【他】愚かなる偽侯爵夫人(2)
しかし、それも、数年で終わった。
レティシアが娘を産んでから、産後の肥立ちが悪く、間もなく亡くなったのだ。
そして、テレーザはロンダリウス侯爵邸に、足しげく通うようになる。それは夫公認となる。なぜなら、テレーザの夫は、新たにテレーザよりも若く美しい愛人を作ったのだ。しかし、侯爵との繋がりのあるテレーザと別れるわけにもいかず、彼女のやりたいようにさせていた。
ロンダリウス侯爵家の使用人たちが入れ替わり始めたのは、レティシアの娘、パトリシアが十歳になり、ジョーンズが爵位を父親から譲り受け、正式に侯爵になった頃。
そして、パトリシアが王太子の婚約者に決まった頃だった。
「まぁ、侯爵様はお忙しくしてらっしゃるのよ。それくらい、うちの商会で準備させていただきますわ」
「さようでございますか。本当に、ボロドウ夫人には、助けられてばかりで」
執事のヨゼフが、彼女にありがたがりながら、自分の仕事に戻っていく。
そしてテレーザは、まるで自分が侯爵家の主のような顔で、家の中を取り仕切っていく。
「おばさま、王宮のお花を頂いて参りましたの」
頬を染めながら、バラの花束を差し出すパトリシア。年を重ねるごとに、レティシアの面影が色濃く出てきていた。古くからいる使用人たちからは、瓜二つだと言われ、侯爵自身も溺愛するほどに。
「まぁ、ありがとうございます」
笑顔で受け取りながらも、パトリシアの後ろに立つ、コクトス夫人からは冷ややかな眼差しに、苛立ちを覚える。コクトス夫人は、レティシアが実家であるマロウド公爵家から連れてきていた乳母。彼女にはさすがのテレーザも、口出しはできなかった。
気が付けば、あと一年でパトリシアが学校を卒業し、王太子の元へ嫁ぐという時に、パトリシア本人が急病で倒れた。その病気の詳細は、テレーザにまでは知らされていなかったが、外見がかなり酷く変わってしまうような病気と聞き、テレーザは見舞いには行かなかった。
「はい、まるで皮膚が枯れ木のようになっていて……」
「……そう、ありがとう」
ボロドウ家の手の者となっていたメイドの一人から、パトリシアの様子を聞いたテレーザは、笑いが止まらなかった。
当然、王太子との婚約は白紙になり、別の女性が婚約者となった。
アイリス・ドッズ侯爵令嬢だ。
彼女の背後にはハロイ教が存在しているのは、誰もが知っている話。
そして、いつの間にか、ボロドウ商会もどっぷりとハロイ教にはまり、ロンダリウス侯爵邸の使用人たちも、知らないうちに半数がハロイ教徒に入れ替わっていた。
そんなある日、ロンダリウス侯爵邸に、二人の冒険者が現れた。エドワルドとアリスだ。テレーザは彼らが侯爵の執務室へと入っていくのを見送る。
「あれらは、何?」
執務室から出てきたメイドに声をかけるが、わからないという。冒険者に何かを依頼したのだろうか、と不安になったテレーザは、彼らが帰った後、侯爵に直接聞いた。
「ああ、彼らは私の友人でね……パトリシアの病気を治す薬の材料を探してもらうんだ」
「まぁ……あの病は治るのですの?」
「いや、まだわからない……しかし、何もせずにはいられない。可能性があるのなら、と思ってね。幸い、彼らの持っていた物の中に、いくつか使える物があったんでね。もしかしたら、と思いたい」
「……まぁ、そうですの」
言葉では「早く治るといいですわね」と言いつつ、テレーザは余計なことをしてくれる、忌々しく思った。
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