エピローグ

エピローグ 桔梗の花束

 アレクが琥珀色の目を開けると、夜の帳に白い満月が浮かんでいた。工事用に抜けていた道路と四層のキャットウォークが、その額縁となってた。頬がひりひりするのは、切り傷のせいだろう。


「守られた……」


 アレクたち三人が落ちた先は、工事中の道路の穴だった。

 それは地下街の最下階まで繋がっており、三人は、そこに立っていたソメイヨシノの枝を何本か折ることで、一命をとりとめたのだ。 

 

 血のにじむレザージャケットに、気を失った紫苑が顔を埋めていた。その疲れを忘れたような寝顔に、アレクは安堵した。そして、はっとした。


 同じ腕の中にいるはずの由紀子が、いない。

 彼女を探そうにも、アレクには身を起こす気力はなかった。

 遠くから、足音が駆けてくる。


「紫苑――!」


 生き延びた少女たちの声だ。 

 荒川梗治は、紫苑の額に唇を当てて、今は眠ることにした。


    ※


 二週間の入院生活が終わった。

 アレクは、胸に傷の入ったレザージャケットを羽織り、サングラスを掛けて、病院を後にした。事務所に行く前に、吉祥寺駅に隣接する商業施設の花屋に寄った。キクも、シオンも、季節外れで店先にはない。こういうとき、どのような花を買えばよいのか、アレクには分からなかった。

 花屋の店員は、他の客の相手をしている。


「何か、お探しですか?」


 アレクの隣に、女性が立っていた。

偶然にも、彼女も似たレザージャケットを羽織っていた。


「ああ。大切な人にね。どんな花がいいだろうか。あんたなら分かるか?」

「でしたら、あの花を」


 彼女が指した花の名は知らないが、いい花に見えた。紫色の花だった。


「そうだな。ちょっと待っててくれ」


 アレクは店員に頼んでその花束をつくってもらい、貰った一輪を女のジャケットの胸ポケットに挿した。女はサングラスを掛けていて、実にアレクと似た姿だった。


「なぜ、私に?」

「あんた……いや、君が、大切な人に似ていると思ったんだ。それに、俺と同じ服装ってのも、面白い。……どうした?」

「いえ。私はもう行かないと」

「そうか。ありがとう」

「こちらこそ。では、さようなら」


 彼女は、微笑みを投げて、改札へと向かった。

彼女の遠のく背に、アレクは誇りのようなものを感じた。

アレクは店員に、花の名前を訊き直した。その名を聞いて、あの女性の背がまた脳裏に焼き付くようだった。


「……じゃあな」


 アレクは、彼女が乗っただろう電車が往く音を確かめてから、交番前の横断歩道を渡った。

 雑居ビルの二階に来た。アルミのドアを、ノックする。


「はぁーい」


 十年前と変わらない、あの子の声だった。軽い足取りで駆けてきた。ドアが開いた。癖毛が直っている。肩口までのボブカットが、弾んでいた。アレクは、サングラスを外した。

 彼女の目が、輝いていた。


「おかえり」

「ただいま」


 荒川梗治は、桔梗の花束を折笠紫苑に渡したのだった。


                                    (完)

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MIGHTY MIND ~マッチョになって帰国したら親友が殺されたので、少女と殺人セクサロイドを追うことにした~ 山門芳彦 @YYgarakutalover

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