邂逅

――あの依頼から3日、俺は義手の修理に来ている。あの額で提示されてしまっては逆らえない、兄弟からの恩義を考えればなおさらだ。それがどれだけ厄ネタであろうとも。

「駆動部がひどく損傷してやがったぞ、どう使えばこんな壊し方ができるんだ」

 この街唯一にして最高の義肢工、ロジスがぼやく。腕は一級品、小言も一級品、おまけに報酬も一級品。熟練職人もかくやという腕前だが、これで30代手前だというから恐れ入る。世の中には天才が居るものだ。だがそんな天才でもこんなところで燻っていると考えれば世の中は実に恐ろしい。

「まあ、話せば長くなる」

 もっともらしく聞こえる言葉で言い訳してみるも、意地の悪いロジスはずいずいと探りを入れる。

「どうせまた”アレ”を使ったんだろ」

 図星。耳が痛い。急場しのぎだったなんて言ってみても傷を抉られるだけだ。修理が終わるまでPTを弄びつつ小言をやり過ごすことにする。金を払う立場なのに小言を言われ続けることに腹が立ちそうになるが、そうは言っても命綱、義手がなければ仕事どころか生活もままならない。感謝しておとなしく待つしか無いのだ。しかし何もしないというのもいけない。ネットワークを通していくつかニュースをピックアップする。

 「硬直する企業間戦争」「各国政府、火星開発計画のロードマップ見直しへ」「月-地球間の新たな定期航路の策定」「都市伝説:朱い瞳!」「ツクヨミコーポレーション経営者一族、三男の失踪から5年」「B&Sと進月公社の対立激化」各地の記事を拾ってきたが興味を惹かれるものが少ない。件のドラッグの尻尾でもつかめると思ったがそれもなく、ため息とともにブラウザを閉じる。ここまで情報が出てこないのは逆に不自然だ。兄弟が語った最悪の予想、企業の介入が現実味を帯びてきた。

「できたぞ」

 そうこうしている内にロジスが義手を持ってやってくる。骨と接続された接続部に凸状のコネクタを接続、神経を同期させてナノマシンが信号を確認、生身の血管と義手の疑似血管を接続、欠損部を補う疑似筋肉が構成されると生身と遜色のない腕が帰ってきた。生じていた違和感も元通りになっている。

 ナノマシンに始まる生体工学、その粋を集めた義肢は「十分に発達した科学は、魔法と区別がつかない」という言葉を思い出す。クラークの第三法則、元はフィクションに引用された言葉だがこうして現実になってみると頷くほかない。疑似生体部品で構成された骨肉にナノマシンを含んだ血が通い、最早人体は換えの利く器として機能し始めているのだ。

「5千」

「へ?」

「半年前のツケ込みで5千だよ。大金が入ったのは知ってるんだぞ」

 流石に情報が早い、こと金の絡むことには敏感なのがコイツだ。腕を組むのは「これ以上負けん」の意味。しかし素直に従うつもりもない。

「もうちょい負けてくれないか」

「親指の根元、手首、疑似筋肉にコネクタ部。どれもこれもめんどくさい破損の仕方だぞ、どれだけ手間かかったかわかってんのか?」

「わかったよ」

 詳細を聞かされてしまっては払うほかない。彼の腕前を考えれば本来これでも安いくらいなのだ、満額に手間賃を25プラスして渡す。

「これでうまいもんでも食ってくれ」

「おうおう、わかってるじゃないか」

 軽口の応酬を済ませて立ち上がり、ドアノブに手をかけ……ノブがひとりでに回った。まずいと感づくが手遅れ、回避も間に合わない。

「やっほー、レーンいるかい!」

 大声とともに開いたドアが顔に直撃、鼻と額に激痛が走る。バランスを崩して倒れ込み、扉の前にうずくまる。ちょうど死角になっているせいで見えないが、聞き覚えのある声で闖入者の目星はついた。

「ジェーナ!ノックぐらいしやがれこのバカ!」

「ありゃ失礼、痛そうだね」

 扉の影からひょっこり顔をのぞかせたのはジェーナ・フェルアー。ベージュのハンチング帽がトレードマーク、腐れ縁の同業者。痛む鼻を押さえながら猛抗議するが目の前のお調子者は全く意に介さない様子だ。鼻血が出なかったからいいものを。

「うちの上客に何の用だい?」

 このままだと埒のあかない会話になると思ったらしいロジスが用向きを尋ねる。上客だと言うなら少しは労ってくれても良いんじゃないだろうか。

「ロウ爺から例のブツを3つ、預かってきたよ」

「3つ?そりゃまた少ないな」

 ジェーナから「Silver」と書かれた箱を受け取る。中身を検めると注文通りの品物が3つ、品質も文句なしだ。

「で、いくらだって?」

「1万5千」

「高いな!?」

 一つあたり今日の整備費と同じ代金、義手とは違って消耗品だ。以前から比べてもだいぶ値上がりしている。

「なんでも半年前とは事情が違うとかなんとか。だいぶ苦労したらしいよ」

「……仕方ない、か。払うって伝えといてくれ」

 選り好みできる立場でもない、こればっかりは素直に払うしか無いだろう。値切り交渉をしたせいでロジスの視線が痛いがそれはそれ、これはこれ。ロウ爺には頭が上がらないし、そもそもコイツがなければ困るのはこっちだ。箱を懐に仕舞って今度こそ外に出る。

「整備助かったよ、それじゃあまた」

「うい、毎度……」

 ツケだって払ったし上乗せもしたんだ、睨まれても困る。突き刺さる視線をやり過ごしてさっさと退散することにする。


「で、お前はいつまでついてくる気だ?」

 ロジスの工房から出てしばらく、フェザールの境界線あたり。薬物調査のために東部へ向かおうとしていたのだが、ジェーナがいつまでもついてくる。はてさて賞金稼ぎとはそんなに暇を持て余していただろうか?今の時期は企業の戦間期、大勢の首に賞金がかかるタイミングだ。賞金稼ぎにとってはかきいれ時、一攫千金を夢見て方々へと走り回るのが道理じゃないだろうか。そんな疑問を言外に含ませて訪ねてみる。

「あれ、聞いてないんだ。エルさんにレーンを手伝ってくれって言われたの」

 なるほど、柄にもなくお使いを受けた理由はこれか。彼女もやはり賞金稼ぎ、ただでは動かない。

「報酬は?」

「完了で5万」

 金額を聞き、思わず緊張してしまう。どうやら俺はあの兄弟にかなり期待されているようだ。依頼のときにも感じたが、比較対象が現れると改めて厄ネタっぷりを実感する。しかし彼女が助手とは。戦闘面では頼りがいがあるがところどころでやらかすドジを考えれば不安が残る。さてどう動くべきか、計画を練り直さねばならないだろう。

 そんな思考は、路地裏に響いた悲鳴と数発の甲高い銃声でかき消された。

「聞こえた?」

「ああ」

 ジェーナと示し合わせ、互いに聞き間違いで無いことを確かめると揃って駆け出していた。確かにここは無法地帯、こんなことは日常茶飯事だ。だからといって窮地にある者を助けないほど腐ってはいない。人気のない路地を曲がり、曲がり、近づくごとに鮮明になる声は慟哭だろうか。声色からして少女のものだろう。

 大通りよりも汚らしく雑然とした路地を進む。荒い息遣いが聞こえる。最後の曲がり角、先行したジェーンが突き出した手のひらに従って静止、腰に着けたホルスターから銃を引き抜くと顔を見合わせ頷く。息を合わせて飛び出し、銃口をまっすぐ正面に向け、飛び込んできた風景に絶句する。

「あ、ああぁ」

 路地の行き止まりでへたり込んでいるのは齢16ほどの少女、纏う手術衣はあちこちが擦り切れ、黒ずみ、血の色も見える。しかしそれが彼女のものでないのは明白だ。なぜなら彼女の目の前には複数の男女が自らの頭を撃ち抜いた異様な光景が広がっている。

 最も不可解なのは中央の遺体、かろうじて原型をとどめているが、体内から爆散したような血痕や肉片が周囲に散らばっている。改めて少女の怯えきった表情に目を移し、――驚愕する。彼女の右目はまるで血を固めて作られた紅玉のように妖しく、朱い光を放っている。「都市伝説:赤い瞳!」そんな見出しが脳裏を掠めた。

「ヒィ!」

 素っ頓狂な声に隣を向くと、ジェーンが自らの額に向けようとしていた。目の前の死体、同業の現状、まさかとは思うが考えている余裕はない。銃を仕舞い両手を上げる。

「待ってくれ、俺達は敵じゃない!」

 そう叫ぶと少女の荒い息遣いが次第に落ち着き、瞳が輝きを失うと同時にフッと倒れ込む。緊張の糸が切れたのだろうか、上下する肩を見るに寝入ってしまったようだ。対象的に肩で息を切るジェーンを介抱しつつ、小さくため息を吐く。

「また面倒事が増えた……」

 吐き捨てた言葉は静寂に吸い込まれ、誰の耳にも届かずに消えていく。

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Moon Night Capriccio 玖亭拓也 @kutei-takuya

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