<終章>

日が山裾に傾き、あたりが薄暗くなってきても、僧侶はなかなか帰って来なかった。

(どうしちゃったんだろう、お坊さん・・・・)

年老いた僧侶の話を聞いたあつしは、もはや本堂を振り返る事などできず、ただただ僧侶が帰ってくるのを待っていた。

(早く帰って来ないかなぁ・・・・)

家へ帰ろうにも、あつしには山から下りる道が全くわからない。仮にわかっていたところで、怖くて一人で山を下りる気にはならなかった。

(・・・・帰りたいよぅ・・・・)

心細さにべそをかきはじめたあつしの肩に、ポンと手が乗った。

驚いて振り返ると・・・・そこには、あつしを寺まで連れてきた、あの若い僧侶の姿があった。

「おっ・・・・お坊さんっ!!」

あつしは思わず飛びずさる。

(こっ、この人、もう死んじゃったんじゃ・・・・)

「おやおや、一体どうしたんだい?お化けでも見るような顔をして。」

僧侶の優しい笑顔に、あつしの恐怖が和らぐ。

「だって、さっきおじいさんのお坊さんが来てね・・・・」

先ほど聞いたことを話すと、若い僧侶は苦笑して言った。

「まったく、和尚様も人が悪いなぁ。こんな小さな坊やを怖がらせるなんて。」

「じゃあ、あの話は嘘だったの?」

「ん?そうだな、その話は・・・・」


”あつしーっ!!”


不意に、あつしの耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。

「しょうた?」

声のする方を振り返って見てみると、しょうたが自分の方へ駆けてくるのが見えた。

「しょうた・・・・しょうたーっ!!」

あつしもしょうたの方へと駆け出す。

その直前。

若い僧侶の、驚いたような呟きが聞こえた。

「・・・・永遠乃・・・・」

(え?・・・・とわの・・・・?)

見れば、しょうたの隣には、僧侶より幾分若い少年の姿。

少年は、あつしの横をすり抜けるようにして、僧侶の元へと駆けてゆく。

(あれ・・・・とわのって・・・・え??)

思わず、あつしの足が止まる。

振り向けば、僧侶と少年の抱き合う姿。

「義連・・・・会いたかった・・・・」

「私もだ、永遠乃・・・・」

抱き合ったまま、二人はあつしとしょうたを見る。

そして、優しく微笑みながら-消えた。

(・・・・・・・・!!)

いつの間にか側に来ていたしょうたが、ぎゅっとあつしの手を握りしめる。

「おっ、おい、今の・・・・」

その時、本堂の奥から、年老いた僧侶が姿を現した。

「あっ、お坊さんっ!」

近寄ろうとするあつしを制し、僧侶は穏やかに微笑んだ。

「坊や、年寄りの長話に付き合ってくれてありがとうなぁ。そのお友達と、仲良くするんじゃよ。よいな。」

そして、先ほどの二人と同じように-消えた。

「お・・・・おいっ、一体どうなってるんだよっ!」

震えながらも、しょうたは恐怖を必死に押し隠して、声を張り上げる。

「わ・・・・わかんないよ、僕だって・・・・」

そんな二人に追い打ちをかけるように、寺が姿を変えた。

二人の目の前には、今にも崩れ落ちそうな寺があるだけ。

「う・・・・わわっ・・・・に、逃げるぞ、あつしっ!」

「ま、待ってよ、しょうたーっ!!」

お互いの手を握りしめ、あつしとしょうたは無我夢中で山を降りたのだった。



「義連・・・・和尚様・・・・」

「永遠乃・・・・」

ほぼ同時に、篤志と正太の口から声が漏れた。

お互いの手を探り、固く握り合う。

「なんで、僕たちだったんだろうね。」

「ああ。」

目の前の、今にも崩れ落ちそうな、未連寺。

15年前の今日、ここに確かにあの3人はいた。

ここにあったのは、目の前にあるような廃屋ではなく、小さくともしっかりとした構えの寺だった。

だが、あの日山を降りた二人が、いくら周りの大人に説明をしても、誰一人として信じる者はいなかった。

それどころか、毎日山に入っては庭のように歩き回っているという人でさえ、そんな寺など知らないと言う。

二人はそれ以来、この話に触れる事は無かった。

誰も信じなくても、確かに寺はあった。そこで、忘れられない不思議な体験をした。

同じ思いを胸に抱いたまま、二人は年を重ねていった。

「ねぇ、正太。」

「なんだよ。」

「あの人はね、あの日僕に言ったんだ。『正太はきっと、篤志のことが好きなんだよ。』って。」

「マジかっ。」

未連寺の中に義連の姿を探しながら、篤志は言った。

「『大きくなったら正太に聞いてごらん?きっと、ちゃんと答えてくれるよ。』って。その通りだった。」

「あいつは、『大切な人の手は、絶対に離しちゃダメだ』って言ってた。」

正太は空を見上げ、永遠乃の姿を思い浮かべた。今でも胸の高鳴りを伴うような、鮮やかな笑顔を。

「『時が来れば必ず分かるから。』って。確かに、あいつの言う通りだ。」

「和尚様は、『そのお友達と、仲良くするんじゃよ』って、言ってたね。・・・・【お友達】ではなくなっちゃったけど、仲はいいから、許してくれるかな。」

「ばっ・・・ばかやろっ。」

顔を赤くし、篤志の手を離したとたん。

クシュンっ

と正太はくしゃみをひとつ。

「さみっ・・・・冷えてきたな。そろそろ帰るか。」

言いながら、正太は服を身に着けはじめる。

「そうだね。」

篤志も慌てて服を整える。

(そう言えば、あの時もこれくらいの時間だったっけ。)

そう思いながら、差し出された正太の手を取り歩き始めた時。

不意に、篤志は背後に視線を感じた。

だが、振り返らずに、そのまま歩き続ける。

「正太、もうちょっとゆっくり歩いてくれないかな。」

「あぁ?めんどくせぇなぁ・・・・これだから都会もんは・・・・」

そう言いながらも、正太は篤志の歩みに合わせてスピードを緩める。

「なぁ、篤志。いつまでこっちに居られるんだ?」

「うーん、そうだな、決めてはいないけど・・・・」

やがて、二人の姿は木々の中に消えていった。


静けさの中に、わずかにその形をとどめている未連寺。

三つの白い影が、ゆるやかに揺らめいて、消えた。

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残愛-空蝉- 平 遊 @taira_yuu

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