古代に触れた

蓬葉 yomoginoha

古代に触れた 上

桜華おうか・・・11歳。十子五女。蕾菜は双子の姉。蕾菜とは対照的な読書系女子。歴女。

莢音さやね・・・7歳。十一子六女。一番下の妹。本当に幼い時に両親を失い、兄姉に囲まれて育った。

栗花りつか・・・16歳。四子次女。桃也は双子の兄(今回出てこないけれども)。優しい性格。台所を預かる。

蕾菜らいな・・・11歳。十子四女。桜華は双子の妹。桜華とは対照的にアウトドア派。



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「おーか姉ちゃんみてみて!」

 やわらかな陽のさす土曜日午後のリビング。リツ姉の作る夕ご飯の香りも心地よい。

 そんな中、紅茶片手に小説を読んでいると、莢音さやねけてきた。

 私の持つ本の3倍近い図鑑を、その小さな体に抱きしめている。


「どうしたの莢音」

「これ!」

「ええ、なにな……」

 開いた図鑑には、巨大な、ダンゴムシのような絵がっていた。



 私は無言でそれを閉じる。



「ああん、何で閉じちゃうの」

「気持ち悪いからだよ……」

「だんごむしみたいでかわいいじゃん」

「虫嫌いなの」

「らいな姉ちゃんはすごいすごいって言ってくれたよ」

「ツボミは虫取り大好きだから」

「えー……、おーか姉ちゃんも喜んでくれると思ったのになあ……」

 莢音さやねはがっくりと肩を落として、また階段を上って行った。


 

 小学生になってから、莢音はああやって皆に声をかけるようになった。


「りゅーま兄ちゃん、サヤにじゅうとびできるようなった!」

「しょーじ兄ちゃんみてみて! 漢字のテスト満点!」

「りつか姉ちゃん! サヤおつかい行ってくるよ! サヤにまかせて!」

 

 学校に通うようになると色々なことを覚えるようになる。それが楽しくて仕方がないのかもしれない。

 けれど、所かまわずそれを出されるのは、困ったものだ。

 

「サーちゃん、味見するー?」

 キッチンからリツ姉が言った。今夜は肉じゃがだと、さっき言ってた。

 姉は私をサーちゃんと呼ぶ。双子の姉の蕾菜らいなが私を「サクラ」と呼ぶからだ。

 ちなみに私が蕾菜のことを「ツボミ」と呼ぶので、リツ姉は蕾菜を「ツーちゃん」と呼ぶ。

「するー」と返事をして、私は本を置き、椅子に座った。


 口の中に、ほろけたじゃがいもの香りが広がる。

「んまいなあ」

「よかったー」

「リツ姉天才」

「えー」

 リツ姉はわずかに頬を染めながら、ボブカットの茶髪を揺らした。

 両親が死に、一番上のユズ姉が東京に行ってから、台所を預かっているのがリツ姉だ。

 そういうこともあって、私たちはリツ姉のことを母のように思っていた。



☆☆ 

「さっきサヤちゃんと話してたでしょ」

「うん」

 じゃがいもの甘みを感じながら私は応答する。

 姉は私の真向かいに座って言った。


「サーちゃんも、昔ああだったよ」


「え」

 まゆを寄せて、私は姉を見る。

 リツ姉は微笑みをたたえたまま語った。

 


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(五年前)


「ねえねえみんな見て!!」


 桜華おうかが本を抱えて走って来た。上半身をおおうような大きさの本、そこには『歴史レファレンスブック』とタイトル付けがされている。

 およそ五歳児の読む本ではないだろうが、昨日図書館で借りてきたのだという。


 キッチン机の椅子には栗花りつかと、寝ぼけ眼の柚希ゆずき梓月しづきが座っていた。

 何の偶然か、そのときは女子しかいなかった。


「どうしたのー」

 キッチンで、まだ赤ちゃんだった莢音さやねを背負いながら少し遅い朝ごはんを作る母に代わって、栗花は言った。

 

「これ!」

 ばっと開いたページには。

「あ……」

 首をねられた黒い服を着た男の絵。隣では同じ色の服を着た男が刀を振り上げている。


「ううん……」

 栗花は何も言えなかった。どう見ても笑顔で見るようなものではない。

 しかし桜華は宝物でも持っているかのようなまぶしい笑顔だった。

「シヅ姉も見てー」

 こくりこくりと顎を動かしていた梓月の手を取って、桜華は言う。

「んー……?」

 眠たそうに、薄く開いていた梓月のひとみが、次の瞬間、見開かれた。


「え……くび……え……?」

「首ちょんぱ首ちょんぱ!」


「すごいね」

 いつのまにやら桜華の隣に移動していた柚希だけがやわく微笑み、桜華のあたまをなでていた。桜華は心地よさそうに笑顔を見せている。


 流石長女だなあと、栗花は思った。


(臆病な梓月が泣きわめくまで五秒前)


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