【他】愚かなる偽侯爵夫人(1)(第365話関連)

 小さな領地を細々と経営していたフッツ子爵家。可もなく不可もない、裕福とは言えないまでも、辛うじて貧乏というほどには貧しくはない、といったところだろう。その家の、次女が、テレーザ・フッツ、後のテレーザ・ボロドウだった。

 テレーザは特出した容姿でもなければ、才能もあるとは言い難い、いかにもモブな存在だった。その彼女が変わるきっかけになったのは、貴族学校に入学した時だった。


 そこで彼女は、レティシア・マロウド公爵令嬢と出会ったのだ。


 レティシア・マロウド公爵令嬢は高位貴族でありながら、下位貴族だけでなく、平民に対しても分け隔てなく扱い、多くの人に愛された。いつしか、当時の王太子の婚約者候補、とまで言われていたが、彼女には幼いころからの婚約者がいた。

 ジョーンズ・ロンダリウス侯爵令息。

 五歳年上のジョーンズは帝国への留学を終え、すでに王宮へと出仕しており、優秀さもさることながら、容姿の美しさからも、多くの女性たちの人気のまとであった。


「ロンダリウス様とレティシア様、本当にお似合いですわ」

「ええ、素敵」


 周りの令嬢たちの賛美の声に、恥ずかしそうに笑みを浮かべるレティシア嬢。二人が寄り添う姿は、夜会などでも度々見受けられ、好意的な声がほとんどだった。


 しかし、テレーザ・フッツは違った。


 レティシアと共にいることで、何度となくジョーンズとも会う機会も増え、いつしか、多くの令嬢同様に、彼に対して恋心を抱くようになってしまったのだ。


 ジョーンズの姿を近くにいるためだけに、恋敵であるレティシアの傍にいるテレーザ。


 令嬢たちとの会話の中でも、いつも微笑みを絶やさず、嫉妬に狂った顔などおくびにも出さない。


「お二人の姿を見ていると、こちらも幸せな気分になりますわ」


 ――そんなこと、思ってもいないくせに。


「まぁ、本当に」


 ――私の方が、彼にお似合いよ。


「テレーザ、結婚のお披露目のパーティには来てね」


 ――なんで、あんたがジョーンズ様と。


「ええ、必ず、伺わせていただきますわ」


 心の思いを1ミリたりともあらわさずに、笑みを貼りつけるテレーザだった。



 テレーザは貴族学校を卒業してすぐ、三十歳以上年上の男の後妻として、政略結婚させられた。彼女が学校に通っている間に、子爵領が飢饉に襲われたのだ。その借金の肩代わりをしたのが、オムダル王国でも有名なボロドウ商会の会長だった。

 相手は貴族ですらない。すでに子供も大きく、孫すらいる相手に、テレーザは絶望した。しかし、親の言うことは絶対だった。


 レティシアたちが結婚後、王都に住む友人、ということで、すでに貴族でもないテレーザではあったが、レティシアのお茶会やパーティに頻繁に呼ばれた。


 ――ジョーンズ様の隣に立つのは、私なのに。


 手にした扇子が、何本駄目になったか。

 その度にメイドたちがうんざりした顔になっていたことを、テレーザは知らない。

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