ヒト赤星病菌の与える社会的被害軽減に向けた人工代替中間宿主の試作
青島もうじき
全文
2034年10月26日
二関 実穗乃 近畿理科大学大学院理学研究科
目次
1. 序論
1.1 ヒト赤星病菌の生物学的特徴
1.2 ヒト赤星病の社会的影響
1.3 人工代替中間宿主の有用性
2. 研究方法
3. 結果および考察
4. 結論および今後の展望
参考文献
謝辞
1.序論
ヒト赤星病は、ヒト赤星病菌(Epidermophyton cytovorum)がヒトの皮膚に感染することによって発症する皮膚糸状菌症の一つである。日本においては、全世界的なパンデミックが発生した2031年以降は単に「赤星病」と呼ばれることもあるが、本来「赤星病」とは、リンゴなどのバラ科ナシ亜科の植物にGymnosporangium属の担子菌が寄生することによって発生する植物病害を意味する。発生メカニズムの全く異なるヒト赤星病が「赤星病」の名を受けている理由としては、その症状およびヒト赤星病菌の生活環が「赤星病」と酷似していることが挙げられる。
本論文を執筆している2034年10月現在、ヒト赤星病は依然、重大な社会的問題として存在し続けている。根絶に至るまでに時間を要しているのは、ライフサイクルが非常に長く、その性質の全てを理解することが短期間では困難であること、感染力が高く、サンプルの採取が非常に困難であること、ヒト赤星病菌の人体への毒性が極めて低く、他の感染症研究に優先的に多くの力が割かれていることなどの理由が考えられる。しかし、ヒト赤星病に罹患した患者が多くの国で社会的な迫害を受けている現状があり、その精神的負担はヒト赤星病の人体に与える影響に以上に大きな問題であると言える。
本論文はヒト赤星病の生物学的特徴およびその社会的影響を簡単に整理したのち、本来自然界には存在しないヒト赤星病菌における代替中間宿主を人工的に作成することの有用性、およびその試作を行った際の所感を述べるものである。
1.1 ヒト赤星病菌の生物学的特徴
ヒト赤星病菌の大きな特徴として、ヒト-ヒト間での世代交代を行うことが広く知られている。これは任意のヒト-ヒト間で感染が発生するわけではなく、特定のヒトが感染を媒介する中間宿主、残りのヒトが実際にヒト赤星病を発症する終宿主となることによって生活環を形成しているものである。単純に言い換えるとすれば、ヒトはヒト赤星病菌に感染しても発症しないヒト(中間宿主性ヒト)と、感染すると発症するヒト(終宿主性ヒト)に一意に分かれ、その感染は中間宿主と終宿主の間で交互に起こるということだ。この性質は植物病害の「赤星病」における生活環と極めて似ており、「赤星病」も中間宿主であるビャクシン属の植物と終宿主であるバラ科ナシ亜科の植物の間で交互に感染を起こす。このときビャクシン属同士、ナシ亜科同士では感染が起こらず、ヒト赤星病菌も中間宿主性ヒト同士、終宿主性ヒト同士での感染は現在のところ確認されていない。
現在、特定のヒトが中間宿主性ヒトであるか終宿主性ヒトであるかを判別する研究が盛んに行われているが、現在のところ有意な数値を得られているデータは存在していない。感染拡大初期にレヴァークーゼン大学のElvira Wagner氏の研究グループから出されたレポート[1]では、性別、遺伝、年齢、生活環境などによらず中間宿主性と終宿主性の比率は1:1に近似されたということが報告されており、現在に至るまでなにが宿主性を決定づけている因子であるかは判明していない。性別によらず各宿主性が1:1となることから、X染色体上の特定塩基配列におけるメチル化等の遺伝子修飾が影響しているのではないかとも考えられているが、2034年8月現在、報告は上がっていない。上記の理由により、現在のところ特定のヒトにおける宿主性はコインを投げた時の表と裏のような、全くのランダムであると言わざるを得ない。
終宿主性のヒトがヒト赤星病菌に感染した場合、ヒト赤星病菌は体内で潜伏したのち、7月から8月にかけて活動を活発化させ、ヒト赤星病を引き起こす。罹患したヒトの皮膚では表皮細胞が異常な分裂を起すことで白い毛状突起を多数形成し、最終的には皮膚表面で太い触手状の突起が集合した、最大で直径4cm程度の球となる。その形状が「赤星病」に感染したビャクシン属における冬胞子と酷似していることも、この疾病がヒト赤星病と呼ばれる一つの理由となっている。ヒト赤星病菌が小球を形成する過程には特に痛痒もなく、それ以外の症状を起こすこともない。
1.2 ヒト赤星病の社会的影響
ヒト赤星病は皮膚表面に触手球を形成すること以外には人体に影響を及ぼさないが、その症状が顔や頭などの皮膚にも現れるため、容姿の問題として社会的に忌避されている。触手球は外科的な手法で取り除くことが可能であるが、ヒト赤星病は感染力が高いため手術を受け入れている病院は少なく、また、触手球が真皮にまで根を張っている上、数日で再生することもあり、大規模な発症が起こる時期には希望者数に対する1日当たりの手術数が0.03と[2]なっており、除去手術が追い付いていないのが現状である。また、定期的な除去手術を受けている人も「感染隠し」として非難に遭うことがあり、除去手術を取り巻く現状は混迷を極めている。
終宿主性ヒトから中間宿主性ヒトへの感染はこの7月から8月にかけて生じるが、それ以外の時期でも、感染した中間宿主性ヒトが触れた物を介して終宿主性ヒトに感染が広がることがある。中間宿主性の感染者が無自覚のままに感染を広げ、発症時期になって初めてクラスターが発生していたことが判明するケースも少なくない。中間宿主性ヒトは発症時期になっても症状が起こることはないため、中間宿主性ヒトが感染爆発の中心となっているのだが、目立った症状を示す終宿主性ヒトに非難が集まり迫害されるという、いわゆる「終宿主狩り」が多くのコミュニティで発生している。
また、中間宿主と終宿主との間では交互に感染が起こるため、共同生活を営む中に中間宿主と終宿主が混在すると、発症期になるたびに終宿主性ヒトが発症することとなる。そのため、終宿主性ヒトに発症があった際に身近なヒトが発症および感染していない場合に、そちらが中間宿主性ヒトである可能性を危惧し、共同生活を解消することがある。そのため、パンデミックの起こる直前である2030年の日本における単独世帯の割合が27.3%[3]であったのに対し、2033年の単独世帯の割合は45.3%[4]となっており、それに伴って住居の不足も深刻な問題となっている。
上記のように、ヒト赤星病菌はその毒性の低さにもかかわらず、固定された完全にランダムの中間宿主性および終宿主性という生活環の特徴に加え、顔面や頭皮などを含む全身で触手状の突起球が形成されるという病状への忌避から、深刻な社会問題の一要因となっている。
1.3 人工零次中間宿主の有用性
ここまでで示してきたように、ヒト赤星病菌は7月から8月の発症期にかけて終宿主性ヒトから中間宿主性ヒトに感染し、その他の時期に中間宿主性ヒトから終宿主性ヒトに感染するという生活環を持っている。この生活環が直接の原因となって生じる社会問題は多く、裏を返せば、7月から8月の発症期に終宿主性ヒトから終宿主性ヒトへと感染させることができれば多くの問題が解決に近づくということだ。
この論文で提唱するのは、ヒト赤星病菌の感染を止めるための手立てではなく、むしろ感染を推し進めることによって、別の問題を解決するためのものである。
代替中間宿主とは、中間宿主(一次中間宿主)に同様に感染することができ、終宿主との生活環に割り込むことのできる宿主のことを指す語として定義される。ヒト赤星病菌の例でいえば、本来は終宿主から中間宿主へと感染するという生活環を持っているところ、その中間宿主の役割を別の宿主が担うというものである。
人工代替宿主は人体とは異なり、細胞に処理を施すことによってヒト赤星病菌に発症期を誤認させることができ、7月から8月の発症期であるにもかかわらず、中間宿主から終宿主へ感染を広げることが可能となる。つまり、一つの親終宿主から得た子世代のヒト赤星病菌を同じ年の発症期に発症させることができるようになることが言える。
これは、1.2で指摘した居住空間における中間宿主性ヒトと終宿主性ヒトの混在可能性からの共同生活解消という問題に対する有効なアプローチである。というのも、世代を経なければ、言い換えれば1年が経過しなければ終宿主から終宿主へと帰ってくることのない生活環を短縮し、ヒト赤星病を発症する(あるいはしない)ことで、自らが終宿主性であるか中間宿主性であるかをごく短期間で証明することが可能となるからだ。発症しなかった場合は中間宿主性であることが濃厚になるため、共同生活の解消という結果は変わらないのだが、この手法であれば半分の確率で感染経路が成立しないことを証明できるため、やはり有用であるといえよう。
2. 研究方法
中間宿主性ヒト赤星病感染者(2034年7月3日発症 26歳 女性)の頭皮の表皮細胞を採取。分裂促成因子Mog31の合成を誘導する低分子タンパク質であるr12-transをコードしている遺伝子領域で、r12-transの合成を抑制するサイレンサー領域をノックアウトし、盛んに細胞分裂が行われるよう促すゲノム編集を行う。r12-transにおけるサイレンサー領域のノックアウトはドレスデン大学Leonora Krause氏のプロトコール[5]に従っているのでそちらを参照されたい。
r12-transノックアウトヒト表皮細胞をE-DAS培地を敷いた150mm培養デッシュ内に塗布し、培養細胞が薄い膜を形成するまでインキュベーター内で培養を行う。その後、細胞に再びヒト赤星病菌を感染させるために抽出液を塗布し、10日間35度に保つことでバーナリゼーションを行いながら、ヒト赤星病菌を非発症期の相へと変遷させる。
最後に、5名の研究協力者の皮膚に発症期ヒト赤星病菌感染済みのr12-transノックアウトヒト表皮細胞を塗布し、経過観察を行った。
3. 結果および考察
バーナリゼーションの後、ヒト赤星病菌は非発症期の相に変遷した(別紙 Fig.1を参照)。以下、感染実験の結果を示す。
①発症者(終宿主性 2034年8月4日発症 42歳 男性)
すでにヒト赤星病を発症している患者の右前腕表皮に、再度非発症期のヒト赤星病菌を塗布した。塗布後1日で炎症が起こったが、触手球の形成には目に見える範囲で影響は出ず、その後、8月26日に完治(Fig.2-1)。
②非発症者(中間宿主性可能性大 2034年7月29日感染確認 52歳 女性)
同居していた53歳男性(当時)が2033年7月に発症し終宿主性だと判明した後も、その子3名と計5名で数か月共同生活を送るも、翌年の発症がなかったことから、中間宿主性である可能性が極めて高いものと考え2034年7月29日に受診。同日、感染が確認された。中間宿主性であるため疾患のない右前腕部にヒト赤星病菌を塗布したところ、発症はせず。その後、8月13日に完治(Fig.2-2)。
③未発症者(感染記録なし 宿主性不明 32歳 男性)
単独世帯で身近に発症者はおらず、塗布直前の検査でも感染していないことが確認された。発症期ヒト赤星病菌感染済みのr12-transノックアウトヒト表皮細胞を左前腕表皮に塗布したところ、翌日大きく炎症を起こし、塗布から3日後に皮膚表面に糸状構造が現れ、検査の結果、ヒト赤星病の感染が確認された。その後、9月3日に完治(Fig.2-3)。
④未発症者(感染記録なし 宿主性不明 28歳 女性)
同居女性が2034年7月3日に発症。発症が確認されてからは家庭内で接触を控えて生活している。実験直前の検査で感染していないことが確認されたため、宿主性は不明であった。左前腕表皮への塗布を行ったところ、翌日に炎症を起こしたが、発症はせず。4日後に検査を行ったところ、ヒト赤星病菌の感染が確認され、宿主性が中間宿主性であることが示された。その後、9月1日に完治(Fig.2-4)。
⑤未発症者(感染記録なし 宿主性不明 53歳 男性)
単独世帯で身近に発症者はおらず、塗布直前の検査でも感染していないことが確認された。右前腕表皮への塗布を行ったところ、4日後に皮膚表面にヒト赤星病特有の糸状構造が現れ、感染および宿主性が終宿主性であることが確認された。その後、9月6日に完治(Fig.2-5)。
以上の記録より、ヒト赤星病菌感染済みのr12-transノックアウトヒト表皮細胞にバーナリゼーションを施すことによって、発症期であっても非発症期の相に変遷させることが可能であることが再現され、また、非発症期のヒト赤星病菌が発症期に終宿主性ヒトに感染すると3日程度で発症することがあると確認された。
4. 結論および今後の展望
本研究によって、ヒト赤星病菌は有糸分裂の促進およびバーナリゼーションによる相変異により人為的な感染が可能であり、それを用いることで比較的蓋然性の高い宿主性の検査が行えることが示唆された。また、完治の時期が平均[6]と比べ遅くなったのは本来感染しえない発症期に感染させたからであると考えられ、その分子生物学的および遺伝生物学的メカニズムについては今後の研究が待たれる。
今回の実験ではサンプル数が非常に少なかったことがデータの信憑性を落としていることは否めないが、この研究の有用性が認められ、感染による人為的な宿主性検査がもたらす社会的利益が広く知られるようになれば、被験者数も増え、さらに詳細なデータが得られるものと考える。
謝辞
本研究を行うに当たり、貴重なご意見をいただいたドレスデン大学Leonora Krause氏に深く感謝いたします。また、発症者への世間的な風当たりが強いという現状があるにもかかわらず感染研究にご協力いただいた皆様に心よりお礼申し上げます。
そしてなにより、中間宿主性ヒト赤星病に感染した頭皮の表皮細胞を提供してくれた、私の同居人のYに感謝申し上げます。実験の4例目は私自身の身体を用いた実験であり、これによって私は中間宿主性ヒトであることが示されました。本来、この実験は終宿主性の方が同居人として中間宿主性の方を置いておくことに抵抗を示すことがあり、半分の確率であるとはいえ、終宿主性であることが感染により示すことができれば共同生活を解消せずにいられるのではないかという発想から始まったものでした。しかし、私がYに感染および発症を引き起こしかねない存在である中間宿主性であることが実験で明らかになった後も、Yは私と共に生活してくれています。私が実験結果を持ち帰ったその日の言葉を、Yと私から捧げる、世界への祈りとして付記して、本稿を締めたいと思います。
「顔から触手が生えてこなくなることよりも、私は大切な人と暮らすことを選びたい。うつし、うつされることをこれからは愛と呼んでもよいのではないでしょうか」
参考文献
[1] Elvira Wagner, The Ratio of Epidermophyton cytovorum Infected by Various Element, Report of Leverkusen University, 2032,31(7), p.11-14.
[2] 厚生労働省, ヒト赤星病触手球切除希望者及び施術可能医師数等に関する調査について, 2034
[3] 総務省, 2030年度版 情報通信白書, 2031
[4] 総務省, 2033年度版 情報通信白書, 2033
[5] Leonora Krause, 久川新・芦山春香(訳), 『分裂促成因子領域のゲノム編集技術』初版, 近畿理科大学出版会, 2027
[6] 厚生労働省, ヒト赤星病に関する報道発表資料(発生状況、国内の患者数、空港・海港検疫事例、海外の状況、宿主性、その他), 2033
ヒト赤星病菌の与える社会的被害軽減に向けた人工代替中間宿主の試作 青島もうじき @Aojima__
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