古代に触れた 下

#############

「全然覚えてない」

 私は言った。本当に記憶がなかった。

「もう五年くらい前だもんね。シィちゃんがめっちゃ泣いてすごかったんだから」

「ていうか、それ、何の絵だったの?」

「あー、それは忘れちゃった」


 どちらかと言うとその絵の正体の方が気になるところだが、姉はつづけた。

「小っちゃい頃はさー、やっぱり共有したいんだよ。自分の楽しいことを。だから、サヤちゃんもサーちゃんのこと喜ばせようとしてたんじゃないかなー」

 リツ姉はやんわりと言った。


 確かに、そうかもしれなかった。


 ほめてもらいたかっただけなのに真逆の反応をされるのは、悲しいことかもしれない。

 私ははしをおいて立ち上がる。

「行ってこようかな」

 そう言うと姉は私の頭を軽くなでて、「行ってらっしゃい」と笑った。



☆☆☆

莢音さやね

 妹は私と蕾菜との共有部屋で、お絵描きをしていた。

「あ、おーか姉ちゃん。どしたの?」

「うんと……さっきの見せてごらん」

「え?」


 莢音は不思議そうに首を傾げた。

 それはそうだ。さっき気持ち悪いと言ったものをもう一度見たいというなんて、おかしいことだ。


(むしがいいっていうんだっけ)


 しかしいぶかしげな表情もつかの間。莢音はぱっと向日葵ひまわりのような笑顔を見せた。

「みよみよ!」

 そして上半身を覆わんばかりの図鑑を本棚から引っ張り出し、開いた。

 さっきの巨大ダンゴムシ。

 再び背中がぞわりと逆立つのを感じる。


 しかし、今度はなるべく莢音の表情を見ることにした。

「昔の生き物なんだって!」

「へえ……」

「さんようちゅう? っていうみたい。えっと、は……ふあ……ふ……ふあこぷす?」

「ファコプス……かな」

「はこぷす!」

 妹は明るく笑顔を輝かせ、そう言った。


「5センチくらいだってー。どれくらいかな? ダンゴムシ二匹分くらいかな? そういうのがうじゃうじゃいたんだね昔は」

「うっ……」

「おーか姉ちゃん?」

「ううん。大丈夫」

 喉元のどもとに迫ったじゃがいもを飲み込んで、私は無理やり笑う。

「好きなんだね。動物」

「大好きー」


 莢音はにひひと笑った。

 覚えていないけれど、古代の私もこんな感じだだったのだろうか。

 いろいろなことを知るのが楽しくて、それをみんなにも共有したいというような、そんなコミュニケーション能力抜群だった時代が、私にもあったんだろうか。


「莢音は、将来、何になりたいの?」

 気付くと私はそう聞いていた。

 莢音は、「んー」と鼻を鳴らしながら天井を見上げる。

 その答えは想像とは全く違っていた。

「サヤはねーみんなと一緒にくらしたい」

「みんなと……?」

 今も暮らしているのに? そう思ったが、莢音は本気でそう言っているようだった。

 あとで気付いたけれど、莢音のこの夢には、らしい。

 けれどさすがにそんなことは当時の自分にはわからなかった。


「サヤちゃーん」


 と、そのとき、階段の下から呼び声がした。リツ姉の声だ。

「はーい」

 莢音が返事すると、リツ姉はつづけて言った。

「ツーちゃん帰ってきたよー」

「ツボミ?」

「らいな姉ちゃん帰って来た!」

 突然跳びあがった莢音はバタバタと階段の方まで駆けて行った。

 そう言えば蕾菜は朝からどこかへ行っていた。

 いつもは私に一言言っていくのに。


 どこかやるせない気持ちを抱えつつ私はその後を追った。


☆☆☆☆

「ただいまー」

 双姉あね蕾菜らいなは体操帽に体操着姿だった。胸に「宮科菜」と、亡き母が間違えて書いた名札がある。


「らいな姉ちゃん。お土産お土産!」

「牛乳パック外にあるよ」

「ありがとっ!」


 パタパタとせわしなく彼女は走っていった。


「おかえりツボミ」

「ただいまサクラ。……なに? なんか機嫌悪い?」

 仕草も見せていないのによくわかるなあと思うが、多分逆の立場だったら私も気づくだろう。

 確かに予定の全部を伝えなくてもいいけどさ……。

「別に。どこ行ってたの?」

「裏山。莢音に頼まれてさー。もうくたくただよ」

「裏山……。何頼まれたの? 牛乳?」

「外行ってみ。見ればわかるよ」


 そう言うと蕾菜はお風呂場の方へ行ってしまった。

「今お風呂ふろはいれる系?」

「入れる系だよー」

 そんなリツ姉と蕾菜の会話を背に私は玄関の外に出た。



 もう夕方。さっきまでは少し暑かった気温は、今は幾分か下がっているようだった。

 そんな中、莢音はなぜか虫かごに入れられた牛乳パックを取り出すところだった。 


 ちなみに私は牛乳も嫌いだ。だからそれだけで嫌悪けんお感をいだくのだけれど、蕾菜が私に一言も言わないで持ってきたものの正体が気になって、しゃがんだ。


「莢音、なにそれ」

 たずねると、莢音はクリスマスの朝のような笑顔を見せた。

「わあ! 見て見て!」

 そして中身を見せてくれた。

「ん……? ひっ……!」


 苦手な人のために、一言で済ませたい。


 さながらそれは王蟲おうむのような、さっきの古生物に似たものがうじゃりうじゃり。


 


 ……それから、よく覚えていない。

 背中の震えが身体の内側にまで入ってきて、こぼれ出るものがあった、それだけしか。


 

 唯一の僥倖ぎょうこうは、宇宙の秘密と同じくらいに謎に満ちた古代の私に触れられたことだろうか。


                              2014.6



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注意 「ダンゴムシ 大きさ」でGoogle検索すると、巨大ダンゴムシの画像が出てきます。作者は桜華よりは多少虫は大丈夫ですが、それでも過呼吸になりかけました。検索するときはご注意を。



 

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古代に触れた 蓬葉 yomoginoha @houtamiyasina

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