第41話 その後 その2 (第一部 最終話)
太陽は西の地平線に沈みかけていた。国を分断する川が
「お疲れさん」
声をかけると、敵と勘違いしたのかリーンから二本のナイフが飛んできた。俺は両手の親指と人差し指で飛んできたナイフをつまんで受け止める。リーンは俺を見てニヤリと笑っていた。
「危ないなあ。当たったらどうするんだ?」
「クロードさんだったら止めるって、わかっていますから」
リーンはまったく悪びれない。
「俺がいない間に聖百合十字騎士団がずいぶんと世話になったようだな。ありがとう」
「まあ、成り行きってやつですよ」
リーンなりに聖百合十字騎士団を気に入っているようだ。それは俺にとっても喜ばしいことである。
「ずいぶんと活躍だったみたいだな。いっそ、リーンを騎士としてスカウトしようかなんて話もあるそうだぞ」
「いらねえっス。自分はやっぱり退魔師の方が楽しいんですよね。魔物を相手に戦っている方がスリルがあるっていうか、ワクワクするっていうか。人間相手だと心が
その感覚は俺にもわかる。
「偵察の仕事はまだ続くのか? 指示してくれれば手伝うが」
「それはもう終わりました。あとは帰るだけですね。今から出発したら夜中には戻れるんじゃないですか?」
リーンの顔色に少しだけ疲れの色がにじんでいた。きっと綿密な偵察と破壊工作を日々こなしてくれていたのだろう。
「帰りは俺に任せてくれ」
「任せるってどういうことですか?」
「えーとな、リーンの体を抱え上げてもいいか?」
「抱え上げる? 立位でセックス!?」
「バカッ! 前に言っていただろう? お姫様抱っこって言ったっけ?」
「ええっ!?」
俺は呪文を詠唱して『守護天使の翼』を発動した。六枚の
「飛んでいけば早いだろ?」
「クロードさああああん!」
いつものようにリーンが飛びついてきたけど、今日だけは避けないで受け止めた。リーンの頑張りを見ていたら、これくらいは良いかなって思ってしまったのだ。
「えへへ……」
俺の首に抱き着いてきたリーンはなんだかおとなしくなってしまった。
「それじゃあ、アスタルテ城塞まで飛ぶぞ」
「はい、なるべくゆっくりでお願いします」
「やだ、早く帰って夕飯を食べたい」
「そう言うところは相変わらず意地悪ですね」
狙撃されないように透明魔法で姿を消してから、金色に光る夕焼け空に飛び上がった。
「レギア枢機卿はどうなりましたか?」
リーンが俺にしがみついたまま訊いてくる。
「お亡くなりになった。酒の飲み過ぎが原因じゃないか?」
「ああ、よくある話ですよね。強い酒をぐびぐび飲み過ぎて」
「そういうこと」
俺はそのままの体勢でリーンに訊いてみた。
「これで任務は完了したわけだけど、リーンはどうする?」
「クロードさんは?」
「俺は聖百合十字騎士団の従軍神官に任命されたよ」
「ふーん……」
「退魔師に戻りたいなら室長に手紙を書くぞ。大変優秀でしたと添え書きつきでな」
「うーん……とりあえずは直属の上司についていきます」
「いいのか?」
「妹ちゃんの面倒を見るのも楽しくなってきたところです」
「すまんな……」
「相手が妹なら恋のライバルにはなりませんしね」
ミリアが恋のライバル? 何を言っているんだこいつは。
「ミリアは妹だし、リーンは相棒だろう? どっちも恋愛の対象にはならんぞ」
プライベートなことだからミリアと血がつながっていなかったことは秘密にしておこう。そんなことより今夜の夕飯が気になる。都では忙しくしていたので、最近は碌なものを食べていなかったのだ。こんな日は大きな肉の塊を食べたいものだ。
夕日の残光が消え、周囲は夕闇に包まれた。空腹に俺は少しだけスピードを上げようとしたけど、やっぱり思い直した。「なるべくゆっくりでお願いします」か……。たまにはリーンのリクエストを叶えてやるのもいい気がしたのだ。
「リーン?」
「……スースー」
やけに静かだと思ったら、リーンは子どもみたいな顔をして寝ている。こんなに無防備なリーンは初めて見た。
「本当にお疲れさん」
星が輝きだした戦場の真上を、俺はゆっくりと飛行していった。
◇
半年続いた戦争は、ガイア法国が有利な条件で停戦を迎えた。この度の戦の勝因に聖百合十字騎士団の活躍があったことは言うまでもない。その証拠に聖百合十字騎士団がアスタルテに到着して一週間で戦局がひっくり返ってしまったくらいだ。
聖百合十字騎士団は機動力と防御力に加え治癒魔法を使える騎士団として、小規模ながら勇名をとどろかせた。なまじ有能すぎたせいで、あらゆる局面に駆り出されて忙しいことこの上なかったぞ。
強くしようと思ったのは俺なわけだが、ここまで大変になるとは完全な誤算だったと反省だ。エルバラ将軍が毎日厄介な任務ばかり押し付けてくるせいで、俺は兵士たちの疲労をとることに
だけど、それもこれも昨日までの話だ。ようやく停戦になったのだから、今日くらいはのんびりと寝て過ごそうと思っている。普通の鍵だとリーンが勝手に開けて入ってくるから、強力な結界を張ってしまうとしよう。誰にも邪魔されずに眠るんだ。
「イシュタル兄様!」
サボりたい、そんな俺の思いを知ってか知らずか、ミリアが部屋へ駈け込んで来た。
「どうしたんだ?」
「新しい辞令が届きました」
「はあっ!? 停戦合意は昨日決まったばかりだぞ!」
「どうやら我らが聖百合十字騎士団の活躍は
ミリアが取り出したのは猊下直筆の命令書だった。ミリアは嬉しそうにしているけど、俺にはちっともありがたくない。うんざりして読む気にもならないよ。
「で、なんて書いてあるんだ?」
「はい。簡単に言いますと、聖百合十字騎士団はアスタルテを離れ、リングマイアの北方平原を平定せよ、とのことです」
「リングマイアの平原だと!? 最強の魔女がいるとされる魔境じゃないか!?」
これまで数知れない騎士団が派遣されたが、誰も攻略できなかった場所だぞ。平原のどこかに寿命を100年延もばすという魔女の秘薬があると噂されている。教皇の狙いはそれか?
「イシュタル兄様、これは厄介な任務ですね!」
そう言いつつもミリアは嬉しそうだ。
「クロードさん、聞きましたか!? リングマイアの平原ですよ!!」
飛び込んできたのはリーンだ。
「何を喜んでいるんだよ?」
「はあっ、バカですか? 魔物にお宝、そこにはリーンちゃんの夢が詰まっているのです」
頭が痛くなってきた。
「あの、イシュタル兄様も一緒に来てくださるんですよね?」
ミリアが首をかしげて俺を見ている。困ったことに、行かないという選択肢は俺にない。信じられないくらい忙しくなりそうだけど、聖百合十字騎士団を放っておくわけにはいかないもんな。
「面倒だけど……仕方がないさ」
俺は苦笑しながら準備について頭を巡らした。こうやって聖百合十字騎士団を助けるっていうのはミリアのためだ。だけど、そうすることによって救済されているのは俺の魂の方なのだろう。俺の居場所はここにあるのだから。
第一部 完
あとがき
この物語を最後までお読みいただきありがとうございました。
こちらは第3回ドラゴンノベルス新世代ファンタジー小説コンテストにエントリー中です。
受賞できたり、どこかで書籍化が決まるなんてことがあったりしましたら、ぜひ第二部を書きたいと考えております。
応援のほどよろしくお願いします。
長野文三郎
生き別れの妹が騎士団長になっていたので、退魔師のお兄ちゃんは陰から支えることにしました 長野文三郎 @bunzaburou
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