お姉さんが、旅立ちます。

@ramia294

第1話

 若い人の通夜は、痛々しい。

家族には、かける言葉も見つからず、学生からの友人を引きずる、まだ若い彼女の死には、多くの参列者が、涙を流していた。


 もちろん、僕自身も泣きたい気分だ。しかし、涙は、出なかった。頭が、彼女の死を受け入れる事を拒否している。


 彼女は、ご近所に住む、とても綺麗な娘さんで、性格も良く、僕自身と彼女のご両親が、友人なのもあって、子供の頃から、良く知っていた。


 遅くなって、家庭を持った僕に、息子が生まれてからは、特に僕の家に来ることが、多くなった。


 息子が、彼女に与えた影響も大きく、将来保育士になると言って、頑張っていたのもつい昨日のようだ。


「お姉ちゃんだ」


 花に囲まれた彼女の遺影は、生前通り、とても綺麗だった。


「お姉ちゃんは、ゆっくり眠っているからね、騒いで起こしちゃ駄目だよ」


 息子は、久しぶりに見たお姉ちゃんの姿に、ここしばらく遊んでくれていなかった事を思い出したようだ。。


 毎日のように、息子の相手をしてくれていた彼女が、重い病だと聞いたのは三ヶ月前だった。


 それから、あっという間に痩せ細っていった。そして、何か大切なものを探しに行くように、旅立ってしまった。


 医者でもない自分には、何も出来ず、ただただ、おろおろするばかりだった。

 友人である両親は、見る影もなくやつれていき、僕には、気の利いた言葉をかける事も出来ず、自分の無力さを思い知らされた。


 姪のように感じていた彼女がいなくなった事に、僕自身が動揺している。妻同士は、泣いていたが、僕も彼女の父親もぼう然として、涙が出なかった。


 お経の声が時々震える。


 そのたび、若い参列者が、すすりあげる。


 お経も中ほど。


 焼香の時間が、きた。


「焼香は、一度にしてください」


 会場の案内係が呼びかける。


「お父さん。お焼香て何?お姉ちゃんが好きな匂い?何のためにするの?」


「明日から、お姉ちゃんは、お空に行く準備を始める。でも、お姉ちゃんの魂は、お焼香をした数だけの日、この世に残っているんだ。お焼香してくれた人にお礼を言いに来ているのかな?ほら、お姉ちゃんは、人気者だったから。いっぱい、来てくれているだろう。お姉ちゃんは、しばらくお空へ行けそうもないな」


 僕は、とっさにそう答えた。


 まだ幼い息子に分かりやすいと思ったのだ。


 焼香が終わり、席に戻ろうとする。


 すると、息子が僕の手を離し、一人で歩いていった。


 もう一度、焼香の列に並んだ。


「どこに行くの?焼香は、終わったよ」


「もう一回焼香だよ。僕は、お姉ちゃんといつまでも遊びたいから。だから何回も並ぶの」


 息子の言葉を聞いた瞬間、僕の中の凍りついた何かが溶け、涙が流れた始めた。


 僕が、泣き始めた姿を見た友人の中の何かも溶けたようだ。彼も泣き始めた。


 


 

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