第17話 魔王城とともに

 ――何度も炎が上がり、経験したことのない熱さを感じた。

 これは夢か、悪夢か、それとも――


 目を覚ますとふかふかベッドに眠っていた。高級感漂うベッドという時点で、アパートではないことを理解する。


 自分の店を持つことを意気込んで魔王城に来たはずなのに、今のところまともな経営をしていないし出来ていない。


 魔王であるルコシエルさんは、人間の俺に良くしてくれている。

 その気持ちはありがたいことだし嬉しくもあるのに、なかなかどうして上手くいかないのは違う世界の人間だからなのだろうか。


 それとも自分には、まだ自分の店を持つのが早すぎた――

 ――とは考えたくない。


 考えたくない俺なのだが、難しく思い悩む俺にここまでしてくれているのは、果たしていいのか悪いのか。


「もちろん、いいに決まっていますわ! リリアナ! あなたもそう思うでしょう?」

「ボ、ボクも同じです! ケンセイさまが悩むことは何一つありませんです! もし悩むことが生じたなら、いつでも包むです」

「……い、いえいえいえいえいえ!!! もう悩まないようにしますので! だ、だから、二人とも服を着て下さい!」


 目覚めて瞬時に気付いたのは、あられもない姿の魔王嬢と魔女が、俺をがっちりと掴んで離さない体勢になっていたことである。


 何かをした記憶など一切無いのに、とてつもない懺悔に襲われている状態だ。

 数々の熱体験によって瀕死だったとしても、綺麗なシエルさんと整った魔女っ娘が裸でいていいはずがない。


 落ち着いていられるはずなど無く、どうやってこの状況を解決することが出来るのかを考えれば、まずは服を着てもらうところから始めてもらうことだけだ。


「ケンセイさんの言うとおりにしますわ」

「ボクもそうしますです」


 しばらくして――

 エプロン姿に着替えたシエルさんが戻って来た。


 もちろん、裸などでは無い。

 そしてもう一人、魔女っ娘も何故かエプロン姿になって現れた。


「えっと、何があって何をしたのか説明をしてもらえるかな?」


 俺の言葉に、シエルさんは泣きそうな顔をして口を開いた。

 魔女っ娘はうつむいた状態をキープしたまま動かない。


「ケンセイさんは全身やけどで瀕死になっていましたの。つまり危なかったということなのですけれど……それをそのぅ、わたくしたちが身をもって……ですけれど間に合わず……」


 扉付近に立って顔を真っ赤にしているシエルさんは、いつも以上に艶めかしい動きをしている。

 本人的には反省を見せているようだ。


「あぁ……うん」

「リリアナがケンセイさんの全身の熱を全て奪い取り、わたくしはあの……ケンセイさんのフタを閉じましたの……勝手に閉じてしまって申し訳ございません」


 シエルさんの横に立っているリリアナも、顔が紅潮しまくりだ。

 裸な状態で全身の熱を奪ってくれた――ということか。


「フタ……? シエルさん、フタって?」

「く、くち、口づけをいたしてしまいましたの……。そうでなければ、もうケンセイさんの笑顔を見ることが叶わない! わたくし、居ても立っても居られなくなりましたの!! ですから、口づけでケンセイさんに生命力を分け与え……どうか、不甲斐ないわたくしに罰を!!」


 どうやら相当に危険な状態だったようだ。

 魔王世界限定で氷を作れるようになっただけで、ただの人間。


 さすがに何度も熱を帯びてしまえば、体はすぐに限界を迎える。

 それが意識を閉ざす前の、寝室炎上の時間だったというわけだ。


 それを二人がかりで看病と処置をしてくれたということなら、怒る権利はどこにも無い。魔王と魔女っ娘に助けられたというだけで儲けものだろう。


 シエルさんに口づけというか、人工呼吸された記憶が全然無いのは悔しいことだが、気持ちは十分伝わったし良しとしとく。


 そんな二人がかりでも、全回復することは厳しかったようだ。


 万全な状態までどれくらいかかるのか、しかしシエルさんの口づけによって長く生きることが可能になった以上、きっちり治したら今度こそお店を盛り上げていかなければ。


「いやぁ、怒ってないですよ。シエルさんもリリアナも、俺の為にしたことですから。むしろこれから長い人生になっちゃって、何てお礼を言えばいいのか」


 俺の言葉に少しの間があったが、すぐに反応があった。


「まぁっ!! 何て奥ゆかしい旦那様なのっ! あぁ、やはりわたくしの運命はケンセイさんの為にあったのだわっ! 今度は身も心も捧げますわ!!」 

「ボクのこともお許しに!! ケンセイさま、ボクはこれよりケンセイさまの雑用係になるです。これからのお店作りにぜひぜひ役立てさせてください!!」


 魔王の世界で喫茶店を経営して、そこでお嫁さん候補――

 炎で死にかけてお店は当分休みになるけど、回復したら必ず繁盛させてやる。


「わたくしも今まで以上にご奉仕……修行をいたします。ゆくゆくはあなたさまのお傍で、ずっとずっと!」

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魔王城の喫茶店~歴代魔王様が俺の嫁候補として修業しています~ 遥 かずら @hkz7

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