第30話 エピローグ (寿司政と僕の行方)

 あれから一週間。

 寿司政崩壊の原因は、古いガス管の爆発とされた。

 実際に、ガス屋さんとか、消防、市の人とかいろいろやってきて、調査をしたり謝ったりしてきた。

 なぜか、それらの窓口に弁護士としての桜宮さんが入ったことで、いろいろとスムーズに話が進んだ。

 崩壊していて危ないからと、公共の費用で、寿司政はあっという間に解体され、更地になった。

 こういうのも、幸徳井の力、というのだろう。



 大将夫婦は子供もなく天涯孤独。二人の葬式は、商店街の人たちが協力して開いてくれた。

 大将達が僕を養子にしたがっていたことは、みんな知っていたから、喪主というか、そういう役割を僕がすることになった。

 正直言うと、長く生きてきたけれど、お葬式に出たことはほとんどない。

 いや、正確に言うと、喪主、なんて立場で葬式に出たことはない。

 オロオロしていた僕だけど、商店街のみんなのおかげで、なんとか無事、二人を送ることが出来た。



 住んでいた寿司政がなくなって、僕は今倫久のマンションにお世話になっている。

 このことについては一悶着があった。

 一番大きな問題は、今まで僕に協力してくれていた人たちと幸徳井の関係だ。


 さすがに幸徳井というところか、僕が3日間寝ていた間に、色々僕やこの協力者について、調べが進んでいたらしい。

 僕も、すべてを知っているわけじゃない。

 だけど、僕の母親は日本人で、父は今で言うところのルーマニアで生まれた。

 父は、世界各地を放浪しつつ、自分の興味を最優先に、色々と首を突っ込む人、らしい。僕はまだ山にいた頃何度か会っただけだけど、父や母が僕を溺愛していることは知っている。何故、溺愛しているのに、僕を放置して放浪しているか。単に溺愛しすぎているからだ。父も、そして父から力を与えられた母も、ものすごく強力な力を持っている。だけど、特に父は、ある意味ではピュアで、加減ができない。

 僕が産まれて産声を上げるときのこと。

 そこはドイツの片田舎だったらしいけど、赤ちゃんが産声を上げる手助けに、背中をバンバンと叩くんだ。それを自分の子に何をする、と言って、僕を取り上げた産婆を殺してしまうところだったらしい。

 あるとき、アマゾンでのこと。

 僕に蚊が止まろうとした。

 父は蚊に激怒して、3キロ四方の密林を野原に変えた。

 まぁ、そんな感じで、側にいたら被害が大きすぎる、と、母が考えて、僕は今で言う中国の山の奥地に住む仙人のじいちゃんに預けられたんだ。


 一方、母は、僕に自分の故郷でも暮らすことを望んでいた。

 そして、僕が路頭に迷わないように、母を慕う人々にお願いしたんだ。

 母の父は、実は歴史上有名な人。通名天草四郎。

 この人はキリシタン一揆で有名だけど、神通力、といわれるものを持っていて、当時はそちらの方が有名だったらしい。奇跡を起こす少年。その力を求めて複数の大名が彼を確保に動いた。すでに彼には助けられて信者になっているような人がいた。キリスト教をベースとした新興宗教状態だったんだ。そこで僕の父が登場する。

 多くの大名の罠から、知恵と力で彼を守った父は、彼や彼の信者から大恩人として、慕われた。四郎本人が望んだ決着として、信者を逃がすために、ご存じの死を迎えたわけだけど、実はその時、ある少女が四郎の子を宿していたんだ。その子が僕の母親のマリア。

 四郎との約束で、四郎の信者や家族を守っていた父に、大きくなったマリアは恋をした。マリアの猛烈なアピールに、父もほだされ、今はもうぞっこんだ。

 ここで問題が発生した。母は人間で、父はヴァンパイア。寿命があまりにも違う。母は、ヴァンパイアになることを決意した。

 一部のヴァンパイアは、眷属化という、人間を同族にする力を持っている。ただ、ここでもまた問題発生。眷属は子をなせない。

 子供が欲しかった両親は、子供が授かるまで、母が人間のまま旅をして、産まれたら眷属になる、という決断をした。そうして世界を放浪すること数年、僕が産まれた。今は無事眷属としてヴァンパイアとなっている。


 とまあ、こういうことで僕が産まれたんだけど、母の希望は実は信者達の希望でもあったんだ。いつか、僕が大きくなったら、日本で暮らす。そのためにいろいろな力を手に入れて、何百年も待っていてくれたんだ。

 ちなみに僕の産まれたのは西暦1658年。母マリア20歳直前のこと。だから、母の外見は20歳ぐらい。みんな口々にこんな大きな子がいるようには見えない、というけど、それは当たり前。僕が0歳で、年は止まっているんだから。


長々と僕の出生の秘密を語ったけど、そのすべては信者さん達だけの秘密だった。だから僕がなんなのか、なんてことは分からない、そう思ってた。

 でも、ちょっとした手がかりから、幸徳井は天草四郎にたどり着いた。

 桜宮さん曰く、天草四郎にヴァンパイアが協力していたことは裏の世界では秘密でも何でもないらしい。僕が発する霊力とか、あと、赤目や牙は、倫久にちょっかいかけられたときに何回か見ていたから、ヴァンパイアかそれに近いあやかしだろう、と、初めっから想像していたので、天草四郎関連の宗教組織を探ったら、すぐに判明した、とのこと。

 僕は、自分が人間じゃないとバレたら、殺されると思ってた。そう、仙人のじいちゃんに教えられていたし、実際、バレて狩られそうになり、そのせいで山を降りて日本にやってきたんだ。

 僕がそういうと、

 「どこの蛮族だ。」

 と倫久は鼻で笑った。

 「そうですよ、そんなもったいない。殺すぐらいなら、閉じ込めて観賞用にします。」

 と、怖いことを桜宮さんは言った。笑っていたけど、半分本気かも知れない。

 二人に教えられたところでは、ヴァンパイアという種族は、人間にとってできれば共存したい種族なんだって。人間、もしくはそれ以上の存在として、礼をつくして付き合ってる、らしい。ヴァンパイアにはヴァンパイアの社会もあるらしく、人間が意味もなくヴァンパイアを手にかけることはない、だそうだ。

 初めて聞いたので、冗談か本当かは、僕には分からないけど・・・


 こんな感じで、幸徳井は僕の出生の秘密と、僕の後ろ盾を簡単に突き止め、そのまま僕の立ち位置、というか、誰が庇護するか、なんていう、僕からしたらちょっと恥ずかしい話し合いを、天草の民としたそうだ。


 そこでの結論。

 僕の後ろ盾だった名もない組織は、幸徳井の一部門となった。

 僕を管理・保護する部門だって。

 僕に対する優先権は彼らが持つ。彼らの最優先は僕の幸福。

 僕に無礼を働いたら、実力行使をしますよ、そう彼らは言ったそうだ。何が出来るのか、そんな弱小組織に。最終兵器があるじゃないか、僕の両親という。まぁそういうことのようです。両親が本気で暴れたら、日本沈没しちゃうよ。だから、あまり無茶な要求はしないでね。


 じゃあ、なんで幸徳井が噛むのか。何故彼らがそれを認めたか。

 話し合いには時期当主の倫久が、僕と直接接した者として出席したんだ。

 彼は、いかに僕が無知で、危なっかしいか力説したらしい。「くさい物には蓋で守ってるだけでは、いざというときに成人自身が困る」んだって。今回の事件みたいなのが今まで起きてないのが奇跡だ、とまで言い放ったそうだ。

 桜宮さんいわく

 「大演説の末、ナル君の教育係の地位をもぎ取った。」

 らしい。


 そんなわけで、今、僕は、倫久のマンションにいっしょに住んでいる。

 そして、それは、ちょっとした楽しみを僕にもたらしてくれたんだ。

 

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