目。

もうその頃の出来事を

ほぼ忘れているのに、

一つだけ、忘れられない事がある。


その日、私は仕事の用事で、

隣県のホテルに宿泊していた。

朝にシャワーを浴び、

シャツに袖を通し、

ネクタイを首に掛けたまま、


中庭になっている窓に目を向ける。

何かを感じた。

そんな事は無かったが、

窓の内側から、上を見上げた。


黒い影が降ってくる。

その影と目があった。

とても澄んだ、綺麗な色していると思った。


刹那。

遥か下にある花壇の色とりどりの花の色が

鮮やかな赤色に染まって行くのが見えた。


私は首にかかったネクタイを放り投げ、

フロントに電話をした。

数分後には、けたたましいサイレンの音と、

数台のパトカーがホテルに着いた。


いろいろ、話をされ、

対応したような気はするが、

覚えてはいない。


ただ、あの目が、澄んで綺麗に見えたのか、

穏やかに笑を浮かべていたのか、

それだけが頭の隅にこびりついて、

忘れられない。

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怠惰な日常。 @lazy-dog13

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