第4話
3・2
【私の世界は、鉄と油の匂いしか無かった】
砂漠を掻き分けながら飛行するフライボードに連れられて、私は羽織ったマントの口元と装着したゴーグルを整えながら過去を思い返していた。
【別に比喩なんて高尚な表現じゃない】
【他の人類なんて動画の向こうの御伽話、キラキラした二次元の空想】
【それが昨日、最低の出会いで現実になった】
砂煙を吹き払いフライボードを止めた私は槍のような灼熱の太陽光を危ぶんでフードを深々と被り直す。まぁ、本当に危険なのは熱せられた砂場から反射する太陽熱に違いないけれど。
「……ふぅ、変化はナシか。警戒レベルが上がってるかと思ってたけど」
懐に忍ばせていた端末から電子の地図を広げ、周囲を見渡しても変わらず静かなままだ。
ああ——私だけの世界。ロクでも無い、いつも通り退屈な世界。
「ん……というか、むしろ警備が薄いような……」
「今なら——もう少し奥も調べられるかも……」
何故か、心が少し、モヤリと疼いた。
3
「なぁ——アイ。色々とこっちの世界の話を聞いてから疑問ばかりでな。答えてくれるか?」
『はい。リリーのプライバシーに関さない質問なら答えます』
この退屈って奴が退屈で、それに何かしらの力があるとしたなら、この会話は退屈が生んだ業に相違ない。人工知能アイリンガルは、人間と違って向こうから無駄話を仕掛けて来る事が、ほぼほぼ無いからである。
「この世界の人類を滅ぼしたのは
ろくすっぽ正体を知らない人類の英知について、さも知っているかのように踏まえつつ俺は敢えて彼女と表する彼女に尋ねる。アイリンガルは何者か、と。
『……解答。かつて愛称アイリンガルは長期間、あらゆる電子の及ばない環境下にて隔離および停止をしていた為に敵の人工知能、通称【マザー・フィクス】の影響を受けることがありませんでした。ネギアブラも同様です。そこから対策が施され、今に至ります』
すると彼女は、0と1をモニターに並べるような時間を取ってから解説をした。哲学的な返答がない辺り、有難いが味気も無い。
『これでアナタが抱く疑念は晴れましたか?』
「どうかな。いつだって不安で一杯さ、人間なんてのは」
定型文と文芸くらいの違いを見せびらかせるが如く、俺は彼女の疑問にイヤミを返して魅せたが伝わったとは到底思っては居ない。やはり虚しさばかりが募っていた。
「しかしそのマザーとやらも良く分からないよな。人類を排除しても、ああして工場とか生活インフラは稼働させたまま文化文明はキチンと維持しているみたいだし」
そう、しかしながら、しかしながらに。無言の待機よりは幾分かマシだと息を吐く。
不意に片手でタブレットを持ち上げたのは、現代社会の機械頼りの名残だろう。
「消費者の居ない大量生産なんて、機械が考えそうな合理性と掛け離れて良そうなもんだが。オモチャでオママゴト王国でも作ってるのか?」
そんな体たらくにまたも溜息を溢しつつ、俺は言葉を続ける。しかし久方ぶりに脳細胞を稼働し続けているような疲労感は少し心地もよくあって。
『解答。はい、以後マザー・フィクスの呼称を彼女とします。彼女は機械生命体・アンドロイドを量産し、各地に星の調律者として街などを構成させているようです』
『しかしウイルスプログラムないし逆ハッキングの恐れがある為、彼女の思考等を私が明確詳細に知る由はありません』
中学生が仰々しく書いたのかと思うような世界観設定に不思議と怒りは湧き上がってはこない。これを読んでいる君と同じ気分なのさ、きっと。
こういうチープな話が実は嫌いじゃなかったりもするって話。
「——お前は、本気で
だから気取ってルビを振る。声一つで伝わる訳もない、言い回し。
『人類の再興。それが私を制作した人間達の願いであり私に施されたプログラムです』
「じゃあ、そのプログラムを果たす為にもリリーと俺をアダムとイヴにしてみるか?」
そしてアイリンガルの返答に俺はククク、と思わず笑った。滅んだ世界で安易に思い付きそうな人類の《お願い》を嘲笑するが如く。それを機械に代弁されたのがまた、いと可笑しいものだった。
『それが可能か否かの演算は待機中です』
「ねぇよ。残念な事に俺は、帰るつもり満々マンだから」
略称アイに愛を語られてたまるかと、思い付いてしまったダジャレに己自身で辟易としながら、俺は団扇代わりにしていたタブレットを運転席脇に差し戻し、首の骨を鳴らす。
「途中でゲームを投げ出すのは嫌いなんだ。だから終わりのないアプリゲームはしない主義でね。死別までを描かない恋愛シミュレーションなんてもっての外だ」
『……理解不能』
「平々凡々と退屈と平和の中で腐りながら老衰で死にたいって話だよ」
「劇的な人生なんてのは、疲れるばかりでウンザリしそうなんでね」
『……理解、不能』
理解はされない。理解はされないのは分かり切っていた。
ただ、そう……俺は諦めたくなかったのだろう。そして認めたくも無かった。
「さて。そろそろ指定された時間だな。缶詰代くらいの働きはしないとよ」
区切りの付いた会話劇の幕を下ろす為であるように背伸びをして心を整え、しこりを残さぬように否定されにくい言い訳で締めくくる。
「アイ、補助は頼んだぞ」
『了解、ネギアブラ再始動。ハッキングジャマー射出準備』
『ステルス解除まで約二十秒。カウントを開始します』
ハイブリットカー並みの静音で駆動を再開するネギアブラにドライバーとしての物足りなさを感じつつ、二本のハンドルレバーを両手ともに握る。
「ったく、歌ってみたで良いから故郷の歌が聞きたい気分だぜ」
『ありますよ。該当アーカイブを開きますか?』
「あるのかよ⁉」
「はは、そいつぁはゴキゲンだな」
まったく以って、度し難い。
俺はゴキゲンに不敵な笑みを浮かべながら切実に感じていた。
ああ——この世界は最早、アイツとのものなのだと。
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