85 鍵穴の在りか

 

 今夜はやけに目が冴えて、眠ろうとしても眠れない。疲れてはいるはずなのに。


 灯りを落とした寝室のベッドで、何もない暗い天井を見上げる。そうすると、自然とここ最近の己の行動が思い浮かぶ。


 あれからできる限り手を尽くしてみた。


 この大神殿内も、行けるところは隅々まで探索したつもりだ。でも、無限回廊の入口はまだ見つからない。手がかりすらない。


 俺が行けない場所に入口がある。もしかして意地の悪い設定なんじゃないか? 一瞬、そんな悲観的な考えが頭をよぎる。


 でも、おそらくそうじゃない筈だ。


 ISAOはユーザーに対して、やけにリアリティのある研鑽を求めてくる。これでもかってくらいに。一見理不尽と思える設定もこれまでにあった。だが結局のところ、解のないクエストは今まで一度も課してきてはいない。


 だから、答えはあるはず。きっとどこかに。俺がまだ気づいていない意外な盲点に。


 ……やっぱり眠れない。昼間頑張り過ぎたせいかな? なんとなく落ち着かない気分で寝返りを打つ。


 何も進展がなかったことに、焦りや不安があるのかもしれない。ゲームなら、ログアウトボタンひとつで終わらせることができるのに。この世界はやけにリアルだ。


 父さんは元気かな?


 ISAOが落ち着いたら、またトレハンの世界にも行かなきゃ。俺以外にも、身内の安否が気になる人がきっといるはず。だから、次は大勢で旅をすることになるかもしれない。


 賑やかだろうなぁ。


 虫の王国を通るときは、またハルトに頼まないと。あの世界も、あのままじゃ多分ダメだろう。ハルトの背負うものが、あまりにも大き過ぎる。


 まだずっと先の話。でも、遠過ぎるってほどでもない未来。その時は、みんなで力を合わせてなんとかしたい。


 俺たちは、きっとできるはずだ。みんなISAOで頑張ってきた人たちなんだから。


 そうそう。


 俺のクエストは途中で進行が止まっている状況だけど、凄くいいことがあった。聞こえたんだ。レオと香里奈がとうとうやってくれた。


 《これにより、タプコプ山の隧道が解放され、隧道を介して「神聖カティミア教国」への往来が可能になります》


 このアナウンスがされた時には、思わず快哉を叫んだ。だってそうだろう?


 レオと香里奈が、ISAOのプレイヤーたちと協力して、隔絶されていた二つの世界を繋げたんだ。凄いよ二人とも。そして共に戦ったであろうISAOのプレイヤーたちも。


 俺の知り合いも参加していたのかな? 今頃みんな、どうしているんだろう? キョウカさんは、俺の現状を聞いたら凄く心配してしまうかもしれない。


 ……会いたい。でなければ伝えたい。俺は大丈夫だよって。


 そんな風に取り留めもなく、遠いISAOの地に想いを馳せる。


 就寝してから、もうだいぶ時間が経った。いい加減、寝ないとダメかも。明日もスケジュールの合間を縫って、扉探しをしないといけないから。


 身体の向きを仰向けに直し、臍の下で軽く手を組んで目を閉じた。意識して身体の力を抜いていく。横になってはいるけど、瞑想の時の姿勢に近い。


 それがよかったのか、騒ついていた意識が徐々に徐々に凪いで行く。背後に向かってスーッと吸い込まれていくような、下に向かって落ちていくような、解放感に近い感覚が生じた。


 これなら寝られるかもしれない。


 すっかり身体が弛緩して楽になり、暗闇に意識が紛れそうになったその時。視界の隅にチカッと僅かに光るものが見えた。星の瞬きのような一瞬の煌めき。


 あれは?


 身体を離れすっかり身軽になった意識が、その方向に滑るように飛んでいく。一切の抵抗がない。凄いスピード感だ。


 水平に飛んでいるようでもあり、深く深く落ちていくようでもある。そんな方向感覚を無視するような不思議な飛行体験。


 またチカッと光った。


 その方向に意識を伸ばす。また落ちていく。真っ暗なトンネルの中を、あの瞬きの正体を確かめたくて。


 ……ここだ。ようやく着いた。すぐ目の前に光の源があった。


 ああ。こんなところに。ここにあったのか。


 一筋の明滅する光を通す狭い細隙。その縁が淡く銀色に輝く小さな鍵穴だ。扉は見えない。ただ鍵穴だけがポツンとそこにあった。


 ……鍵はどこだっけ?


 そう意識すると、アイテムボックスにしまってあるはずの銀の鍵が、ふいに視界に現れた。そして鍵の出現に呼応するかのように、鍵穴から鍵の方に誘導するような光が伸びてきて、銀の鍵の先端とリンクする。


 カチッ


 微かに音がして、光に引き寄せられた鍵が鍵穴に嵌った。



 *



 ユキムラの眠る部屋の外に立つ、警護担当の二人の聖堂騎士。


 彼らにいる場所に向かって、常夜灯がぼんやりと灯る廊下を進んでくる一団がいた。神殿長のセルヴィスを筆頭とする高位のNPC神官たちである。


「時がきました」


 セルヴィスが聖堂騎士にそう声をかけた。


「時が? では大司教さまは?」


「既に回廊に入られたようです。『大いなる意志』から指令が下りました。我々も助力のために祈りを捧げます。あなた方の行動には変更はありません。いつも通りに警護を続けて下さい」


 それだけ告げると、彼らは静かにドアを開け、室内にそっと滑り込んだ。


 一人で眠るには大き過ぎるベッドで、無防備に横たわるユキムラ。その身体アバターは、暗闇の中で淡い銀色の光を放っていた。


「我々がお守りしなくては。この世界の行く末は、このお方にかかっている」


「本来の道筋を違える異分子の排除。お一人で可能なのでしょうか?」


「従来のシナリオでは無謀と言えるでしょう。ですがそこを可能にするのです。そのために、我々にも使命が与えられたのですから」


 ベッドを囲むように総勢七人の神官が立ち並び、セルヴィスの無言の合図と共に一斉に膝をついて祈り始めた。


 淡く光り続けるユキムラ。


 神官たちの身体も次第に淡く輝き始め、その光がユキムラを包むように集束していく。



 《最上級職クエスト「猊座へ至る道」ファースト・ステップ「無限回廊」進行中です。サポートプレイヤーの欠落を確認。アジャスト・システム「祈り」が発動しました》




*——『次元融合』第八章 「ソトノセカイカラ」[了]——*

いつも応援ありがとうございます。ここで更新は一旦休止になります(続きを書き溜めする予定です)。


『不屈の冒険魂3 〜雑用積み上げ最強へ〜 』ISAO書籍版をよろしくお願いします!

漂鳥


 

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「次元融合」あのとき分岐した僕らの世界[不屈の冒険魂ISAO] 漂鳥 @hyocho

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