第一話『そして二人は旅を始めた』

 ふと目を覚ますと綺麗な黒髪の女性が僕に覆い被さるようにして寝息を立てていた。女性はすぅすぅと小さな寝息を繰り返しながら僕の胸部に腕と頭を乗せている。

「わっ!えっ!?な、なんでどうして!?」

と僕は何か間違いをおかしてしまったのではないかと慌てて周囲を見回して状況を確認する。ここはハーヴェスの宿屋のようだ、鳥の囀りが外から聞こえてくる。


 次第に冷静になり昨日の記憶が蘇ってきた。

「そうか、僕はあの後土砂降りの中街を走り回って…。」

だとしたらこの女性は助けてくれたのかもしれない、とここで女性の頭部に目線が移る。変な格好で寝ていたからか頭のスカーフがズレており、そこから小さな角が顔をのぞかせていた。もしかしたら彼女は──

「ナイトメア…?」

見るのは初めてだ、生まれながらにしてその身体に穢れを持ち頭部にある角のせいで母体を傷つける為忌み子と扱われる事が多いと聞いた事がある。僕はそのまま好奇心で角へと手を伸ばしてしまう、角は小さく帽子でも被れば簡単に隠せる程度の物だ。

「頭突きされたら痛そうだな…」

聞かれてたら不味いと思いながらもふと思った事を言ってしまった、角は硬いがひんやりとしていて触り心地がとても良い。つい夢中になっていたからだろうか、僕は全く気付くことが出来なかった。女性がとっくに起きておりさっきからずっと角を触っている僕の事を白い目で見ている事に。


「全く、君は寝ている女性の身体を勝手に触るような人なんだな」

「すいません…」

ぐうの音も出ない、後悔先に立たずという言葉はこういう時の為にあるのだろう。

「私は一人で冒険しているから浅く眠る癖がついてくるんだ。しかし…フフッ」

女性は何かを思い出したかのように手を口元へと持っていき小さく笑う。

「頭突きされたら痛そうだなんて初めて言われたな、普通は怖がるものなんだぞ?」

かぁっと顔が熱くなるのを感じる、そこまで聞かれていたとは思わなかった。

「うっ…、穴があったら入りたい」

「プッ、アハハハハ!」

もう我慢出来ないといった様子で女性はお腹を抱えて笑い出した。綺麗な大人の女性だと思っていたが笑っている顔は何処か幼さを残している少女のようだった。

「そ、そんなに笑わなくても良いじゃないですか!」

「ごめんごめん。最近は人と話す機会も少なかったから楽しくてつい、な」

彼女は笑いすぎて出た涙を指で拭き取りながら言い訳をする、アニーにもよく笑われていたのを思い出してしまった。

「まだ自己紹介もまだだったな、私はタナというんだ。少年、君の名前は?」

「みんなからはグレイって呼ばれてます、髪が灰色だから。」

「うん、良い名前だ。それじゃあ順序が少しずれてしまったが君が昨日大雨の中で倒れていた理由を聞かせてもらえないか?」

「あ、はい…」

 正直何処まで話したものかと迷ってしまった。仲が良い子がいてその子が先にライフォス様の声を聞いたのが羨ましかったので神殿を飛び出してきました、だとあまりにもカッコがつかない。

 言葉を選びに迷っているとタナは優しく笑いかけてきた。

「別に話したくないのなら誤魔化しても良い、君がどれだけ嘘を付くのが下手だとしても私はそうだったのかと返してあげようじゃないか」

そう言う彼女の優しい目を見て僕はこの人なら正直に打ち明けても良い気がしたのだった。



「っていう情けない話なんです、結果的には誕生日を機に冒険者になろうと思っていたので変わらないといえばそうなんですけどね。」

僕が話し続けている間タナはうなずいたり反応を返してくれたので結構楽しく話す事が出来た、彼女は聞き上手なのかもしれない。

「事情は大体理解したよ、君は見た目の割に結構やんちゃなんだな。まるで家出少年じゃないか」

「はは、そうですね…。それに関しては全く反論出来ません。」

「それで──」

タナは立ち上がり部屋の窓を開ける、風が彼女の黒髪を大きく揺らす。差し込んだ朝陽を浴びて眩しそうにしながら彼女はふり返る、逆光も相余って神秘的に見えたその姿に思わずドキッとしてしまう。

「それで君は、どうしたい?」

「ど、どうしたいとは」

「冒険者になりたいのか?」

「…なりたいです。巡礼も兼ねて、この世界を自分の目で見て回りたい。そしていつか、僕を助けてくれたウィズダム神父みたいになりたいんだ。」

やっと本心を口に出す事が出来た、まだ神父にもアニーにも言ってない僕の心にしかなかった本当の気持ちを。

「それなら私と旅に出よう、一人旅は心細かったんだ」

「えっ!その、僕なんかで良いんですか?」

「私が一番危惧しているのはナイトメアであることがバレてしまった時の対処だ、既に見せてしまった君となら安心して一緒に冒険出来る。」

僕の所へと歩み寄ってきたタナは僕の顎をクイッとあげて顔を近づける。少しでも動くと唇が触れてしまうのではないかと思った。

「僕なんか、じゃない。私は君が良いんだ。」

きっとこの時僕は耳まで赤くなっていただろうと思う、恥ずかしくて目を逸らそうにも距離が近すぎて逃げられそうにない。

(と、とんでもない天然たらしだこの人──!!!!)

「ぁぅ…分かりました」

頭からぷしゅーと湯気が出てもおかしくないほど熱くなった顔を両手で隠しながら、そう応える他なかったのだった。


 そんなこんなで僕達二人は偶然的な出会いを果たして冒険に出る事になった、この後タナは僕の装備を整えギルドで冒険者登録までしてくれた。これで違うギルドに行った時もスムーズに依頼を受けられるのだそうだ。

 そしていよいよ旅立ちの日、最初の目的は冒険の国グランゼールが良いだろうという事で僕達の最初の目的地が決まった。

「グレイ、アニーという君の大切な人に別れの挨拶をしておいた方が良いんじゃないか?」

「ほんとならした方が良いんだと思います、でも今会っても何も言えない気がして…。」

「そうか、ならもう出立しよう。君の決意が揺らがないうちに、な。」

そう言って彼女は綺麗な白い手をこちらへと差し出してきた、僕はその手を取ってこの国を後にした。






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