84 歌姫と天文学者

 

「カタリナさんこんにちは」


「ユリアさん。お待ちしていました。こちらへどうぞ」


 天馬騎士団のユリアから香里奈へ面会の打診があり、「始まりの街」の修道院で会うことになった。


 ゲーム時代は共に修道院で奉仕に勤しんだ間柄ではあるが、それほど交流があったわけではない。しかし、どうしても二人で話がしたいというユリアの意向を受けて、この面会が実現したわけである。


「もう一人の子はジルトレにいるんでしょ? あなたは、なぜこの修道院に戻ってきたの?」


「ISAOの地を目指したのは、ここの子供たちに会いたかったから。信じてもらえないかもしれないけど、それが最初の理由よ」


 面会室に入り着席すると、すぐにユリアから率直な質問がなされた。


 事前に、幾つか確かめたいことがあるから質問させて欲しいと言われている。香里奈も、昴の救出に際して助力を頼める相手かどうか、この際、見定めるつもりでいた。


「最初の理由? 別の理由もあるの?」


「そう。順番に話すけど、私は途中までは一人旅だったの。トレハンのマップを北上して、行けるところまで行ってみよう。ダメなら引き返せばいい。そんな軽い気持ちだった」


「トレハンはやったことがないけど、一人旅なんて大変だったんじゃない?」


「そうね。でもトレハンは、ISAOと違ってPKが可能だから、いつ襲われるかと思うと凄く怖かった。ゲーム内に知り合いもいなかったし、身を守る手段もなかった。PKの及ばないエリアでの一人旅の方が気楽に思えるほどにね」


 その頃のトレハンでは、既にアイテム強奪目的での殺傷事件も起こっていたため、レベルが低いプレイヤーの抱える不安は日増しに大きくなっていた。


 そんな状況だったので、異常事態が起こってからかなり早いタイミングで、香里奈はISAOエリアに行くことを考え始めていた。


「それで? 旅はどうなったの?」


「しばらくは街を移動しつつ旅の準備をしていて、本格的に動き出したのは、転移機能が使えるようになってからね。一番北の街まで一気に跳んだら、先行しているプレイヤーがいるらしいという情報があって、その人たちと合流できたらラッキーと思って急いだの」


「……その人たち。つまり少なくとも、あの少年以外にもう一人仲間がいるわけよね」


「そう。もう一人いるわ。でもここにくる途中、彼が足止めにあってしまい、そこで別れざるを得なくなって」


「そのプレイヤーの名前を教えてもらってもいいかしら?」


「ええ。『ユキムラ』さんよ。それなりに有名なプレイヤーだったらしいから、あなたも知っているんじゃないかしら?」


「それはもちろん。よく知っているわ。やっぱり彼なのね。でも『神聖カティミア教国』で特定のプレイヤーを足止め? そこまでする理由が想像がつかないわ。それはいったいどんなシナリオなのかしら?」


 謎エリアと言われていたほど、教国に関する情報は存在しなかった。ゲームとして実装準備ができていない、実装するにしてもかなり先の予定だったという事情が大きく影響していた。


「教国に入ってすぐに、偉そうな神官が兵隊を引き連れてユキムラさんを迎えにきたわ。もうね、そのNPCたちの態度が凄かったの。ユキムラさん以外は眼中にないって感じで、私とレオくんは放逐されそうな勢いだった」


「それは随分な扱いの差ね。大丈夫だったの?」


「ユキムラさんがNPCと交渉してくれて、自分の身柄を差し出す代わりに、私たちの身分保証をもぎ取ってくれたのよ。あれがなければ、私は今ここにいなかったわ」


「身分保証が、そういった経緯で出されたものなら、それは簡単には手に入らないってことかしら?」


「おそらく。『準国民』待遇はかなり強力で、関所はほぼフリーパス。旅の途中も、NPCに対して覿面てきめんの効力があった。おかげさまで、余所者には厳しい国らしいのに、すごく楽に通過できたもの。但し『出国するまでを期限とする』という条件付き。だからもう使えないわ」


「その関所が問題なのよね。隧道の南にある関所で、『神聖カティミア教国』への入国が拒否されているのは知ってる?」


「ええ、聞いているわ。あの国は神官職には緩い面があるから、調査班には上級職の神官職のプレイヤーを連れていった方がいいと助言はしたけれど、ダメだったみたいね」


「たぶん、神官職にもいろいろあるからかな。ユキムラさんへの執着がそれだけ強いってことは、教国では『正統な』神官職の評価が高いってことだと思うのよ」


 それは、香里奈自身にも思い当たることがあった。ユキムラほどではないが、同行していたレオに比べて、NPCの自分への態度が明らかに丁重かつ好意的だったからである。


「そうかもしれない。でもひとつ気になったのは、あの国では神殿の威光が非常に強い一方で、修道院の規模はかなり小さかったの。宗教国家で、国の中枢が神殿勢力なのがその理由らしいけど」


「それはやりにくいわね」


 神官職。それも正規ルートに近い職業で、かつ男性。その条件に該当するプレイヤーは、かなり少ない。


 神聖カティミア教国の攻略は難しくなるのではという懸念が、益々強まっていく。


「修道院の総本山は、『ゴア大聖堂』といって『キアト帝国』という国にあるらしいのだけど、どこにあるかご存知?」


「『キアト帝国』? それって確か、『グラッツ王国』の南にあるという国だった気がする。まだ開通してないけど」


 南に立ち塞がる〈シャラム神山〉——現実でいえば白神山地の向こう側に、「キアト帝国」があるという情報までは入手済みだったが、現状では詳細までは分かっていない。


「つまり。えーっと、日本地図でいうと秋田県?」


「そうなるわね」


「教国とは真逆というか、思いっきり奥羽山脈の向こう側じゃない。困ったわ。どうもこの先の転職で、『ゴア大聖堂』に行く必要がありそうなのに」


「そうなの? でも南方面は攻略に行き詰まっていて、いつ『キアト帝国』に入れるか、まだ見通しは立っていないはずよ」


「『天人族』の力を借りなさいって、ここの修道院長様に言われたけど、どうすればいいかしら?」


「『天人族』? それって新情報だと思う。誰かが秘匿しているのでなければ、聞いたことがないもの」


「じゃあ、どこに行けば会えるのかも分からないってこと?」


「今はね。でも、ガイドNPCである修道院長様の発言に出てきた以上、既にどこかに糸口が発生していると考えられるから……どうにかなるかも」


「そういうシステムなの?」


 ガイドNPCがヒントをくれる。


 それは次の転職クエストに順調に近づいていることを示していた。


「ええ。とてもいい兆候よ。修道院の総本山へ向かうクエストよね。それだったら、うちのクランメンバーが協力できると思う。女性の神官職プレイヤーが何人かいるから、おそらく手伝ってくれる。彼女たちに相談して、突破口を探してみてもいいかしら?」


「助かるわ。是非お願いします。こう縛りがきつくちゃ、自分一人でどうにかできる気がしなくて。でも、天馬騎士団は北方攻略に注力しているでしょ? いいのかしら?」


「それは大丈夫。私たちも、ちょうど南への取っ掛かりが欲しいところだったの。北の攻略も続けるつもりだけど、南を放っておくわけにいかなくなったから」


「その理由を聞いてもいいのかしら?」


 ずっと北方に注力していた天馬騎士団が、ここに来て南へと視線を向けた理由。それをユリアは確実に知っていて、だからこそ、即座に協力を申し出たのだろうと香里奈は考えていた。だが。


「理由は二つあるの。ひとつは〈竜の谷〉——正確に言えば〈竜の風穴〉の攻略の失敗ね。まだこれは内緒だから、他の人には言わないでね」


 海底トンネルを経由する北海道への脱出が頓挫した。その速報は、北方を攻略中の天馬騎士団にいち早くもたらされていた。


「失敗? もう見込みはないってこと?」


「その点いついてはまだ分からない。でもかなり厳しい状況だと聞いているわ。北海道へ渡る計画が大きく変更されるかもしれないほどにね」


「そう。でも変更ということは、まだ方法は残されているってことよね?」


「やってみないと分からないけどね。今後の計画には、うちのクランが大きく関わることになりそうだから、状況が分かったら教えましょうか?」


「ありがとう。是非お願いするわ。それで、ひとつ目の理由がそんな大変な事態なら、もうひとつはいったい何かしら?」


「それがまだ漠然としているのよね。天文学者のスキルによって『見えた』ものがあるんだけど、解釈が難しいの。方向性だけが示されていて、それ以外は憶測の域を出ないというか、圧倒的に情報が足りない」


「じゃあ、私に会いにきたのは……」


「そう、南のエリアの情報が欲しいから。散らばっているいろんなピースを集めていけば、謎が紐解ける気がする。あなたには聞きたいことが沢山あるのだけど、協力してもらってもいいかしら?」


「いいわ。『天人族』の件もあって、大きなクランの協力が必要だと思っていたところなの。ユキムラさんを早くあの国から解放してあげたい。それに少しでも近づけるように」


「私も彼とはご縁がなくもないから、それにも協力するわ」


「ありがとう。でも、どうも遠回りになりそうなのよね。彼が自力で脱出する方が早いかもしれない。そう思えてきたわ」


「どこかから、ふらっと現れそうな気がするわよね、彼って」


「そうね。いろんな面で、意外性のある男なのは間違いないわね」



*——おしらせ——*

近況ノートにISAO3関連のイラスト(刀彼方先生)を公開しました。

是非覗いてみて下さい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る