【他】愚かなる偽侯爵夫人(3)
陛下が倒れた、という噂が一気に王都に広がった。それが事実なのは、侯爵が頻繁に登城していることからも、テレーザには察することができた。
その隙にと、新たな執事をボロドウ商会経由で採用することになる。ロバートと呼ばれる彼は、ハロイ教から遣わされた者でもあった。
侯爵がパトリシアの薬を作るために冒険者を雇った、という情報がハロイ教側に伝わった結果、万が一の可能性も潰すためにも、と派遣されたのだ。
そして、彼は、そこそこ優秀だった。
忙しい侯爵に挨拶は後日で、と老執事のヨゼフに断りをいれ、真面目に裏方に徹し、侯爵が不在となった隙に、ヨゼフとコクトス夫人、二人に薬を盛って、さっさと屋敷から追い出したのだ。
「奥様、本日は、サンストル伯爵夫人のお茶会の予定ですが」
「そう、わかったわ」
すっかりロンダリウス侯爵夫人になりきっているテレーザ。メイドも、ボロドウ商会から手配している者(ハロイ教徒)に変わっている。
侯爵は登城してすでに三日、屋敷には戻ってきてはいない。おかげで、テレーザは侯爵夫人を満喫していた。
お茶会へ向かう身支度をしているところに、執事のロバートがやってきた。
「奥様、冒険者の二人が侯爵に会いたいとのことで」
「……あら、そう」
彼らがやってきたらどうするかは、ロバートから計画を聞いていた。
サロンへと案内して、そこで菓子とお茶を勧め、パトリシアの部屋へと連れていく。けして自分は口にしてはいけない、と注意されるテレーザ。そこから先は、ロバートがなんとかすると。
冒険者の二人は、テレーザが侯爵夫人だと挨拶をすると、驚いた顔になったのを見て、少しだけ胸がすく思いになる。
メイド(ハロイ教徒)が上等な茶器にお茶を注ぐ。
テレーザ自身は口をつける真似だけをすると、エドワルドはお茶だけを飲み、アリスは焼き菓子とお茶、両方を口にした。そのお茶と菓子が、痺れ薬入りのハロイ教が用意した呪いのかかった物なのだとは気付かない。
そして、そのまま、パトリシアの部屋へと案内する。
「あちらのベッドで休んでおりますの……よろしければ見舞ってやって下さいな」
「まぁ」
「申し訳ありませんけど、私、この後、予定がありますの。あとはロバートがご案内いたしますわ」
「お忙しいところ、申し訳ない」
「いえいえ」
ニッコリと笑みを浮かべ、部屋を出る。中にはロバートとメイドたちがいる。彼らに任せれば、なんとかしてくれるだろう。
離れから少し行ったところで、ガタンッと倒れる音とともに、エドワルドの怒鳴る声が聞こえた。
「フンッ」
離れに目を向け、鼻で嗤うテレーザには、若かりし頃のモブの姿はない。
立派な悪役の顔がそこにあるだけだった。
* * * * *
床にしゃがみこんだテレーザの目の前には、怒り心頭になっているロンダリウス侯爵が立っていた。仕事に忙殺され、やつれている姿であっても、テレーザから見れば美しく見える。
「ロ、ロンダリウス侯爵様」
「まさか、貴女に我が家を乗っ取られるとはね」
「そ、そんなことは、ございませんっ、この屋敷は」
「貴女の言い訳は結構……そ、そのネックレスはっ!」
テレーザの首にかけられていたのは、ロンダリウス侯爵がレティシアに贈り、彼女がお気に入りだった赤い魔石を使ったものだった。その魔石は、学生時代にエドワルドたちとともにダンジョンで苦労して手に入れた物。レティシアとの結婚祝いに特注で作った物だった。
その姿に、カッとなるロンダリウス侯爵。
「くっ、泥棒猫めっ!」
「ギャッ」
無理やりに取り上げようとして、ネックレスがバラバラに零れ落ちた。
「あ、あ、ああっ」
テレーザがボロボロと涙をこぼしながら、床に落ちた魔石や宝石に目を向ける。
「アーサー、コイツを連れていけ。二度と私の目の前に連れてくるなっ」
「ハッ!」
護衛の騎士に引っ張り上げられながらも、視線はロンダリウス侯爵へと向ける。
しかし、彼の背中しか見えない。
「侯爵様っ!」
テレーザの悲痛な叫び声に、ロンダリウス侯爵の心は揺れることはなかった。
おばちゃん(?)聖女 短編集 実川えむ @J_emu
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