エピローグ 逢着

 ここ数日、更紗(さらさ)の記憶は途切れ途切れだ。

 普通に生活しているのだが、気付くと空白だらけで前後が繋がらない。

 眠れば、悪夢ばかりで眠った気がしない。

 顔色の悪さからして、綾も隆も長谷川辰哉も似たり寄ったりの日々を過ごしているのだろう……。

 更紗は、ぼんやりとしながら退屈で長いだけの祝辞を右から左へと流していた。

 新年を迎えてすぐの一月二十五日は、日本人学校中等部の卒業式だと決まっている。

 帰国受験を考慮しての日取りだ。

 大半の生徒は、今夜の夜行便で帰国する。

 三ヶ所ある、国際校とも現地校とも呼ばれる外国人学校は日本と学年の数え方が違うので、この時点で留年・飛び級しない限り、中3生は高1生になる。しかも年度途中の編入生扱いで、二月からの登校だ。

 担任の心遣いで、更紗、綾、隆、辰哉の四人は、最後尾の横一列で座っている。

 最後尾なので生徒全員が見渡せるし、背後で囁かれることもないのでほっと一息つけている。あの事件があってから、更紗(さらさ)たちはなんてことはない些細な噂話でも神経過敏になってしまうようになっていたのだ。

 更紗は、気付くと無意識で音楽室でのことを思い出してはせつなくなっていた。

 雫が隆に投げたのは、『凹』のカタチをした飾りだった。

 雫の飾りについていた鍵は泪の飾りの鍵で、泪の飾りの中には、隠し撮りの隆と泪が写っている合成写真と鍵が入っていた。その鍵は雫の飾りの鍵で、雫の飾りの中には、メモ程度の短いものだったが、隆へのラブ・レターが入っていた。

 更紗たちの手元には、凹みの深さが微妙に違う4個の『凹』のカタチをした飾りと、隆が持っている十字架(クロス)の飾りがあった。

 隆を好きになったことがきっかけで仲良くなったことを記念した飾り、という雫の言葉から、更紗はあることを思いついて実演してみた。

 4個の『凹』を隆の十字架(クロス)……『十』の周りに並べると、……パズルのようにカチッとはまったのだ。

 更紗たちは言葉が出なかった。

 どんな思いで雫や泪がこの飾りを作り、鍵の入った十字架を里子の名を語ってまでして隆に贈ったのかと思うと……やりきれなかった。

 泪と雫が生きていれば、この隆の飾りに秘められた秘密は永遠に秘密として残り、隆の中学時代の一風変わった思い出のひとつになっていたことだろう……。

 何年か経って大人になって、同窓会でもやったら、絶対に大流行したこの飾りの話題は出るから……。そこで秘密を打ち明けてみるとか、この秘密をきっかけに新たな関係が築けたりしたかもしれないのに……。

「死んじゃったら、何からも『卒業』できないよね……」

 ぼそっと更紗は呟いた。

「……そうだな」

 隣の辰哉がしんみりと頷いた。

「……薄情に聞こえるだろうけどさ、生きてる人間は生きてくしかねーんだよ。どんな生き方するかはそいつ次第だけど、死んじまったヤツの存在が足枷になって思うように生きられなくなった……ってのは、絶対にしちゃいけねー言い訳だと思う。死んヤツだって、ただでさえ死にたくて死んだわけじゃないのに、そんなことにまで責任取れっていわれたら、やってらんねーよ」

「そっか……」

「死んじまった人間と残された人間。程度の差は大アリだけど、それぞれ傷を負ってるハズだろ? 条件は一緒だ。後は自己責任でそれぞれの状況で生きてくしかねーと、オレは今回の事件と自分の身の上から結論づけたぜ?」

「そっか……。……ありがと。多少は参考にになった」

「多少かよ……」

 けっ! と辰哉が顔をしかめた時、すぐ近くでシャッターを切る音がした。

 式典の最中に誰だ?と辰哉と更紗が振り返ると、父兄席の一番前を陣取りながらご満悦の辰郎だった。

 辰郎の隣には更紗の両親・祖母もおり、皆してご機嫌な表情だった。

「……」

「……」

 更紗と辰哉は、大きく溜息をこぼした。

 不幸な事件があって子供たちが立ち直れずにいるというのに、親は両家が親戚であることをこの上なく喜んで、日々、親睦を深め合っている。間違いなく血縁だ……、と辰哉は頭を抱えている毎日だ。

 今日もこの後、一段落ついたら更紗の両親が経営している日本料理屋『二葉亭』で、事情を知る綾や隆や絵夢まで呼んでの食事会が予定されている。

 オトナたちは何も言わないけれど、その食事会は、綾たちも呼んでいるところから、亡くなった三人を偲ぶ会も兼ねているのだろうと更紗も辰哉も思っている。

 食事会はいいのだが……。

「いいかげんにしろよ?コラ!」

 辰哉は肩越しに辰郎を睨みつけながら、小声で怒鳴りつけた。

「え?なんで?せっかく一番後ろのいい席にいるんだから、撮らせてよ? 一生に一度の記念式典なんだよ?」

「だーかーら! 時と場所と場合を……」

 声が大きくなりかけた辰哉の腕を引っ張り、更紗が言った。

「他人のフリした方が早いわよ!」

「そうだな」

 他の父兄の視線が辰郎と辰哉に集まりつつあったので、辰哉はさりげなさを装って前を向いた。

 それからしばらく退屈な式典に耐えていた辰哉が、不意に更紗の腕を引っ張った。

 何? と不思議がる更紗をしっかりと見つめながら、辰哉は力強く言った。

「……前向きに『卒業』しようぜ? ――皆でさ」

「……そうね」

 辰哉の迷いのない言葉に励まされた更紗は、まだぎこちないけれども、昨日より全然いい微笑を浮かべることができた。


 

おわり



※このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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南の島の鎮魂歌(レクイエム) 愛奈 穂佳(あいだ ほのか) @aida_honoka

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