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十日後、インドネシア当局との交渉の結果、デラーンは国外追放処分になった。
国際法的には自国民の棄民は望ましくないとされているけれど、デラーンの場合は身元不明者という扱い。つまり戸籍が確認できないから、国籍も与えられないという事だ。本当は出身地もあるし、探せば身内もいるんだろうけれど、わざわざ確証を取りに行ったりしない。追放処分と言うのも正確ではなく、国民としての身分を与えないままにすると言った方が正しい。この国には存在しない人間……という訳だ。
僕達はメダンのブラワン港にて、デラーンを日本行きの貨物船に密航させる。港にはデラーンを迎えに、C機関の瀬峨さんがスタッフを連れて来ていた。
「よう。久し振りだな、向日くん」
「瀬峨さん!」
「こいつが例の鞭の奴か? 後は任せといてくれ」
瀬峨さんのフォビアは、自分より高い位置にいる人間からは姿が見えなくなるという物だ。低身長というコンプレックスが原因の能力。船の中で小さくなって身を隠していれば、まずデラーンは見付からない。
どうしてC機関が動いたのか? 話は一週間前に遡る。
――早朝、ウサギさんが寝起きの僕に報せてくれた。
「向日、C機関がデラーンの能力に興味を示した。密入国を手助けしてやるってさ」
「C機関が?」
「彼の鞭のフォビアには利用価値があると見込んでいる様だ。F機関で教育してくれるなら、その後の世話を見てやっても良いと言っている」
「P3が潰れたから、海外の人材を集める事にしたのかな?」
フォビアの有効活用を目指しているC機関は、P3が潰れた今、人材の安定した供給元に困っている。それで海外のフォビアの人を助ける僕達の活動と、偶々利害が一致した――という訳なんだろう。
「そうかもな。何にしても好都合だ。当然、乗るだろう?」
「ああ」
他に取れる手段が無いから、C機関に頼らざるを得ない。
C機関に入るという事は、フォビアを使うという事だけど……デラーンは山賊行為を繰り返していたぐらいだから、自分のフォビアを活用する事に迷いは無いだろう。日本語の勉強とか、法律や生活習慣について、ちゃんと教育する必要があるけれど、そのくらいの事を嫌がっていたら誰も助けられない。
本当は全ての国がフォビアを理解して受け容れてくれると良いんだけれど、現状はフォビアを貴重な才能だと捉えられる人達ばかりじゃない。
そんな訳で、僕達はデラーンを瀬峨さん達に預けて、一足先に日本に帰る。
これから入国管理局に身柄を拘束される予定のデラーンを、ウエフジ研究所で引き受ける準備をしないといけない。
まずは上澤さんにお礼を言って、インドネシア語に対応できる人がいないか聞いてみる。もしいなかったら、僕がインドネシア語を勉強するしかない。人の命を引き受けるという重い決断をした以上、僕自身も汗を流さないと。
デラーンが上手く日本の生活に溶け込めると良いんだけど……。デラーンは生きるか死ぬかの決断で日本に来る訳だから、気安く嫌とは言えない立場だ。その辺のメンタルケアを日富さんにお願いする必要がある。在日インドネシア人コミュニティにも話を通しておこう。二度と帰れない故郷を懐かしむ時が来るかも知れないから。
今後もフォビアの人達を助ける活動を続けるなら、こんな事は一度や二度じゃないだろう。だけど、それだけの価値があると僕は信じている。面倒だなんて理由で人を見捨てたりしたくない。もし誰かを助けられなかったとしても、それは全力を尽くした結果であって欲しい。
アキラ……。もう同じ過ちは繰り返さない。
更に一週間後、日本に着いたデラーンは違法入国者として、入国管理局の収容所に移送される事になった。そして指定医療機関の健康診断で精神面に異常ありとして、ウエフジ研究所に連絡が入る。
ここまで全て計画通り。指定医療機関にも根回しは済ませてある。
その翌日、僕と上澤さんと日富さんとウサギさんの四人で収容所に向かい、ウエフジ研究所でデラーンを引き取った。
後は五年間、フォビアの訓練をこなして大きな問題を起こさずに暮らしていれば、デラーンが日本国籍を得る機会が訪れる。
ここまでして、ようやく一人を助けられた事になる。遠大な道程だ。それでも……これは僕が選んだ道だから。いつか僕がフォビアを完全に失う日まで、こういう活動を続けたいと思う。
フォビアが有用な能力だからじゃない。そもそもフォビアを持っているからって、必ず日本で保護しないといけない訳じゃない。現地で暮らしていけるなら、その方がずっと良いだろう。中には本気で母国を嫌っている人もいるだろうけれど……。
だから日本のためだとか、C機関のためじゃなくて、フォビアを持つ多くの人達のために。フォビアを理解してくれる人達を増やすために。フォビアで不幸になる人を一人でも減らすために。僕達は戦い続ける。
―――― 完 ――――
Fの救世主 @odan
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