第4話 あたしはようやく花嫁になる
それから一年、学校に夜通うのも慣れたわ。
店主のベックさんが迎えに来てくれて、話しながら歩くのも楽しい時間。こんなパンが作りたいとベックさんが言ってくれるのを、ワクワクしながらあたしは聞いているの。
学校で習うことは、さすが勤労学生にも開放しているというか、すぐに使える知識がいっぱいあった。
お店に役立ちそうなものはご夫婦に相談して、さっそく取り入れたわ。
そのおかげか、ベックさんが焼くパンの数だけでは足りなくなり、若い男の人を一人雇ったの。
ベックさんがその人をどやしながら教えているのを見ると、微笑ましくてついクスリと笑っちゃう。叱りすぎたって後悔するベックさんも、なんでうまくできないんだって落ち込んですぐにがんばろうって拳を握るその人も、両方の姿が想像できるから。
イーゲル先生は、相変わらず空いている時間に来てはいくつかパンを買って帰るわ。
最近パンの数が増えたので聞いたら、気になっている女性に渡しているんですって。イーゲル先生も春ね。
おもわず突っ込んだら、あたしのおかげだと言ってくれたの。そしたらもっと聞きたくなるじゃない。
「うっかり関わってしまったせいであなたの面倒を色々とみていたのを観察していたらしく、『意外と世話好きなんですね』と言われて。
そのときの表情が可愛らしかったので、ときどき会うようになったのです」
いっぱい突っ込んで、やっとここまで白状させたわ。悔しいのは、相手の女性のことを聞き出せなかったこと。
でもきっとそのうち、この店に二人で来るわね。ベックさんのパンは、あれもこれも美味しすぎて、自分でそのときの気分で選びたくなるパンですもの。
それに、イーゲル先生の耳が赤いのが気になるわねぇ。
そんなことを考えていて、急に、あれ? あたしの春は? って気づきました。
オトに振られてから、男の人に関心をもったこと一度もないわ。
あーーー、イヤなことに気づいちゃった。
目の前にあったイーゲル先生の表情が、ほんとの少し緩んだの。どうしてって、不思議に思うじゃない。そしたら笑われたわ。
「あなたの表情がコロコロと変わるのが面白くて。
たぶん今は、自分の恋のことを考えていたのでしょう。違いますか」
違いません。あ、これも読まれているかな。
「あなたは思い込んだら一直線、周りを見ませんからね。きっとこの一年、このお店のことを考えていたのでしょう。
あなたの標的のオトマールの言葉さえ自分の都合のいいように解釈していたあなただ、あなたにいいよる男たちは、さぞかし肩透かしを食らわせられていたでしょうね」
イーゲル先生の表情は、今やにんまりだ。
「リュメリーヌ、いいですか、何か行動しようと思ったときは、必ず誰かに相談しなさい。
もし男の人と何かありそうなら、例えば買い物や食事に誘われたとかプレゼントをもらったとかでも、店主ご夫妻に相談しなさい。
そうすればきっとうまくいきます。
あなたは人から言われたことを好きなように解釈しますが、きちんと意味を理解すれば、それに振り回されることなく自分で決められます。
だから、相談して、そして自分で決めなさい」
あたしは、魔法学校を出てすぐの頃を思い出したわ。
イーゲル先生は、いろいろと教えてくれたけれども、あたしに押し付けはしなかったわね。
その一年後も、相談に乗ってくれて教えてくれたけれども、手続きやその後はあたしが自分でやった。
そして、今、あたしは幸せだわ。
きっとうまくいきます。
イーゲル先生のその言葉が、あたしの胸の中でドキドキと脈打っている。
『相談して、そして自分で決めなさい。きっとうまくいきます』
あたしはその言葉をずっと覚えていた。
何か決めることがあるときは、その言葉に従ったわ。
おかげで、パン屋のご夫妻が大喜びしてくれた人を夫にできた。ベックさんにパン作りを仕込まれた人だった。
あたしたちはパン屋ご夫妻の夫婦養子となって、パン屋を継ぐの。故郷の親も喜んでくれたわ。
故郷を出て魔法学校に入ったときは、こんな人生考えたこともなかった。
あたしの頭の中は、すばらしい魔法使いになって、素敵な人に嫁いで、と、そんなことしか考えていなかった。だって、自分は天才だと思っていたもの。
だけど違った。
きっとあたしの人生は平凡なものだって言われるかもしれない。パン屋の奥さんなんて魔法使いと違ってつまらないって言われそう。
だけど、とっても美味しいベックさんや夫のパンと、あたしのアイデアで、この店はみんなに喜ばれているわ。
きっとこれこそが幸せなのよ。
そして、あたしのお腹をける赤ちゃんの顔をあと少しで見るのも、とっても楽しみ。
思い込みが強くたっていいの。間違っているときに教えてくれる人がいれば。
あたしが幸せで、家族もその周りの人々も幸せなんだから。
代わりに婚約破棄と言ったら、しないと言われた~勘違い女子は突っ走る 銀青猫 @ametista
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