第六十話 果てしなき合体の先

 些細な擦れ違いで人間の関係は大きく崩れる。

 それが意図したことでも、偶然の産物だとしても心は簡単に離れていく。


「気付けないって言うのは残酷なことなの。どれだけその人を愛していると囁いても、その人がその愛に気付いていないなら壁に話しているのと同じなのよ? だからね、その結果が……この惨状ってわけよ」


 熱い風が少女たちの頬を撫でる。


「いい加減に諦めたらどう? 虚しいだけだよ」


 満月が照らし、炎が燃え続ける街の様子を眺めながら右京アカリは瓦礫の上で倒れる少女に言った。


 全身にいくつもの打撲の跡。

 息も絶え絶えに真っ二つに折られた刀を杖変わりにしてレフィは立ち上がる。


「……レフィは、それでもマオ君のコトが」

「君じゃその資格はない。彼にもっと相応しい子がいる……ほら」


 二人の頭上で激しくぶつかり戦う二つの巨人、ダイバースと魔王。

 何故、二人が戦わなければならないのかレフィにはわからなかった。


「…………だ、だから……アユムやトウカを殺したの?」

「姉として妹の恋路を邪魔する者は排除しないといけないからね。それは貴女も例外じゃない。それにしても、しぶといね君」


 瓦礫に座るアカリは刃を仕込んだ靴の踵をカンカンと鳴らす。

 その刃は少女たちの血で赤く染まっていた。


「許せない……」

「許さなかったらどうだって言うの?」

「……アモン、リミッターオフ。コード・ラショウモン……!」


 レフィから滴る血を吸った刀が唸り吼える。


「馬鹿な。ベースは破壊したはず……なのに、どうして機体を呼べる?!」

「……ザエモンの奥手。これで逆転できる……でも」


 レフィのポニーテールを結った輪ゴムは切れ、髪が怒りに燃えるように舞い上がる。

 異空間を突き破り、現れるザエモンの表情も“鬼”と化し、レフィを頭から飲み込んだ。


(さよなら、マオ君……!)



 ◆◇◆◇◆



 丸一日、戦い続けたマオの身体は満身創痍だった。

 コクピットの中で操縦桿を握る手に力も入らなくなっている、そんな疲弊したマオの心に語りかけるのは思念体となったムリョウである。


『どうして魔女セネスはこの呪いをかけたと思う?』


「そんなの知るわけがない。こんなのただの嫉妬だろう」


『そうさ。でも世界を救うのは必ず愛なんだ。魔女は救って欲しかったんだよ。なのに、それに気づけなかったお前がこの事態を引き起こした』


「愛? 何故、誰の愛だよ」


『本当は、わかっているんだろう? 彼女の愛を知っておきながら、お前は彼女の愛を無視し続けたんだ』


「……僕はセネス病で、そんな僕を愛したって不幸になるのは」


『違う。それでも愛は呪いを越える。セネス病を打ち消すもの、それこそ愛だったのだ』


「これが、こんなことをするのがミツキの愛だって言うのか?!」


『そうさせたのがマオだろ? 愛は人を変える力があるのだ。君は彼女の愛にどう答える? どうやって受け止める? 彼女の愛を受け入れるのか? 拒絶するのか?! これが合体すると言うことだ』


「うるさい、うるさいっ! 僕は……僕が合体したいのは……!」


  

 ◆◇◆◇◆



 幼馴染み少女ミツキの怒りは収まる様子はなく、戦闘の被害は更に拡大し続けていた。

 マオの“魔王”もダイバースの攻撃を受けて右腕を破壊されてしまう。


「どうして……」


 燃え盛る街を歩きながら、ミツキとダイバースは泣いていた。


「どうして誰も私を見てくれないの? 私はマオと幸せになりたかっただけなのに……どうしてなの!?」

「ミツキ、支離滅裂だよ。お前の言っていることが何もわからないよ」

「マオは私とだけ一緒に居ればよかったんだ! 私だけを見れてばいいのに、私だけを好きでいてさえいれば間違いないのに……」


 ダイバースの左腕から放たれるレーザーが建物を薙ぐ。

 そこにはマオたちが通う学校や買い物に行くデパートが無惨にも吹き飛んでいく。


「私はずっとマオだけを見続けていた。マオにも私を見て欲しかった。だから、人類なんていらない。私とマオの二人だけ生き残っていればいい!!」


 ミツキの感情の昂りが、ただでさえ巨体なダイバースを成長させる。

 マオが最初に見た時のダイバースは“魔王”の頭一つか二つ分ぐらいの大きさだったのが倍以上にも膨れ上がっている。

 そして更に苛烈さを増すレーザー放射は無差別に、地上の生命体を虫の一匹すら残すまいと降り注ぐ。

 

「まーにぃっ!」


 レーザーの雨を掻い潜り現れたのは深紅の翼──トウカのジェットエンペラー──を携えた山吹色のマシン・ライトニングに乗る妹ミヤビだ。

 激突するようにライトニングは傷付いた“魔王”と合体を果たす。


「ミヤビ?! なんで、ここに!?」

「決まってるでしょ、ミツキちゃんを止めるために来たんだよ!」


 失われた“魔王”の右腕に変形したライトニング。

 大型ウイングとなったジェットエンペラーで“魔王”は降り続けるレーザーの中を飛翔する。


「……そうやって、マオは私以外とすぐ合体する……ずるい、ずるい、ずるいずるいズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイ!」

「ミツキちゃん! こんなの絶対おかしいよ! どうしてこんなことを……」

「聞く耳なんてもうないんだ。人類を消し去るか、その前に僕たちで止めるか。だったら、やることは一つしかない」


 マオは決心する。


「……えっ、ちょっと、まーにぃ!?」


 ミヤビの乗るコクピットブロックをマオは“魔王”から切り離した。


「じゃあな、ミヤビ。後のことは頼んだぞ」


 そして“魔王”は駆け出す。

 全てを終わらせるためには“魔王”に残された最後の切り札を使うことだった。


「人類の繁栄をリセットする。それで私とマオが、アダムとイヴになるの」

「ミツキ、これが最後の合体だ。僕の命をかけて“合体”してやる!」


 相対する二つの巨人が全身全霊をかけて衝突した。

 混ざり合い、一つの身体となり生まれ変わった巨人は死と生を超越する。


「それは人類を導く神か、それとも堕落へ誘う悪魔か。いや、違う……そんなものじゃあない。あれは“変わり往く者”の代用品でしかない」


 マオとミツキの合体した先に待ち受けるもの。

 変化する新たな生命体を見詰めてムリョウは言った。


「きたな、ゴーアルター」

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僕と合体したい子が多すぎる!~しかしヒロインには触れられません~ 靖乃椎子 @yasnos

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