82 竜の風穴

 〈竜の谷〉に駐留する竜の谷調査班は、ゲーム内では〈竜の風穴〉——現実リアル世界では青函トンネルにあたるダンジョンに挑んでいた。


 どこからともなく流れてくる風が、ダンジョン内を巡回している。


 〈竜の谷〉にある入口から侵入し、現実とは異なり複雑に分岐した坑道を、しらみつぶしに探索してマップを作成してきた。

 傾斜地を地下へ突き進みながら、強敵であるドラゴン退治もしなければならない。戦闘を得意とする彼らをもってしても、それは非常に困難を極めていた。


 しかしその甲斐あって、ようやく陸地部分の地下精査が終わり、リアル準拠であれば約地下100メートル——ここからが海底トンネルの起点ではないかと思われる場所に到達したのである。


 そこは岩盤を円弧状にくり抜いたような大きな空洞だった。


 空洞に入って直ぐに目に留まるのは、宙に浮く二つの巨大な塊だ。一見カッティングされた宝石のようにも見えるそれは、ひとつひとつがやけに大きい。三階建てのビルくらいはありそうだ。


 よく見ると、巨塊の真上の天井と真下の床には、金属製の円盤のような装置が設置されている。


 その間に浮かぶ巨塊は、ほぼ透明に透けていたが、内部から発する青みがかった光が周囲をユラユラと照らし、まるで水底にいるような不思議な陰影を浮かび上がらせていた。


「水晶? あるいは魔石かな? いずれにしても大き過ぎるけど」


「問題は、なぜこんな地下にこれが設置されているかだ」


「パァーンと割れて、中から凶悪なドラゴンが出てきたりして?」


「それは嫌だな。二匹の怪物相手に戦うには、ここは狭過ぎる」


 魔術師のプレイヤーたちが、その意見に同意するように頷いている。地下にしてはかなり大きな空洞ではあるが、魔術の射程を考えると接近戦になりかねないからだろう。


 巨魁を迂回して空洞の内壁をザッと見回しても、ここにやってきた通路以外に出入り口らしきものは見当たらない。


「とりあえず、斥候スキルで調査してみます。皆さんはいつでも退避できる位置に下がっていて下さい」


「了解」


「よろしく」



 スキルによる内壁の精査。それに続いて非接触的な巨塊の調査を終える。


「信じがたいことに、二つとも巨大な魔石のようです。属性は水。何らかの働きをしていそうですが、用途は不明です。接触系のスキルを使えば、もっと詳細が分かるかもしれません」


「いや。触らない方がいい気がしてきた」


「試すなら、もっと人員を集めてからの方がいいかもね」


「壁はどうだった? 隠し通路みたいなのはないの?」


「通路は見つかりませんでした。ただ、正面の壁のかなり広い範囲に妙な反応があります」


「妙な反応って?」


「おそらく何らかのイベントが仕組まれているのではないかと。私が触れても『資格がありません』と出てくるので」


「位置的に開通イベントってこと? 資格って何だろう?」


「鬼が出るか蛇が出るか。いろいろ試してみるしかないのかな」


「その例えはちょっと違わない? 『次の展開の予想がつかない』って意味では合っているけど、『鬼=災い』で『蛇=良いこと』だから」


「言い換えると『吉と出るか凶と出るか』。それならいいんだけど」


「そう都合よくはいかないだろうな。俺たちの場合は『鬼が出るか竜が出るか』になりそうだ」


「どっちも凶悪じゃねえか。縁起でもないことを言うなよ」


「で、どうするの? 一旦引き返す?」


「『資格』が何を指すのかが気になるな」


「とりあえずみんなで壁の前まで行ってみるとか?」


「それがいいかもな。死に戻るならそれまでだ」



 意見が一致したので、正面の壁に全員で近寄ってみる。


「何も起こらない?」


「私以外に、資格がどうのって聞こえた人はいますか?」


「いや。何も聞こえ……おい! 壁の様子が変じゃないか?」


「模様? みたいなものが浮き出てきているな」


「みんな一旦、下がれ!」


 慌てて巨塊の位置まで退避したときには、壁の模様はその正体を判別できるくらいにまで鮮明になっていた。


「ドラゴンだ! それも、とてつもなくデカい」


 そう言っている間にも壁の色が変化し、鈍く銀色に金属味を帯びてくる。


「なにこれ? 機械? 生身じゃないの?」


 《合計カルマ値の逸脱を確認。発動条件を満たしました。資格を持たない者を強制排除します》


「うわぁ」


「やだ!」


 数人のメンバーの身体が青く光り、転移したようにその姿がかき消えた。


 《条件達成型特殊クエスト『因果の機械竜ブレイドドラゴン!』が開始されます》


「ブレイドドラゴン?」


 《ブレイドドラゴンは機械仕掛けの自動制御系サイバネティック・生命体オルガンです。破壊率が規定値以下に低下すると動きを停止します。規定値は参加者の合計カルマ値に依存します》


「おいっ! カルマ値ってなんだよ!」


「とにかく削れってことか?」


「ぶち壊せばいいの?」


「それならこの面子でもイケるかな?」


 《クエストへの参加条件は「対ドラゴンスキルの所有」です。ドラゴンが動きを停止する前に排水基地が完全に破壊されると、クエストは失敗とみなされ、参加者は地上に強制転移されます》


「排水基地って?」


「意味が分からん」


 《因果応報——業報を制すれば新たに道は開けます》


 そのアナウンスと共に、ブレイドドラゴンからウィンウィンと唸るような激しい機械音が聞こえてきた。


「何かくる! 防御して!」


 各自結界や身体強化、あるいは盾を構えて防御態勢をとった直後。


 〈ガッ! ガツッ! ドゴォッ!〉


 ブレイドドラゴンから無数の金属刃が射出され、容赦なくプレイヤーを襲った。


「くそっ! でもこの程度なら凌げる」


「こっちからも行くぞ!」


 複数名の〈ドラゴンスレイヤー〉を含む攻撃特化の面々が、ブレイドドラゴンによる直接的な攻撃や断続的な金属刃の攻撃に切り裂かれ、そのダメージを耐えながら立ち向かう。


 幸いにも回復アイテムは潤沢にあった。ジワジワと上昇する破壊率。「時間はかかるがイケる」——皆がそう確信したとき。


 〈ピシッ……ピシ〉


 背後から何かが砕けるような異様な音が響いた。


「なっ……!」


 後ろを振り返り見上げると、先ほどまで美しく青く輝いていた巨塊に、無数のヒビが入り、その破片がみる間に剥落していく。そして内部から発していた光が、萎むように消えた。


「まさか、排水基地って」


 そう誰かが呟いたとき。


「天井が……崩れる!」


「退避だ退避!」


 天井の岩盤の何箇所かが崩落し、そこから大量の水——おそらく海水が滝のように落ちてきた。


 毎分数十トン。水の暴力があっという間に空洞を埋め、唯一の出口である陸地側の通路にも流れ込む。


 調査班のメンバーも、押し寄せる水の勢いに抗うことができず、岩壁に叩きつけられたり、海水と共に通路に押し流されたりした。


 《排水施設の破壊及び水没によりクエストが中断されました》


 《排水施設全域の水没を確認。完全破壊とみなされます》


 《クエストの結果判定は『失敗』。参加者を地上へ強制転移します》


 海水に翻弄されるメンバーに次々とアナウンスが届く。


 《風穴の水没により〈竜の風穴〉及び排水施設へのプレイヤーの侵入が制限されます。現状回復までに要する日数は、ゲーム内時間で90日です》


 こうして竜の風穴は、当面プレイヤーが立ち入ることができない場所になった。


「ふざけるな! あんなの無理ゲーじゃないか」


「つまり、このクエストは防衛戦でもあるということか」


「あんな狭い空間で、刃物がビュンビュン飛んできて勝手に壊れる。誰が考えたんだよ、この仕様」


「単純に守り切るのは無理よね。魔石を修復しながらじゃないと」


「魔石に入ったひびって直せるの?」


「普通じゃ無理。でも、錬金術ならできるかも」


「だけどさ。あのクエストに参加するには資格がいるんだろ?」


「対ドラゴンスキルを持った錬金術師なんて、いるわけないじゃん!」


「カルマ値っていうのも意味不明よね」


「あー。分からないことだらけ。どうすんのよこれ」



*——ISAO不屈の冒険魂3 発売中!——*


 今日も出来立てホヤホヤのSSを投稿する予定です。

 ISAO3は大量に加筆しているので、SSになるような隙間(スキップした箇所)があまりないのが難しいですね。

 ストーリーの中であちこち駆け回っているので、そういった場所で生じたミニエピソードになりそうです。


 口絵紹介②も近況ノートに投稿するかもしれないです(投稿したらリンクを置きます)。

↓掲載しました!

https://kakuyomu.jp/users/hyocho/news/16816700426132552161


漂鳥

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