亜莉子の夢

 爆撃されたかのごとく雷鳴と轟音で目が覚めた――。

 建物が軋んで大きく揺れる。


 「きゃあああああああ! な、何事なの!?」


 亜莉子は寄りかかっていたソファから飛び起きると、パラパラと頭上から何かの破片が落ちてくるので、見上げると驚愕するしかなかった。


 「なっ!? て、天井が!?」


 家屋の二階部分が崩壊し、いまは青空がはっきりと見える。

 先ほどの轟音はこれだったのか……。

 むしろ、よくもまあいまのいままで寝ていられたものだと自分で呆れて感心した。

 いや、関心している場合ではない。


 「い、いったい何があったの!?」


 状況が把握できないので、いったん目を閉じて深呼吸する。いくらかは冷静になれた……と思う。

 こういう時、状況に順応する能力を身に付けられているのは大きい。

 お姉ちゃんありがとう。皮肉だけど。


「私ってばどのくらい眠ってしまったのかしら?」


 この部屋には時計がないので正確な時間が分からない。手持ちのスマホに表示される時間もあまり意味をなさないだろう。


 要はどれだけの時間が経過したのかを知りたいのだ。

 有栖川くんと話したあとに、少しのあいだ眠ってしまっていたわけだが、その間に何かが起こってあの轟音が鳴り響いた。

 窓の外が明るいのを見るに、そこまで時間は経っていない……と思う。

 でも、悠長なことは言っていられない。この家だっていつまで保つか分からないのだ。


「ボブさんは!? 有栖川くんとハッターさんは無事なのかしら!?」


 焦っても仕方がないのに焦らずにはいられない。まずは隣の部屋で眠っているボブの様子を見に行く。


「ボブさん大丈夫!?」


 駆け込んでみれば、安らかな顔で寝息を立てていた。


「よ、よかった……!」


 よくもまあ轟音が鳴り響いてもなお眠れたものだ。身体が相当参っていたということか……。人のこと言えないけど……。

 念のため亜莉子はボブの脈や熱を測ってみる。たぶん異常はない。たぶん……。

 とりあえず安否が確認できたので、今度は有栖川たちの様子を見に外へと向かう。先ほどまで眠っていたリビングを抜けてフロントポーチへ出ようとしたその時、窓の外から聞き覚えのない声が響いた。


「――別に取って食おうってもんじゃねえ。いや、取って食うか。 オレと殺ろうぜ? なあ?」


 あれは誰だ……?

 窓から姿が見えないように、屈んで外の様子を伺う。

 深紅の甲冑を身に纏った金髪ポニーテールの人物が有栖川とハッターに対峙している。甲冑の人の足元を見ると、まるで空から着弾したかのように抉れていた。


「もしかして、さっきの衝撃ってあの人の仕業?」


 “もしかして”という愚かな推測などしなくとも一目瞭然だった。

 深紅の甲冑は勢い良く地面を蹴ると、驚異的な脚力で有栖川の方へ飛び掛かる。


「あ! 危ない!!」


 咄嗟に両手で口を押さえたが、届くわけでも状況が良くなるわけでもない。

 いまはただ手をこまねいて見ていることしかできなかった。


 不意に――、ハッターの叫び声が聞こえたかと思うと、有栖川の前に土壁が出現した。


「あ! あれはハッターさんの技!」


 ただただ実況するしかなかった。

 ………………。

 窓の外のやり取りを見ていると、急に冷静になり、虚無感が襲って来た。


「また私は何の役にも立たない……」


 窓から顔を離し、壁に背をもたれかける。

 何もできない自分がもどかしい。

 ドードー伯爵との戦闘からはじまり、ハッターさんたちとの模擬戦、今回の甲冑の人もそうだけど、闘っているのはいつも有栖川くんだ。

 私はいったい、なんのためにワンダーランドへ?

 面白そうだからって、好奇心で有栖川くんについてきたのが始まりだ。

 

 これといった使命感も目的もない。単なる好奇心――。

 

 もともと、クラスで埋もれていたあの男の子には少なからず興味があった。いつもひとりなのに、本当はあのグループに入りたそうに、よく鈴村くんや浦野さんたちの会話に耳を傾けていた。

 その時、私の中で有栖川くんプロデュース計画を思いついた。そのためにはまず有栖川くんのことを知る必要がある。

 そんな軽い気持ちで彼に接触した。

 だが、ワンダーランドで一緒に旅をするなかで、彼はあれこれ考えて、自分の中でいちいちリアクションして、一喜一憂する面白い人なのだということが見えてきた。二度目のワンダーランド入りする時には、彼のお手伝いをしたいと思うようになった。


 いや――。

 

 本当は有栖川くんとミスドで分かれた後には、すでにこのあとの自分の行動は分かっていた。

 あの不思議な少女に導かれた時から……。

 たぶん、ひとりでもワンダーランドに来ていただろう。

 

 「ちーちゃん……」


 私は、たった一度だけ、ほんの短い間だけ一緒だった少女のことを思い出す。

 現実世界では味わえない大冒険を彼女は見せてくれると言った。


「どこへ行ってしまったの? あなたが私をここへ呼んだのよ? 私には力を貸してくれないの……?」


 ふいに、先ほど見た夢のことを思い出す。


「あれは……なんだか、変な夢だったな……」


 有栖川くんたちが闘っている状況で、悠長にも先ほどの夢を思い出す――。

 

 どこか見知らぬ部屋の扉を開けたらそこにはノーラがいて、何かを話しかけられた……ような気がする……。

 部屋の中にはもう一人だれがかいて、この世界には似つかわしくない、のようなものが置いてあった……気がした。

 あれはいったい何を示していたのだろうか。

 思い出そうとすると、頭に靄がかかったように曖昧になり思い出せなくなってしまう。

 リッキーさんたちの家を出てからどうも頭が冴えていない。眠いというか、意識がふわふわしている。

 あの、テレビの部屋のある部屋で誰かと言葉を交わしたような……気がする……。


 何もかも曖昧だ。

 そもそもあれは夢だったのか?


『いずれその時は来るよ』


 なんだ?


『ああ、君の場合、案外近いかもね』


 誰?


『彼にとっても君の力は強力なものになるだろうさ』


 “彼”って?


『君のような子ならきっと使いこなせるさ』


 使う? なにを?


 頭に響くこの言葉はなに? 誰?


 言葉の続きや発した人物のことを思い出そうとすると、雲が掴めないように、指の隙間から記憶がするすると逃げてしまう。


 「待って!」


 思わず声に出してしまう。

 私を取り巻く環境が曖昧すぎてもどかしい。


 ――私はいったい何がしたいのか。

 ――私はいったい何ができるのか。

 ――私はいったい何をしに来たのか。


 ちーちゃん、あなたはいったい私にをしたの?


 私も、有栖川くんのようになりたい……。


「お姉ちゃん」


 隣で声がした。


見れば、そこには見覚えのあるワンピースの少女が隣に座っている。


「え!? ち、ちーちゃん!?」

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