朝起きたらポテトだった

ケーエス

ポテト会議


「うわああああああ!」

 朝起きると俺はポテトになっていた。ホックホクのポテトに。


 髪を整えようと鏡の前に立つとそこには茶色の物体が見えた。その茶色の物体の真ん中に俺の顔があった。俺は突然の事態に慌てふためき、洗面所の床に思いっきり尻餅をついた。

「痛っ! ん? なんだかいい匂いがする……」

 フードコートでお馴染みのあの香ばしい匂い。そうか! 俺はポテトになったんだ! ん? 俺がポテト……?

 もう一度立ち上がって確認しよう。ちょっと待て、立ち上がれない。

「腕ねえじゃねえか!」

 ポテトだからだ。ポテトに腕などあるわけがない。スティック状になっている方が食べやすいからだ。

「さすがファストフード。食べやすさもファストだな。おっといっけね!」

 そうだ。そうだ。今日は大事なプレゼンの日だ。絶対遅れちゃいけないんだ!



 歌が死ぬほど下手になるオンチウイルスの大流行により俺たちの会社はリモートワークを余儀なくされた。昨日も会社の同僚、広里志穂と会議アプリ「Zoouuun」を通して進捗状況を確かめていた。

『永田くん、いよいよ明日ですね』

「そうです。明日は大事なプレゼンテーションの日。絶対にミスは許されない。俺はここにかけてるんです」

『永田くんが単独でプレゼンかー。上手くいくんですかね?』

「任せてくださいよ。俺に失敗のしの字もありませんよ」

『どうかな……』

 広里さんは横を向いた。ストレートの茶髪をかき上げている。どこを見ているのか、うつろな表情だ。

「あの豊ノ内さん?」

『あっうん?』

「前の約束……覚えてますよね?」

『ええもちろん』

 彼女はにこやかな表情に戻った。

 もし俺がプレゼンに成功したら、一緒に映画を見に行ってくれる約束だ。必ず広里さんと「鋼色のバンサンカン」見に行くんだ。



 今はポテトだ。絶対に成功しねえええええええ!

 とはいえこのままプレゼンに遅れるわけにはいかない。

 時計を見た。8時だ。やべえ、なんとか這い上がったものの、足も一本なもんだからキョンシーみたくジャンプしながら進むことしかできない。

「よいしょっ、ああっ」

 またこけた。腕がないから顔面を打つか背中を打つかの二択しかありゃしない。こりゃ参った。俺は今床に仰向けになっていた。いつぶりだ。天井をこんなにも長く眺めたのは。   


 しばらく天井のシミを見つめていた俺は閃いた。そうだ。転がればいい。俺は洗面所から廊下、リビングへと華麗なポテトスピンを決めながら移動していった。目が回るがこれが最適な方法だ。俺はポテトなんだから仕方ない。

 ポテトなんだから……。


 ゴツンと何かにぶつかった。しまった。日頃の習慣がここでたたってしまった。俺は人を部屋に入れない前提で生きてきた。独身だし、友達が遊びに来ることを奇跡的に回避し続けてきた。なぜなら俺の部屋は超が付くほど汚部屋だからだ。今俺の行く手を阻んでいるものは大量の袋の山。仕事を優先してゴミ捨てを後回しにしていた罰がここでたたるとは……。もうどうなってもいい、絶対にパソコンにたどり着いてやる!

「うおおお!」

 俺のトルネードポテトが袋の山を蹴散らしていった。



 こちら「zoouun」のミーティングルーム。ここにいるのはまだ女性社員の上司と部下のみ。

『広里さん。彼から何か聞いてる?』

『いえ、特には……』

『遅いね。このままでは間に合わないかもしれない。私もメールを送ったのだけど……』

『もうすぐ他の皆様も来てしまいますよね。あっ永田くん来ました、永田くん……?』

「ハア……ハア……遅れて……すみません。あの――」

『『きゃあああああああ!!』』

「あのすみませんこれはその」

『バケモン! バケモンが出た! いや永田くん? いややっぱりバケモンだ。きゃあー!』

 画面の向こうの広里さんは椅子の上で飛び回った後、画面から消えてしまった。椅子から転落したのだろう。まあ動揺する気持ちもわかる。今俺はケチャップソースがかかったポテトなのだから。袋の山を突き進んだ挙句にずり落ちてきたギターに圧縮され、デスクに座るまで何度も顔面を強打したことで、俺のケチャップが鼻から流出したのだ。


『永田くん。いい加減にしなさい。なんですか背景までそんな風にして』

 しまった。背景を無農薬畑にしてしまった。これでは安心安全なポテトじゃないか。

 上司である豊ノ内真美係長が口をへの字にして震わせている。まるで鬼のよ――、ん? あれ? 思わず吹き出しそうになる。

「ふふっ」

『ちょっと?』

 まずい、本当に吹き出してしまった。でもこれは仕方ない。豊ノ内係長の姿がナゲットそのものになっているのだから。鬼のような形相のはずの係長がアッツアツのナゲットになっているのだから。

『いてて……』

 広里さんが復活したようだ。ただ画面に現れたのは巨大なおもちゃだった。

『皆おはよう、ここは永田くんのプレゼン場所で良かったよね? ってあれえ?』

 課長がドリンクになって登場。

『だからそれは後でなんとかするから……あっ繋がってた。ってうわあ!』

 部長がハンバーガーになって登場。


 ポテトにナゲットにドリンクにハンバーガー、極めつけにおもちゃときたらまさにそれは――


「パラッパッパッパ~♪」

『『『『あ!』』』』

 あ、思わず歌ってしまった。そしてみんな口々に叫ぶ。

『『『『死ぬほどオンチじゃん!!』』』』



 この後俺は色んな意味で2週間隔離された。

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