頭上で回るは観覧車
卯月
▶
「ねぇ、つぎはあれにのろうよ、かんらん車!」
ゴールデンウィーク。
ぼくは、お父さん、お母さんといっしょに、ゆうえんちに来ていた。
おととい、どうぶつえんとゆうえんち、どっちがいい? って聞かれて、どっちも行きたかったけれど、やっぱりゆうえんち楽しい!
「お父さんが戻ってきたらね」
きゅうにおなかがいたくなった、と言うお父さんがトイレに行ってしまって。
ぼくとお母さんは二人、かんらん車のすぐ下にある広場で、お父さんが帰ってくるのをまっている。
「ママぁ、はやくー」
「はいはい」
ようちえんくらいの、せなかにペンギンのリュックをしょった女の子が、お母さんの手を引っぱって、かんらん車のりばのほうへ歩いていく。
いいなぁ、ぼくも早くのりたい。お父さん、いつ帰ってくるかなぁ、と思いながら何となく、ペンギンリュックの子をずっと目でおいかけていると、
ドンッ、
だれかがうしろからぼくたちにぶつかって、お母さんがグラッとよろめいた。
「お母さん? だいじょう」
ぶ、と言いかけて、ぼくはかたまる。
広場にたおれこんだお母さん。地めんのピンク色のブロックの上に、赤いシミができている。
そのシミが、じわじわと広がっていく。
「……お、お母さん、お母さんっ!」
よんでも、ゆさぶっても、お母さんはピクリともうごかない。
遠くで、キャーッ! という声がした。
ついさっき、ぼくたちにぶつかった青いパーカーの人が、よろよろと歩いていく。そいつが右手にもっているものと、お母さんとの間に、赤いシミがてん、てんとついている。そいつの頭の上で、かんらん車が回っている。
お母さんからながれ出す赤いシミは、どんどん、どんどん、広がっていく。
……ぼくが、かんらん車にのりたい、って言ったから?
……ぼくが、ゆうえんちに行きたい、って言わなかったら、お母さんはこんなことにならなかった?
わるいゆめを見ているみたいな、何がホントで何がウソか分からない、ぼんやりしたけしきの中で、かんらん車だけが回っている――。
◀◀
――ぼうっと見ているうちに、かんらん車のうごきがだんだん、ゆっくりになっていって、止まった。
(……え?)
止まったかんらん車が、こんどは、はんたいに回りはじめる。
(……はんたいに回るって、あるの?)
回って、どんどんはやくなって、グルグルグルグル、目が回りそうなくらいに――。
▶
「ねぇ、つぎはあれにのろうよ、かんらん車!」
じぶんの声で、ゆめからさめたみたいに、はっ、となった。
「お父さんが戻ってきたらね」
やさしく言うお母さん。さっきと、ぜんぜんかわらない。
ぼくは、キョロキョロと回りを見た。ここにいちゃダメだ。どこか、べつのところに行かなきゃ。
「お、お母さん! ぼく、のどかわいた! ジュース買って!」
「なあに、突然」
お母さんの手を強くにぎって、とにかく広場のはじっこのほうへ引っぱっていく。
「……ママッ!?」
遠くで、キャーッ! という声がした。
ふりむくと、地めんにだれかがたおれて、そばでペンギンリュックの女の子がさけんでいる。そのむこうをよろよろと歩いていく、青いパーカーの人が、何人かの男の人たちのタックルで、とりおさえられた。
「ママ、ママ、ママーッ!!」
ペンギンリュックの子が、大きな声でさけびつづけている。女の子のお母さんは、ピクリともうごかない。
……ぼくが、お母さんとにげたから?
……だから、あの子のお母さんが、かわりに?
どうがを止めたみたいに、ピタリ、とさけぶのをやめた女の子の目と、ぼくの目が、いっしゅん合って。
ぜんぶぼくのせいだ。と、その子が知っているんじゃないかと、ゾッとした。
ぼくたちの頭の上で回るかんらん車が、ゆっくりと、止まりはじめ――。
〈了〉
頭上で回るは観覧車 卯月 @auduki
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