83 魂縛

 

 《ISAO 始まりの街 〈御光使徒救魂会〉クランホール》


「導師様。北へ向かうのではないのですか?」


「いえ。先ほども申しましたように、我々が向かうのは南です。調査班などという扇動者の妄言を信じてはいけません」


 外の世界からもたらされた情報は、御光使徒救魂会の信徒たちにも少なからぬ動揺を与えていた。


 噂や憶測が飛び交う中、信徒を束ねる数人のリーダーに急遽招集がかかり、南へ向かうという方針を告げられたのである。


「でも、外の世界から来た人たちが、北には現実の北海道が実在していると言っています」


「その者たちが、本当のことを言っているとは限りません。飛び地である南の未解放エリアに、唐突に現れた。それがそもそもおかしな話ではありませんか? 彼らは本当にプレイヤーなのでしょうか?」


「それは……分かりません。ですが、北へ脱出することに、皆が希望を見出し始めています」


「導師様のお言葉を疑うわけではありませんが、いきなり南へ向かうと仰られても。その理由をお聞かせ願えれば、協力もやぶさかではないのですが」


 真剣な表情で詰め寄るリーダーたち。


 導師と呼ばれる少年は、順に彼ら一人一人と視線を合わせ、瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめていく。そして、ふっと微笑みを浮かべて口を開いた。


「よいでしょう。しかし、これからお話しする内容は、我々の生命線であり、一般の信徒には秘匿されるべき情報です。漏洩しないと誓える方だけ、ここに残って下さい」


 導師のその言葉に、幹部たちはぼんやりと互いに顔を見合わせた後、意思を確認するように頷き合った。退席者は一人もいない。


「皆さんが現状を真に憂える者だと分かり大変嬉しいです。では、今後我々の向かう先と目的について、隠すことなくお話し致しましょう」


 誰もがその言葉に頷き、信頼を預けるように真っ直ぐに導師を見つめる。


 彼らにはもう迷いはなかった。自らに集まる視線に応えるように、導師と呼ばれる少年はゆっくりと話し始めた。


「南には約束された土地があります。このゲームの終わりは南にある。それが、我々に下された〈御光の啓示〉です。〈大いなる意志〉と呼ばれる邪な存在により、この世界に拘束された人々を助け出す。我々が導いて救い手となる。それが最大の目的です」



 *



「ねえ、話しちゃってよかったの?」


「仕方がない。余計な情報が入ったせいで、あのまま放っておけば洗脳が解けてしまう可能性があった。疑いの芽は早めに潰しておかないと」


「それはそうだけどさ」


「それに【魂縛】を試す丁度いい機会だったよ。これで彼らが裏切る心配は、ほぼないと思う」


「新しいスキルでしょ? どうだった?」


「いい感じ。スキルが効いている間は僕の指示には逆らわない。更にそれを、自分の意思で同調していると思い込ませることができる。定期的にかけ直す必要はあるが、有用なスキルだと思う」


 〈御光使徒救魂会〉の主宰者である導師タスクと、幹部である歌姫スズ。彼らは〈使徒〉と名乗る人物から複数のスキルを授けられていた。


 ・タスクのスキル


【心象操作】:精神操作系スキル。相手の脳内に残った疑念や、その原因となる情報や記憶を印象操作する。


【欺瞞侵食】:精神操作系スキル。スキル行使者に不都合な記憶の混濁・消去・書き換えを行う。効果は魅了度に比例する。


【魂縛】:精神操作系スキル。対象の思考をスキル行使者の意向に同調するように操作する。


 ・スズのスキル


【同調旋律】:聴衆が暗示にかかりやすくなる。対象を密室に隔離することで効果が向上する。


【亡我の調べ】:聴衆の思考を鈍らせ催眠状態を誘発する。繰り返し曝露することで効果が上昇する。


笛吹てきすい嚮導きょうどう】:魅了系スキル。歌唱により大衆を誘導する。


 ・二人に共通するスキル


【誘蛾灯】:魅了系スキル。スキル行使者に無条件で好意を持ち魅惑される。


【感化】:魅力系スキル。スキル行使者の言動に共感し依存し易くなる。外部からの情報を制限・遮断することで効果が向上する。


【夢幻詠唱】:精神操作系スキル。聴衆の判断能力を低下させる。繰り返し曝露することで効果が上昇する。


 通常通りにプレイしていたら獲得できない特殊な精神操作系や魅力系の対人スキル。それを彼らは〈使徒〉と名乗る存在から複数与えられていた。


 そんな二人の職業は、〈路傍法師〉から派生した〈 極夜きょくやの祈祷師〉と〈路上の歌い手〉から派生した〈扇情の歌姫〉というオンリーワンジョブであった。



「ふぅん。なら上手くいきそうだね。でも、リーダーの人たちはこれでいいけど、一般の信徒はどうするの? 私たちが騙りだってバレちゃったのよ?」


「騙り? それがそもそも言いがかりなんだよ。僕たちが自ら『神殿の人』と『修道院の歌姫』だと言った事実はない。周りが勝手に勘違いしただけだ。スズもそれで納得しただろ?」


 そう言って、スズの瞳を真近で覗き込むタスク。その距離の近さに、スズは動揺を隠せずに慌てたように返事を返した。


「そ、そうだけど。でもそれで通じるのかな?」


「十分通じるよ。だって、僕らが主張した『高位の神官プレイヤー』と『類稀なる歌姫』は、既に達成されているじゃないか。だから堂々としていればいいんだよ。信徒たちは僕のスキルでどうとでもなるから」


「ならいいけど。でもいよいよだね。もうちょっと頑張れば、このゲームから出られるのね」


「ああ。やっとだ。大勢の信徒を引き連れて、誰よりも早く南の地にあるログアウトポイントに向かうこと。それが〈使徒〉様に提示された条件だ。そうすれば僕たちは、この閉じた世界から解放される」



 ——この時を境に、御光教の南進計画が始まることになる。



*——不屈の冒険魂ISAO3 挿絵紹介②——*

↓近況ノートへのリンクです。

https://kakuyomu.jp/users/hyocho/news/16816700426156403224

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