5分で読める物語『タブリスの姫』

あお

第1話

西洋的な街並みを見せるタブリス王国では、今日も多くの人で活気付いている。

「なんかいい仕事ないかなぁ」

 そんな中絶賛貧乏ライフを満喫している赤髪の少女サキは、仕事探しに明け暮れていた。

「お花屋さんは虫が多くて嫌だし、郵便配達も興味あったけど給料少ないしなぁ、うーん」

 サキが先月働いていたピザ工房は、店主の温情により一日三食賄いつきの優良職だったのだが、朝も昼も夜もピザ三昧の食生活は、人の心をヒステリックにさせる力があるらしい。

「ん? なんだこれ?」

 街を眺めながら、ピザ工房に代わる優良職を探していると、一枚の張り紙を見つけた。

「王宮傍付き見習いの募集? 仕事は王宮に住み込み。雑務から始めて、試験に合格すれば王宮の傍付きになれる、と。ほうほう……ってたか!」

 目線を下げていくと、そこにはピザ工房の10倍にはなる初任給目安が明記されていた。

「これは受けてみるしかない! 傍付きはあんま興味ないけど仕事楽そうだし!」

 思いがけない出会いとはまさしくこのことだろう。サキはすぐさま王宮に応募の旨を伝え、後日傍付き長との面談を行った。傍付き長はサキの誠実さと賢明さを評価し、傍付き見習いの合格を決めた。

「意外とあっさり決まっちゃったなぁ。でもこれで明日から王宮暮らし! がんばるぞー!」



 翌朝、王宮を訪れたサキは傍付き長と合流し、初めにこれから自分が住む部屋に案内された。

「ひっろーーーーーい!」

 見習い職にも関わらず、王宮の待遇はそこらの一般職を優に退けていた。

「この広さで私一人分なの? 広すぎて使い切れる自信がないよぉ、えへへ」

 扉は部屋の真ん中に位置しており、右奥にはシングルベッドが鎮座、向かいには華やかな化粧台が置かれている。左奥にはクローゼットと姿見が並び、手前側に木目が艶やかな丸テーブルと椅子が二脚。さらにその手前の壁際にはサキの身長ほどある本棚があり、王宮の歴史が全8巻にまとめられている。退屈しのぎに王宮の歴史を学んでおけ、ということだろう。

「荷物を置いてついてきなさい。王宮を案内しよう」

 サキは持っていた荷物をテーブルの上に置き、傍付き長の後を追いかけた。

 王宮には約80人の使用人が仕えており、執事や傍付き、料理人、薬剤師、警備兵等と役職も様々だ。これからお世話になる使用人たちに挨拶しながら、サキと傍付き長は王宮を一周していた。

「最後に、ここが国王の執務室だ」

「こ、こくおう…… (ゴクリ)」

「あいにく今は外出中らしく、挨拶はまた後日にしよう」

 ほっと胸をなでおろすサキ。

(うちの国王傲慢の権化とか言われてるし、あまり会いたくないなぁ……)

 思案顔になっていたサキの顔をみて傍付き長は、ふんと鼻を鳴らした。

 自室に戻ると、明日からの研修に備えて今日は休むようにと命を受けた。サキは持ってきた荷物をクローゼット等に収納し、寝るまでの時間は自室の探索に当てた。化粧台に座って直しもしない髪を直し、本棚にある歴史書に圧倒され、クローゼットに入っていた式典用の衣装に目を輝かせた。王宮生活初日のサキは浮かれに浮かれていた。



 明朝サキは王宮の事務室に呼び出された。見習い業務としてまずは王宮の清掃と、王宮に届いた郵便物の仕分けを任された。それぞれ王宮の土地勘を覚えるため、王宮に住む使用人や王家の名前を覚えるため、という目的が付与されていたが、つまりは雑用である。

「雑用でも、コツコツやっていかなきゃね」

 サキは持ち前の誠実精神を発揮させ、清掃も仕分け作業も嫌な顔一つせず働いた。

 ことはサキが見習い業務に慣れ始めた頃、王宮の廊下を掃除していると、

「どうしてですか!」

と、誰かが悲痛な叫びをあげているのが聞こえた。見ると王宮の執事であった。

「明日は隣国の国王との面談があると、何度も申し上げたじゃないですか! なのにどうして礼服をこんなボロボロにしてきてしまうのですか!」

「何を着るかは俺の勝手だろ」

「そうではありますが、どうして!」

 どうやら、執事と話している青年が服をボロボロにしてしまったらしい。執事の声はもはや泣いているのではないかというほど、痛ましい声だった。

「どうもこうもない。お前はすぐさまこの服を修繕しろ」

 この一言でサキの誠実正義心が爆発した。

「よくそんなことが言えますね!」

 サキは青年の前までつかつかと速足で歩み寄った。

「なんだお前」

「執事さんがこれほど悲しんでるのに、あなたは何も思わないのですか!」

「思わんな。こいつは俺の勝手に合わせるのが仕事だ」

「あなた何様なんですか! 相手の気持ちを思いやることが出来ない人間に、国民の生活を

左右する王宮の仕事なんて、務まるはずがない!」

「ふん、そうか」

 青年はつまらなそうにサキを一瞥し、王宮の奥に消えていった。

 サキは内心「なによあいつ、本当に王宮の人⁉『ふん、そうか』って、くーっ!」と怒りが沸き立っていた。足に込める力がやや強くなりながら、サキは一度事務室に戻って休むことにした。

 サキがお茶を取っていると、事務室に傍付き長がとんでもない剣幕で駆け込んできた。

「お前国王様になにをいったんだ!」

 サキの顔には「はて、なんのことやら」と書いてある。

「シット様が見知らぬ女に怒鳴られたと言っていたぞ!」

「え、え⁉ あれってまさか国王だったのーーーー⁉」



 執務室前にて、サキは大きく深呼吸する。

(はぁ……なんでこんなことになっちゃんたんだろ)

 サキが執務室をノックすると、中から「入れ」と声がした。

「失礼します」

 一礼し恐る恐る顔をあげると、そこには先ほどの青年が座っていた。

「お前か」

 国王シットはサキに目もくれず手元の書類を眺めていた。

「この度は、国王様に無礼な言動を取り、申し訳ございませんでした」

 サキは恭しく腰を折った。シットは目線を手元の紙から動かさす、

「スベータ、下がれ」

 スベータと呼ばれた先ほどの執事は「はっ」と返答し、部屋から退出した。執務室には頭を下げたサキと書類を眺めるシットの二人だけとなった。

「顔を上げろ」

 シットはようやく手元の紙を置き、サキの顔を見た。

「なにか言いたげな顔だな」

「い、いえ」

「いい。言ってみろ」

 サキは内心困ったが、言わねば余計ややこしくなると思い、重たくなっていた口をなんとか開いた。

「はい。先ほどの私の言動は国王への無礼だと承知しております。しかし、内容まで間違っていたとは思っていません」

 サキは堂々とシットの目を見て自分の思いを口にした。シットは数刻黙り込むと、次第に肩をふるわせ始め、

「はははは! はははは!」

 と腹を抱えて笑い始めた。サキの顔はみるみる曇り、この人はなんなんだ、という懐疑心を抱き始めていた。

「すまない、すまない」

 ひとしきり笑ったあと、シットはゆっくりと平静を取り戻していく。

「人に怒られたのは8年ぶりだ。しかも見習いの女に怒鳴られるとは」

 思い出してはじわじわと笑いがこみ上げてくるようで、シットの顔は破顔寸前だった。

「な、なんなんですか!」

 ここまで笑われると、サキもさすがに耐えられない。

「はぁ、久しぶりに笑った。面白い女だな、お前」

「はぁ」

「茶でもどうだ? 時間は良い。後で俺からお前の上司に言ってやる」

 国王の誘いなど断れるはずもなく、サキは渋々うなずいた。

 サキが驚いたのは、そのお茶を使用人に淹れさせるのではなく、シット自ら淹れていたことだ。予想外の展開だらけで身動き一つ取れなくなっているサキは、閑談用のローチェアに座ってシットが淹れ終わるのを眺めていた。

 「国内で唯一俺が好むハーブティーだ。自分で淹れないと納得できる味にならなくてな」

 差し出されたカップには、半透明で仄かに赤みがかった色のハーブティーが入っている。鼻に抜ける香りは爽やかでありながら、自然と身体に沁み込んでいく優しい香りだった。

「美味しい……」

 一口飲むと香りが口から広がり、滑らかな舌触りが心地良い。すっかりリラックスモードになったサキを見て、シットは一瞬微笑むとサキの向いに座った。

 サキはハッとし、なにか話題を作らねばと精一杯頭をひねった。

「先ほど8年ぶりだと仰いましたが、8年前というと前国王と王妃が亡くなられた……」

 口に出して気づいたが、これはあまり触れるべき話題ではなかったと気づくサキ。

「そうだ」

 しかし、シットの反応に特段不快に感じた様子は見受けられなかった。シットは思い出したかのように自身の半生を語り始めた。

「俺が10歳の頃だった。二人は当時国中に出回っていた流行り病にかかって、一週間も経たずに亡くなったんだ。王位継承権は俺にしかなかったから、俺は両親の死を悲しむ暇もなく、国王に即位した」

 サキもその事実だけは知っていたが、本人から聞かされるとその重みが一気に増し加わる。

「10歳の国王だ。当然他国はおろか国内からも多くの人間に舐められた。俺はどうしたらそういう奴らに歯向かえるかを考えた。国王としての尊厳を守るため、そんな大義名分を掲げながら、心では舐めてかかる連中を見返したかった。そして俺は周りの人間にきつく当たること

に決めた。俺に逆らうとどうなるか、国王の権利を酷使して、国民に見せつけた。その結果いまでは傲慢の王と呼ばれることも多い。笑い種だ」

 シットはそう言い終えると、冷めたハーブティーを一口啜った。

「それでも、いまの国王は間違っています」

 これまで黙って聞いていたサキが口を開いた。

「先ほども申しあげましたが、人の思いが分からない方に、国民の思いなど理解できるはずがありません。王宮の、まして国王であるあなたが、そのような人間であることに満足していては、この国自体が崩壊の危機にさらされても、おかしくはありません」

 シットは俯いたままサキの言葉を聴いている。

「相手を尊ばないものが、誰かに尊ばれることはありません。相手を愛さないものが、誰かに愛されることはありません」

 サキは強く言い切った。

「いまさら、私を愛してくれるものなど……」

 俯いたままシットが言葉をこぼす。


「――私は国王を愛しますよ」


 サキの言葉に、シットは顔をサッと上げた。

「いまは正直酷い国王だと思ってます。でもきっと、国王は変われます。心のどこかで変わりたいと思っていたから、私に話をしてくれたのでしょう。国王が変わりたいと思うなら、私は全力でお手伝いします。その先には、多くの民があなたを尊ぶ未来、愛する未来が待っていると、私は思うのです」

 シットは目を見開き、サキの言葉を自身の心に迎え入れた。そして優しく微笑むと、サキの頭を腕で引き寄せ頬に口付けをした。

「そそそそ! そんなつもりで言ったんじゃないんです!」

 サキの顔はみるみる赤くなる。

「俺もそんなつもりで口付けした訳ではないが?」

 シットはにやりと笑ってサキの言葉を跳ね返す。

「ただの礼だ」

 シットは、サキが見た中で一番柔らかい表情をしていた。

「俺は変わりたい。俺が国王で良かったと、多くの民に思ってもらいたい。だから、お前の力を貸してくれ」

 シットが差し伸べた手を、

「はい!」

 サキは優しく握りしめるのであった。

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5分で読める物語『タブリスの姫』 あお @aoaomidori

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