第31話 エピローグ(転校生)

 私の親友、寺田麻理恵の姉由梨恵さんが、亡くなって1ヶ月余り。事件は、犯人の自殺、という形で終わりを向かえた。

 5人もの人を殺めておいて、勝手に自殺なんて、ホントふざけるな!って思う。なんでも、メイド喫茶の店員を好きで通い詰めていたのに、その子が別の人を好きになったと知った犯人は、逆ギレして殺したんだって。そもそも客と店員に過ぎないから、犯人がどうこう言う問題じゃない。だいたい、店以外でまったく付き合いもなかったとかで、勘違いも甚だしいよね。


 店員を殺した犯人は、きれいな若い女の人を無差別に殺したんだって。血を抜いていたのはなんでかわからないけど、プッツンいった人は、そういう異常行動をとるもものだってワイドショーでやっていた。

 そんな、逆恨みから始まって、訳のわかんない理屈で殺された由梨恵姉ちゃん、本当にかわいそう。人の命はそんなに軽いもんじゃないのに。


 でも、人の命なんて、あっという間に消えちゃう、ということが身につまされた事件もあった。

 大好きなナル君の働いていた寿司政がガス爆発に巻き込まれて、潰れちゃったんだ。そのときに、大将と女将さんが亡くなった。生まれる前から通っていて、気安く遊びに行っていたお店が、こんなに簡単になくなっちゃう。しかも、かわいがってくれたおじさんおばさんも・・・

 私は、本当にショックを受けて、しばらく食欲がなくなったぐらい。


 これにショックを受けたのは、親友たちも同じだった。

 私たちはそろって、寿司政の住み込み従業員ナル君に片思いしていたんだ。

 ナル君はたまたまその日お店にいなかったんだって。

 自分のいない間に、親みたいな二人が死んじゃって、しかも住む家までなくして、ナル君の憔悴は簡単には測れないよ。


 それでもナル君は気丈にふるまって、身寄りのなかった大将夫婦の葬式の喪主まで務めた。

 ナル君はみんなに大事にしてもらっていたから、実際には商店街の人たちを中心にお葬式をやったけど、主役はナル君だった。

 いつも明るいナル君の憔悴した喪服姿は、こんなことを言ったらだめかもだけど、何よりもきれいだった。


 私や、親友たちは、そんなナル君を支えようと、ナル君のそばに行こうとした。だけど、いつの間にそんなに親しくなったのか、転校生の幸徳井倫久君が、ずっとナル君のそばにいて、なんかいろいろ仕切っていたから、ほとんど話もできなかった。

 そして、お葬式が終わって気づいたら・・・・ナル君は姿を消した。



 たくさんの人が死んで、大好きな人がいなくなっても、世界はなんにも変わらない。相も変わらず、私は学校へ通い、友達とバカをやっている。

 今も、いつものメンバーで、朝礼前にくだらない話で笑っていた。


 「そういえば、また、A組に転校生だって?」

 「この前吸血鬼王子ヴァンパイアプリンスが転校してきたばっかりなのに、またこのクラスって変だよね。」

 「でも、全然登校してないんでしょ。案外彼とチェンジだったりして?」

 「おほん、私の調査では、ものすごいかわいい子がやってくる、らしいよ。」

 「相変わらず、余所のクラスのことにも詳しいよね、梨々香は。」

 「かわいい、ってことは今度は女の子かな。」

 「それが、またまた男、という話もあって、情報が錯綜してるのですよ。」

 「えーー。きれいな男子は幸徳井じゃなくてもいてもおかしくないけど、かわいい男の子は、この年じゃ無理無理。」

 「でも、ナル君レベルなら?彼、年上だよね?」

 「ハハハ、そんなにゴロゴロ、ナル君レベルがいたら、女の価値、なくなりそう。」

 「言えてる。」

 「て、言うことで、ご両人、是非是非、情報の提供をおば。」

 梨々香はふざけて私たちを拝んだ。

 ハハハハ・・・

 またみんなで馬鹿笑いをする。

 そう、こうやって、私たちの日常は変わらず過ぎていく。



 「エーッ?」


 朝礼の時間。

 中田先生は、転校生を連れて入って・・・は、来なかった。

 「おい、幸徳井。二人とも早く入ってこい。」

 なんだかやつれ顔の先生が、ドアの外に声をかける。

 

 すると、そこには呼ばれた幸徳井君の姿が?

 みんな?を浮かべて彼を見ている。

 最近来てなかったけど、彼、普通にこのクラスの子だよね?

 すると、彼はなんだか、ドアの外にいる誰かを強引に引っ張って、連れてきた。


 おっとっと・・・


 思いっきり幸徳井君に引っ張られて、その子はつんのめりながら、入ってきた。勢い余って、幸徳井君にぶつかると、頭をはたかれて、むりくりに体をこちらに向かされる。


 ・・・・嘘・・・


 そこには、はたかれた頭を不満げに押さえる・・・ナル君がいた。



 【幸徳井 成人】


 先生が黒板に、大きくそう書いた。


 え?


 「えー、どうやら知り合いもいるようだが、転校生の幸徳井成人かでいなるひと君だ。字を見て見てわかるとおり、先日転校してきた幸徳井倫久君の親戚、従兄弟にあたるそうだ。」


 えー?


 「挨拶してくれるかな。」

 「あ、その・・・かでい(?)なるひとです。」

 ぺこり、と、頭を下げる。


 なんで疑問形?

 そしてなんで、このクラス?


 「あー、その何だ。名字が同じなのでややこしいから下で呼ぶが、成人君は少々特殊な生い立ちで、学校に行ったことがないそうだ。そこで、同い年の従兄弟である倫久君と同じクラスで学べるように、特別にはからうことになった。学校に行ってないと言っても、ちゃんと編入試験を、しかも優秀な成績で合格している。いろいろ戸惑うことも多いだろうが、みんな、協力して、助けてやって欲しい。」

 「はい!」

 クラスの声がきれいにそろった・・・



 「ちょっと、ナル君、どういうことよ?それより今までどうしていたの?」

 朝礼が終わると、私は慌てて、ナル君の下へ走っていった。麻理恵も、同じようにやってくる。

 私たち以外にもナル君のことを知ってる子達がいて、知らない子も含めて、ほとんどクラスのみんなが、集まってきた。


 ナル君は、ちょっと引いた感じで、おどおどしている

 なんか、かわいい!

 みんな、私と同じ感想みたいで、温かい目で、だけど、興味津々でナル君を見ている。

 ナル君は、幸徳井君に助けを求めるように目を向けた。

 幸徳井君は、その長い髪の毛を掻き上げながら、「まったく・・・」と口のでつぶやいた。


 「こいつは幸徳井成人。最近までは田中成人と名乗って、寿司屋で住み込みの店員をしていた。その時のこいつを知っている人もいると思う。」

 うんうん、と私や麻理恵は頷いた。

 「実は、こいつの母親が私の父の姉で、外国人との結婚を反対されて駆け落ちしたんだ。噂で赤ん坊を産んだと聞いて祖父が、叔母とこの子を探していたんだが、彼だけが九州の孤児院で過ごしていることが判明した。祖父が迎えに行ったときは、その孤児院をこいつは脱走していて、行方不明。半年ほど前、この付近でそれらしき子供を見た、という情報が上がり、私もこちらに居を移して、こいつの捜索に参加することになった。」

 「そういえば、幸徳井君、お通夜でみかけたナル君のこと、すごく気にして、紹介してって、言ってきたよね。」

 「ああ。あのときは助かった。」

 「言ってくれればよかったのに。」

 「まだ、確信を持てる段階じゃなかった。それに、何より、家の恥だしな。」

 ああ、とみんなが納得する。ちょっと気まずい雰囲気が流れた。

 私は、空気を変えようと、ある疑問を口にした。

 「でも、ナル君って私たちより年上じゃなかった?確か、中学を卒業して住み込みで働いてる、って言ってたような・・・」

 はじめて会った時、私は中学生だった。卒業してるなら年上だ、そう思ってたけど。

 「働くために年齢を詐称していたみたいだ。それで余計にややこしいことになったんだけどな。」

 「でも、良くごまかそうと思ったね。その、ナル君童顔なのに・・・」

 「桃谷、気を遣わなくても結構だ。どう見ても今でも中学生だからな。」

 ハハハハ、と、聞いていたみんなが同意をして笑った。

 こんなかわいい高校生男子、いる?

 「どうやら人に恵まれて、年をごまかしたままここまで来たが、このたびいろいろあって、幸徳井の籍に入ることになった。戸籍上は私の親の養子となっている。今は、緊張しておどおどしているが、本来は人なつこい奴だ。みんな可愛がってやって欲しい。」

 幸徳井君が、きれいに頭を下げた。


 一瞬、水を打ったように静まりかえったけど、一人の男子が、そんな幸徳井君の腕をバンって叩いて言った。

 「何当たり前のことを言ってんだよ。おまえ共々、しっかり世話してやるよ。」

 ガハハハハ、と笑ったその子につられ、暖かい笑いが、クラス中に響き渡った。

 チラッとナル君をみると、いつもの優しい、ちょっとはにかんだ笑みを浮かべていた。




 ああ、そうだ。

 私こと桃谷芹那は思う。

 ナル君の笑顔、大好きだ。

 なくしたと思ったこの笑顔がまた私たちと共にある。

 そうだ。

 私たちの日常は何も変わらない。

 この太陽のような笑顔に照らされて、輝かしい学園生活がやってくる。

 なんだか、誰かに大きな声で言いたくなった。


 ありがとう!そして、いつまでも一緒に!


 ありふれた日常は、幸せに包まれている・・・・



        <<   完  >>






 

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ヴァンパイア狂奏曲 平行宇宙 @sola-h

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