14.Act03:迂闊-正体バレは二度起きる-⑤



 時は少し遡り、アルフが『感情』を察知し、駆けながら

バトルナイトへ変身したころ。


バトルナイトは生い茂る木々の間をすり抜ける様に

森の中を駆け抜けていた。

途中で他の冒険者と遭遇しそうになると木の上を移動し、

魔獣とは相手もせずに現場を目指していく。

道中の障害は極力排除せず、保護対象の元へ辿り着くことが

彼の中で何よりも優先されていた。

開けた場所へ出ると、ようやく感知していた保護対象と

害を為す者を確認することが出来た。


「く、苦し・・・はな、して・・・!」


「Gyuieeeeee...!」


「あれは・・・まさかコープサーか!?」


向こうには一人の少女が植物型魔獣、コープサーによって

首を太い蔓で締められながら、その身を引き寄せられようとしていた。


コープサーとは肉食性の植物型魔獣である。

地面に根を張っているため移動はしないが、その気性は極めて獰猛で、

獲物を察知するとその太い蔓で締め付け、

弱らせてから消化液が貯えられた消化槽へ放り込むという。

その対象は自分より大きなもの以外、動物や人間など


そんな悪食魔獣を確認したバトルナイトは、急いで少女の元へ駆けつけようとする。

色々と思うことはあるが、まずは人命が最優先だ。


「こ、きゅう・・・こきゅうさえ、できたらこんなヤツ・・・!」


苦しめられながらも踏み留まって抵抗する少女。

しかしその行為を嘲笑うかのように、コープサーが

蔓に力を込めて勢いよく獲物を引き寄せてきた。

それによって少女の身体が浮き上がり、魔獣の方へ引っ張られていく。

その先には消化槽が大口を開けて、獲物を受け入れようと待ち構えていた。


「い、いやああああああああ!?」


少女に自身の終焉という絶望が襲いかかる。

このまま自分は化け物の養分となってしまう。

受け入れがたい現実に直面し、思わず目を閉じてしまう。


しかし、彼女にもたらされた絶望は


「Gyuyaaaaaaaaaaaaa!?」


コープサーの絶叫が聞こえたかと思うと、

自分の身体が誰かに抱き留められていることに気付く。

恐る恐る目を開けると、そこには赤と黒の鎧を身に纏った騎士が

手刀で蔓を断ち切り、自分を片腕で抱き寄せる姿が映っていた。


「え・・・え!?」


タイミングとしては、正に頭から大口へ放り込まれる寸前だった。

自分が助かったことに信じられない状態でいる少女をよそに

バトルナイトは、一度着地をしてから彼女をしっかり抱いたまま

後方へ跳んで距離を取り、コープサーの射程外まで避難させた。


「もう大丈夫だ。そのまま逃げてくれ!」


少女にそう声を掛けたバトルナイトは、立ち上がりながら

魔獣の方へと向き直って対峙する。

大事な蔓の一つを切断され、コープサーは怒りに満ちた声を上げる。

助けられた少女も事態が飲み込めず、座り込んでしまっていた。


「まさか二度もメシの妨害をしてしまうなんてな。

 お前らが人間だったらになってたトコだ!!」


そう言ってバトルナイトが駆け出し、距離を詰めようとする。

対するコープサーも迎え撃つために残りの蔓を操り、

相手を捕らえようと躍起になる。

しかしその攻撃はいずれもかすりもせず、抵抗虚しく

バトルナイトに接近を許してしまった。


「悪いな。速攻で終わらせる!」


そう言ってバトルナイトは、消化槽の根元に向けて

右ストレートを深く打ち込む。

そこにコープサーの本体が埋まっているのだ。


「GyiiiiiiiiiYaaaaaaaaaa......」


最後の抵抗をするべく、バトルナイトのうしろへ

蔓を繰り出してきたコープサーだったが、それが届くことは叶わず、

一撃で急所を突かれて断末魔をあげ、萎れる様に力尽きた。


「さて、何でこいつが生えてるのかはさておき・・・っとぉ」


地面に突っ込んだ右腕をゆっくりと引き抜き、

まとわりついた液体を振り払うバトルナイト。

コープサーの消化槽を縦に引き裂き、内容物を確認する。

既に犠牲者が出ていないか確認をするため、

認識票などの遺品を探すためだ。

しかし運が良かったのか、出てきたのは溶け残った動物の骨だけがあった。

冒険者が身に付けている認識票には損傷防止の術式が施されており、

決して破損や溶解されない作りとなっている。

これは身に付けていた冒険者の生死をはっきりさせる為の

処置であり、遺族や関係者にその情報を確実に届けるためでもあった。


残っていた消化液を地面に撒いて処分し、そこから少し離れてから

アルフは変身を解除いた。

身に付けていた魔力の鎧は静かに砕け散り、そのまま霧散する。


「よっし!それじゃあ二人の所へ戻るかな・・・っと?」


やることを終え、その場を立ち去ろうとしたそのときである。

アルフは後ろからの視線を感じ、不意にその方へ向いた。


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


あの時助けた少女が、呆然と座ったままこちらを見ていた。


アルフも一瞬で思考が停止してしまい、声が出なくなってしまう。


「(見られたァァァァーーーーーッ!?)」


そして思考が回復すると、心の声で叫んだ。

嫌な汗がぶわっと噴き出てくる。


「(まずいまずいどうするどうするどうする!?)」


思わぬアクシデントに対処するべく、自分なりに頭をとにかく高速回転していく。


「(催眠術で忘れさせる?それが出来りゃ苦労しないし

 そもそも俺そんなの使えない!!

 殴って気絶させる?論外だしその間に

 別の魔獣に襲われたらどうすんだよ!?)」


必至に考えた末、彼自身が導き出した答えは・・・。


「---じゃ、そういうことで・・・」


適当に濁して立ち去るというものだった。


「待って!」


勿論そんなものは相手には通用しないし、

呼び止められたことで思わず足も止めてしまった。


「あなた・・・もしかして噂の赤と黒の騎士、でしょ?」


恐る恐る聞き出す少女に、アルフは無言でいるしかなかった。

下手に何かを話せば余計墓穴を掘りかねない。


後ろから一歩ずつ、少女が近付く足音が聞こえる。

ただの足音なのに聞いているだけで生きた心地がしない。


「(どうするんだ俺?どうなるんだ俺!?)」


このまま一目散に逃げてもいいのだが、こういうものは

後々拗れるものだと相場が決まっている。

どうしたら面倒を起こさずにこの場を切り抜けられるか、

諦めずに思案していると少女の足音が止まり、再び声が掛けられた。


「---一つ、お願いがあるの」


「お・・・お願い?」


思わず聞き返すアルフに構わず、少女が言葉を続ける。


「どうやったら・・・どうやったら私もになれるか教えて!!」





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「---で?結局逃げるのを諦めてそのまま連れてきてしまった、と・・・?」


「はい・・・」


 アルフと少女が地面の上で正座をさせられ、ロンドが

腕を組んだ状態で前に立ちはだかっている。

ティアラもロンドの後ろから、何とも言えない表情でアルフを眺めていた。


「(アルフさんのこんな姿、見たくなかった・・・ッ!)」


憧れの先輩がまさか自分の前で、しかも出会った3日目で

こんな情けない姿を晒すなんて思うワケがなかった。


「・・・何で真似できないって言ってやらなかったの」


目線を合わせながら、ロンドが問い詰める。


「それは言ったよ?でもな・・・」





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「・・・悪いが、そいつは出来ない相談だ」


「なんで!?」


 少女の願いを不本意ながら一蹴するアルフ。

食い下がる少女に構うことなく、事実を告げようとする。


「あの姿は俺でしかなれない。ただそれだけだ・・・!」


そう言ってアルフはその場の勢いに任せて立ち去ろうとする。

しかし・・・。


「そんなんで・・・諦められるワケないじゃない!!」


「うおッ!?」


少女は勢いよく飛び掛かり、アルフの片脚にしがみついた。

彼女の思わぬ行動にアルフはたじろいでしまう。

ちなみに彼女による柔らかい二つの感触がその脚に伝わるも、

アルフはそれを意識しないよう必至に抗った。


「何すんだ!危ないだろ離せって!!」


「やーだー!教えてくれるまで離さないーーー!!」


無理に振りほどきたいところだが、自分のせいで

ケガを負わせるわけにもいかず、脚を引きずることしか出来ずにいた。


「教えてくれないなら、こっちにも考えがあるんだから!」


片脚にしがみつきながら睨む少女にアルフは思わず身構える。


「(なんだ?俺を脅す気か・・・?一体どんな要求を)」


「教えるまでこのまましがみついてやるーー!!」


しがみつかれた脚へ一層柔らかな感触が伝わる。


「さっき言ってたことと何も変わらねーじゃねーか!!

 どう違うんだよ!?」


二人によるしょうもないやりとりが大声で響き渡る。

この漫才はしばらく終わりそうになかった。






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「・・・それで結局、自分で見極められるなら好きにしていいと譲歩した、と?」


「・・・そうです」


ようやく経緯の説明が終わり、ロンドはわざとらしく大きな溜息をついた。


「バカなの?ひょっとして久々の変身で内心浮かれてたの!?」


「言い返す言葉もねぇ・・・」


ロンドからの譴責けんせきに対し、アルフは自分に非があることを

自覚しているためか、何も言い返せずにいた。

ただ、ロンドもこれ以上責めてもどうにもならないことは

十分承知しているし、何より言われるままになっている

アルフの姿を見るのは大変耐え難いというのもあった。


「はぁ、とりあえず説教はここまでにしよう。

 それはそうと・・・」


 一息ついてからロンドは、アルフに付いてきた少女の方をちらりと見る。

さっきまで彼の横に座ってたのに、いつの間にか

ティアラにベタベタとくっついている。


「あ~~かーわいいーー!髪きれー!いい匂いするー!

 ねぇねぇー名前なんていうのー?」


「え、えぇと、ティアラです・・・。

 ていうかあの、距離感近くないですか!?」


とてつもない勢いで後輩とスキンシップを図ってくる少女に

呆れながらも、ロンドは一度咳払いをしてから彼女に話し掛ける。


「コホン、ちょーっといいかな!?

 きみ・・・えーっと名前は---」


「あ、私?レナっていいまーす!鋼階級スチールクラスでーっす!」


レナと名乗る少女は自信満々に鋼製の認識票を見せてきた。


「なるほど、レナね。僕はロンドだ。

 ところでレナ、?」


「いきなり正気を疑われた!?」


初対面で早々にキツい一言をぶつけられたレナ。


「だってそうだろう!

 人智を越えた力を振るう異形が目の前に現れて、更に

 その場で人間の姿になったんだぞ!

 それを目の当たりにして

『私も同じようになりたーい!』って言ってきたら

 そら正気を疑いたくもなるよ!!」


いつになる激高した口調でロンドが一気にまくし立ててくる。


「---なぁロンド、なんか当たりが強くないか?」


若干引き気味に声を掛けるアルフに対し、ロンドは

「察してくれ」と一言言って中指でメガネを直す。


「うーん・・・確かに、助けられた後のことは私もビックリしたよ?けど・・・」


ロンドからの厳しい問いかけに落ち着いた口調で話すレナ。


「けど・・・何て言ったらいいのかな。

 上手く言葉で言い表せないけれど、あの時思ったの。

 私がなりたいものはああいうのだって!

 だから私、アルフについて行こうって決めたの」


そう言ってレナは屈託のない笑顔で答えた。

その表情に何か含みのあるようなものは感じられず、

見ていて心が引き寄せられるようになるほど、純粋で眩しい笑顔だった。


彼女の出した答えと笑顔に毒気を抜かれたロンドは

この時、彼女からアルフと同じ『何か』を感じ取った。

互いの性格は違えど、誰かのために戦うという英雄ヒーローの資質が彼女にもあるのだと。

そう納得したロンドは、レナを新たな仲間として

受け入れることを決めたのだった。


「そうか、それだけきみもバトルナイトの様な英雄ヒーローに---」


「あと!ティアラちゃんともっとお近づきになりたい!」


前・言・撤・回ッ!今の同行希望理由の半分以上がそっちを占めてるだろ!?

そう言いたかったが決めてしまった手前、ロンドは我慢して

今生まれた言葉を心の中に留めた。


「大丈夫かロンド?

 さっきからコロコロ表情変わってるけど・・・」


「あぁ、大丈夫だ・・・。もうこれ以上悪くなれないよ」


気を取り直す様にロンドは二回手を叩き、その場を仕切る。


「さぁ、そろそろ弾丸ボアの血抜きも終わった頃合いだろう。

 アルフ、僕も手伝うから沢からの引き揚げを頼む。

 ティアラちゃんとレナは移送用の布を広げておいてくれ」


ロンド主導の下、新たに加わったレナも交えての撤収作業が始まった。

沢から引き揚げられた弾丸ボアの体は全体が拭き取られたあと、

移送用の布に包まれてから端に牽引用のロープが括り付けられる。

この後の牽引は大丈夫なのか女性陣に心配されるも、

アルフ一人で事足りたのは言うまでもない。

は、伊達ではなかった。


「ねぇアルフ」


帰路の途中、レナがアルフの視界に入ってから話し掛けてきた。

彼が「んー?」と返事をして、自分へ意識を向けてきたことを

確認してから彼女は言葉を続ける。


「改めて宣言するわ。

 !」


自信に満ちた笑顔で宣言したレナは、再びティアラにじゃれつき始めた。

そんな彼女に対し、アルフはやれやれといった表情で


「---やれるもんなら、な」


と呟き、荷物の牽引を続けるのだった。


彼らのやり取りを後方で見つつ、ロンドは

アルフから知らされた情報をふと思い出す。


「(この森にコープサーか・・・。

 この森に何でそんな魔獣が?)」


頭の中で色々と推察してみるも、一人で答えを出すには限界があった。


「(仕方ない。この件も一緒に報告して、

 組合に調べてもらうしかないか・・・)」






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 コープサーが倒され、その死体が放置された現場。

男女二人が立ち去った後、一人の女が木の陰から現れた。

紫の髪の女、メレアスだ。


「想定外ね・・・。まさか彼がに来てしまうなんて」


調子を狂わされた様な表情をしながら、メレアスは

一本の杖を取り出し、その先端でコープサーの死体を突いた。

死体は一瞬にして灰となって周囲へ散り、元から

存在していなかったかのようにたちまち消滅した。


「そろそろまで育ったと思って

 ここへ来てみれば、まさかこんな奥まで人が来ていたとはね。

 ・・・鉢合わせしなかっただけ良かったと思うべきかしら」


そう独り言を言いつつ、メレアスは黒い宝石を取り出した。


「また育て直すのも面倒ですし、手頃な魔獣を実験体として探すしかないわね。

 ---この森には大した物は居なさそうだし、を調べてみようかしら」


そう言い残し、メレアスは消えるにこの場を立ち去ったのだった。






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次回、異世界英雄ヒーローバトルナイト!


「一体何があったである?故郷の家族を人質に取られたであるか?」

「ゼフさーーーん!?」

「血なめ兎くらい、俺達にだって倒せる!!」

「関係ないさ、どんな奴だろうと絶対に助けてみせる。

 それが---俺の目指す英雄ヒーローだッ!」

「きっと彼は、我々に何かを隠している。

 まだまだ彼には目が離せそうにないな---」


Act04:矜恃-ぼくと私が見た背中-






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異世界英雄バトルナイト 後島大宗 @papion123

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