[番外編]後日談2 〜峯島部長の場合〜

 私は峯島映司。

 化粧品メーカー「雪代社」企画開発部で、部署長を拝命はいめいしている。

 いつからか<最後の砦>と異名の付いた私は、現在独身。

 結婚に至らぬ理由は、……ゲイだから。


 そんな私の部署には最近、同性カップルが誕生した。

 勤勉で温和で、可愛らしい、佐久田くん。

 それから、優秀で器用で、意外にも盲目な新條くん。

 彼らは、紆余うよ曲折きょくせつて、互いに気持ちが通じ合った。


 私のデスクからは、彼らが見える。

 席は偶然に隣同士で、前よりも一層仲睦まじい姿が見て取れる。

 彼らは、部署内にはカミングアウト済。

 初めは佐久田くんの一件が尾を引いていた影響もあって、在らぬ噂もあった。

 一番酷かったものは、『新條さんがゲイにされた』だったか……。

 ある日、部署内の女性職員と一部の男性職員が「今時、珍しいものでもあるまいし」と一蹴いっしゅう

 加えて隣の営業部には、自他ともに認める可愛い系で男女問わず人気のある藤野ふじのひかるくんもいるので、マイノリティに対する風当たり自体が弱くなった。


 元々、佐久田くんも新條くんも美形な二人だから、高嶺たかねの花というか、肯定する者の方が多い。

 とはいえ、詰まるところは、彼らの優れた仕事ぶりや人望の厚さがまさったということ。


 私は一人胸を撫で下ろした。けれど同時に、私は自分が情けなくなった。


 私には、愛を貫くような勇気も強い意志も残ってはいない。


 今年で三十八になるおじさんは、このまま波風立てずに人生を送っていけたなら、それで満足。

 恋愛は若い子たちに任せて、私は定年までこの会社にしがみつき、得る退職金を元手に小さなカフェでも開こうか。

 おひとりさまの生活も、それはそれで悪くはないかな。


 席に座る佐久田くんに、新條くんが椅子を寄せた。

 普段の二人は至って真面目に業務をこなす。

 恋人だと公表しているとはいえ、彼らは節度せつどわきまえている。

 ……時々ではあるけれど、デスクの下で二人が手を繋いでいることは、私だけの秘密。


「部長。お昼、ご一緒してもいいですか?」

 自席にいたはずの佐久田くんが、私の傍で微笑んでいた。

「構わないけど、佐久田くんは今日お弁当じゃないのかな?」

 佐久田くんは、大概弁当持参。いや、正確に言うと、新條くんが二人分持ってきている。

 いつも二人仲よく社食やテラスのスペースで食べている光景を見たりするけれど、佐久田くんから昼食のお誘いだなんて珍しい。


 佐久田くんは、俯きがちにはにかむ。

「今日は社食でランチなんです」

 そんなに食べたいメニューでもあるのかと思ったけれど、理由は別のものだった。

「実は、寝坊しまして」

 いつのまにか、新條くんが佐久田くんの隣に立っていた。

 弁当を作る時間がなかったと、新條くんが苦笑いすると、佐久田くんは優しく労う。

 私は自然と頬が緩んだ。

 彼らの、互いを想い合い、いつくしむ姿を見ていると、「恋愛もよいものだな」と思わせてくれる。


 だからと言って、私にそんな相手も予定もないけれど……。


「じゃあ今日は、私もご一緒させてもらおうかな」

 私が笑顔を添えてそう言うと、佐久田くんは再び微笑んで、新條くんへと笑いかけた。

 新條くんも彼へ柔らかく笑みを返すから、なんだか私も彼らに釣られて笑顔になる。


 社食に向かうため、エレベーターホールでエレベーターを待つ。

 私を含めて、この場にいるのは三人だけにも関わらず、彼らは互いに適度に距離を保って立っていた。

 こういうところがあるから、彼らは周りに敵を作らないのだろう。


 私は自ずと、彼らを見守るように見つめていた。

 佐久田くんは笑顔が絶えず、彼は本当に素直で可憐かれんな人。

 前から愛らしい子だなと思っていたけれど、新條くんと交際を始めてから、さらに可愛くなった。

 新條くんに至っては、かねてから眉目びもく秀麗しゅうれいの手本のような顔立ちと美しい所作だけれど、彼の愛すべき存在が傍にいることもあってか、紳士を通り越して、王子のようにも感じる。


「あっ、部長。ネクタイ曲がってますよ」

 不意に佐久田くんが、自ら私のネクタイを直してくれる。

 照れ臭いような、隣にいる新條くんに申し訳ないような、私は複雑ながらも、とし甲斐がいもなく嬉しくなった。

 誰かにネクタイを正してもらうだなんて、私は初めてだったから。

「これでよし」

 独り言のように、佐久田くんが満足そうに微笑みながら呟いた。

「ありがとう」

 私が彼に感謝を告げたあと、すかさず新條くんが口を開く。

「亜生、俺のも」

 佐久田くんの前に、新條くんが自分の襟を差し出す。

 私は佐久田くんと目が合って、思わず互いに吹き出した。

「どうぞ」と、私は佐久田くんに目配せすると、彼は伏し目がちにはにかんで、新條くんのネクタイを直す。

 照れる佐久田くんと対照的に、今度は新條くんが満足げに笑みを浮かべる。

「ありがと」

 新條くんはそう言い終えると同時に、彼は佐久田くんのネクタイを直した。

「ありがとう」

 佐久田くんが新條くんに礼を言うと、彼らは互いに見つめ合いながら微笑む。


 私は思わぬ愛のギフトをいただいた気分で、心が温かくなった。

 彼らが幸せそうで本当によかったと、私は噛みしめるように一人で頷いていた。

 私には訪れない、幸福の姿。

 彼らは私の叶うことはない理想を、目の前で体現してくれている。


 同性同士の彼らには、この先試練のようなものもあるのだろう。

 けれど私はいつまでも、彼らの一番の理解者で、援護者でありたい。

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この恋の結末は 水無 月 @mizunashitsuki

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