明しておくことにしよう。うん。


『青は予定変更。この場合、目的地の変更を意味すると推測』


「ちっ、あのバカ……リリーの思考を分析できるか⁉」


急停止したネギアブラ内の映像モニターに映されたのは、確かに青色の煙を噴き出しながら進む信号弾。上手に打てた舌打ちの最中、ふと修学旅行で宇宙ロケットの発射を見学に行った時のこと思い出す。それとは違い、信号弾は物の見事に砂煙が見えた方角とは反対方向へ逃げるように斜めに飛んでいくわけだが。


『信号弾の発射地点と上空到達点から建造物屋上より発射された物と推察。現状のデータと照らし合わせると砂煙が発生している地点に何らかの緊急事態を想定した可能性が濃厚』


「なんとなく、そんな気はしてたよ。砂煙に何があるってんだチキショーめ‼」


足下のクラッチと運転席脇のレバー操作でギアをニュートラルに戻しながら、俺もアイリンガルの推測に不服な共感。半ば投げやりな面持ちだ。


「向こうの向かいたい方角は信号弾の向かった先か? こっちの位置と進行方向をリリーに知らせたい。答え代わりにビリジアンの信号弾でもぶっ放してやれ」


『不可。信号弾は三原色の物しか装備されていません』


安穏とした砂漠は一転、引っ掻き回され地獄のような騒々しさを俺に強いているようだ。


砂が嫌味に輝いて。


「だろうな‼ ならこっちも青で良い」


オマケに皮肉の利かない堅物が側に居れば殊更だ。実に、イラつく。


「それから運転は俺に任せて砂煙の解析に専念してくれ。状況を知りたい」

 『了解。思考演算を情報分析にシフト。運転補助システムをパージします』


「ったく、とんだシンデレラだな。くそったれ」

 「カボチャの馬車が靴まで拾いに行ってやるよ」


しかしながら英雄譚の後日談の如く自慢しておこう。

——この時、リリーを見捨てて逃げるという選択肢は思い浮かばなかった、と。

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