第二話『馬車の中で』

「ほんとならした方が良いんだと思います、でも今会っても何も言えない気がするんです」

「そうか、ならもう出立しよう。君の決意が揺らがないうちに、な。」


 我ながらキザなセリフを言ったものだと思う、客観的に見れば私は無垢な少年を悪戯に連れ出した悪いお姉さんという事になるのではないか。今日は、アニーという女性に少し後ろめたい気持ちを抱きながらの出立となってしまった。


 グレイは博識であり学者としての技能を多少持っているようだ、彼は神殿で本を読んでいただけだと言うがこれは生き抜く力しか持っていなかった私にとっては朗報であった。また彼は軽戦士としても優秀な力を持っている、これからはやっとまともな冒険が出来るようになると思うと胸が弾む。最初の目的地をグランゼールにした理由は行ってみたかったというのも勿論あるが国の中に多くの魔剣の迷宮が存在しているというのを見てみたかったのだ、そしてあわよくば迷宮探索も出来ればなどと考えていた。移動手段は乗り合い馬車を用いる、本当は馬車自体を借りられれば良いのだが今の私達の実力では贅沢も言っていられないだろう。


 昨日はうっかり角がバレてしまったので緩まないようしっかりとスカーフを巻く、グレイが物欲しそうにしていたので予備のスカーフを彼の頭に巻いてやった。灰色の綺麗な髪も相余ってよく似合っている、お揃いのスカーフというのも冒険者パーティという感じがして嬉しくなる。もしもの時を思ってマカジャハット王国に立ち寄った時にいくつか買っていたのが功を奏した。

 馬車の中は想像よりも人が多く冒険者や商人等でごった返していた、私達は一人分しかないようなスペースに無理やり身体を寄せ合って座る事となった。

「あの、僕は立ってますから」

「駄目だ、危険だから座った方が良い」

「いやでも…うわっ!」

私は彼の腕を引っ張って隣に座らせる、すると借りてきた猫のように大人しくなった。馬車は魔物等が現れた場合急停止することがある、立っていると体勢を崩し身体を強く打ち付けて怪我をしてしまう。以前はよく落ち着かずに遊んでいるグラスランナーを注意したものだ、大抵文句を言われるので子供が遊ぶような玩具を替わりに渡してやると夢中になって弄り始めるのだ。私は彼らの正直で無邪気な所が気に入っている。

(やはり冒険者が多いな、流石冒険の国といった所か)

さっと周りを見て職業や種族を確認する、大方人間といった感じだがエルフやドワーフ、グラスランナーやタビットといった珍しい種族もいる。

(おや…?)

私の隣りに座っている男性は頭に花飾りを付けていた、随分と可愛らしいものだった為少女趣味なのだろうかと思ったがそうではなさそうだ。

「なあグレイ、私の隣の男性が付けている花飾りの花がなんだか分かるか?」

コソッと聞こえないようにグレイに耳打ちする、彼はぼーっとしていたのかビクッと反応して男性の花を確認する。

「メリアの方ですよね?サボテン…だと思いますけど。」

「ありがとう」

やはりこの少年、聡いなと改めて思う。見ただけで種族を見破り花の種別まで覚えているとは。私も学校や神殿に行っていたらこのような知識が身に付いたのだろうか、もしナイトメアではなく普通の人間として生まれていたなら──

(いや、よそう。もしもだなんて考え始めたらこれからの未来が見えなくなってしまう。)

「あの、タナさん大丈夫ですか?少し呆けていた様ですけど。人が多いからか少し暑いですよね、水飲みます?」

と彼は自分の水を分けて私に差し出してくる、人の優しさという物を久しぶりに触れたような気がした。

「ありがとう、頂くよ」

自然と彼の頭へと手をのばす、彼はされるがまま撫でられている。もしかしたら子供扱いされるのは嫌なのかもしれない、彼はとても不満げな顔をしている。ふと、いつ迄撫でていたら怒られるのだろうかと悪い考えを思い付く。


ナデナデナデ──。


「………。」

まだ大丈夫そうだ。

「…………………。」

グレイが少し俯き拳を握りしめている、まだ撫でられるだろうか?

「…………………………。」

彼の身体が小刻みに震えてきた、そろそろ限界だろう。

「何時まで撫でるつもりですか!?」

怒られてしまった。



「結構目立ってますからそろそろ勘弁して下さいよ」

確かに周りの目を集めてしまった、付き合っている男女を見るような生暖かい視線を感じる。

(馬車の中の空気を悪くしてしたな、はしゃぎ過ぎてしまったか)

自分が思っている以上にこの少年を気に入っているらしい、これが命取りとならないよう気を引き締めなければ。そう意識した私だったが昨日よく眠れなかったせいか瞼が重くなっていく。普段ならこんな事はないはずだ、なぜだろうと要因を微睡む頭で探っていくと一つの解に辿り着く。

(そうか、これが独りじゃないってことなんだな──。)

私は隣りに座っている存在に安心しきっているのだ

(案外私は騙されやすい性格だったのか…?)

と自分の新しい一面に気付きながら私は夢の世界へと旅立った。




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僕に神の声は聞こえない 老川雨池 @munou

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