現実は、甘くなかった。

海宙麺

第1話

真夏の太陽が、アスファルトを鉄板のように焼きつける。


その焦げ付くような陽射しを背に受けながらアイスを持って走る青年がいた。名は貴司。

何故彼はアイスを持って走るのか。


事の始まりは10分前。彼は大学受験の為に図書館に向かっている途中、幼なじみでクラスメートの麻奈と鉢合わせたのだ。


「やっほ、貴司。また図書館?」

「そんなところかな。麻奈も?」

貴司の質問に、麻奈は「そうだよ」と明るい声で答えた。


二人は雲一つ無い青空を見上げる。そこかしこに響くアブラゼミの鳴き声が、真夏日のBGMと化している。

「今日もあちぃな」

貴司は手の甲で広い額を拭う。麻奈は持っていたタオルで顔を拭う。

「もう、うんざりするよ」

麻奈の滑らかな黒い髪は、汗でしっとりと濡れていた。陽光に照らされて強調された白い肌に、玉のような汗が浮かぶ。

その光景がなまめかしくて、いてもたってもいられなくて目の前の30メートル先のアイス自動販売機を指差した。

「俺、アイス買ってくるわ」

「ならあたしの分も買ってきて。はい150円」

麻奈はすかさず鞄から財布を取り出し、小銭を手渡した。

「図書館前のベンチで待ってるからね」


貴司はため息を一つこぼした。幼稚園で出会って、小学校高学年の時恋心を自覚した。麻奈は真夏の太陽のように明るく快活で、一緒にいると楽しい。

目鼻立ちも整っていてくるくる変わる表情の一つ一つは見ていて飽きない。

共に過ごした年月は長いものの、告白も何もしていないまま気付けば互いに高校最後の夏を迎えていた。

「高校卒業したら進路別々になるってのに何やってんだろ、俺」

アイス自動販売機の前に立ち、小銭を入れてボタンを押す。貴司はチョコ、麻奈の分はバニラ。

ガゴン、とアイスが二つ落ちる音がした。

急いで取って、麻奈の待つ図書館前のベンチに走る。


「はぁ、はぁっ」

貴司は息を荒げながら走る。

図書館の門をくぐり抜け、ベンチまで向かうと、麻奈が他の異性と会っていた。

その異性とは、隣クラスの竹下だ。文武両道でルックスもいい学年の人気者だ。麻奈とは手を触れあったり、真夏なのに体同士が密着していて距離が近い。


「ちょっと、優介。ここでしちゃダメだよ。貴司が来るって」

「他の男の名前を堂々と呼ぶなんて妬けるなぁ」

「アイスを買ってきてもらってるんだってば……貴司」


麻奈は、今まで貴司や他の友達、クラスメートにまで見せたことの無いような"女"の顔を竹下の前で見せていた。

だが、貴司の姿を見た瞬間その表情は固まった。

「アイス買ってきたよ。じゃ、俺邪魔そうだから帰るわ」

「そっか。ありがと。ごめんね、なんか」

「…………」

気まずそうにする麻奈と無言で固まる竹下を背に貴司は、振り返らずに帰った。

「麻奈、アイス溶けかかってるよ」

「うわ急いで食べなきゃ」

背後の会話は貴司の耳に入らず、ただフラフラと家に向かった。

貴司は、手がベタついていることに気が付いた。そういえばアイスを食べてすらいなかった。


想いを伝える前に初恋は消えた。まるで、封を開けないまま溶けてしまったアイスのように。

結局、その日の勉強は全く身に入らなかった。

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現実は、甘くなかった。 海宙麺 @rijiri894

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