81 特別な伝言
「あんたが昴の彼女?」
「えっ? いきなりそれ?」
ジルトレの街で開かれた代表者会議が終わり、レオと香里奈の二人は久々の惰眠を貪ることができた。次々といろいろなことがあり過ぎて疲弊していたので、丸一日休養を取ることに決めたのである。
でもおちおちと休んでもいられない。
今日は、チームクリエイトのメンバーと改めて会う約束をしていた。彼らはISAOでのユキムラの仲間であり、信頼できる人たちであると聞いている。
彼らには直接、ユキムラと別れた
「ふーん。昴ってこういうタイプが好みなのか。案外スケベだな」
「レオくん。初対面でそれは、いくらなんでも失礼よ」
不躾な視線でジロジロとキョウカを眺めるレオ。それを見かねた香里奈が彼を
「ごめん。悪気はなかったんだけど、予想と違ったんでつい」
「坊主、どんな予想をしてたんだ?」
素直に謝るレオに、面白そうな表情でガイがそう尋ねる。
「年上って聞いていたから、もっと落ち着いた感じの人かと思ってたんだ。まさかこんなバインバインとは思わなくて」
「レオくん! 本当のことでも言っちゃいけない状況ってあるの」
レオのセクハラ発言に焦った様子の香里奈。
「いや、正直でいいぞ。まだ高校生なんだろ? あれを気にするなって方が無理だ。あれは視界の暴力だ。だから無理なんだ。ただし、自分の言葉が自分に跳ね返ってきたら潔く受け止めろ」
「へへ。オジサン、話分かるじゃん!」
「オジサン?」
「うはっ! ガイさん、地味にショック受けてる!」
「高校生から見たら俺もオジサンかぁ。まあ、否定はできないかもな」
「十代からしたら、俺たち全員オジサンだろう。でも気をつけな。オジサンはセーフだけど、妙齢の女性にオバサンって言ったらダメだからな」
「それは絶対に言わない。以前つい言っちゃって、姉ちゃんたちにメッチャしばかれたから」
「で、坊主から見たらこのキョウカさんは、どうかな?」
「美人だしバインバインで凄いお姉さんだと思う」
「よし、正解だ!」
「あなたたち、いつまでも下らないことを言ってないで、中に入って」
そんな彼らに呆れたキョウカの促しで、彼女のホーム内にみんなで移動した。
「広くていいなぁ。俺のホームとえらい違いだ」
「トオルさん、仕方ないですよ。俺たち二人は転職絡みで余計な出費があり過ぎましたもん」
トオルとアークは魔法寄りの派生職のため、転職関連での出費が多く、資金にあまり余裕がなかった。よってやっと手に入れた工房は、かなりこじんまりとしたものになった。
正規ルートを進むガイ・ジン・キョウカの内、ガイは施設費用にお金がかかり、住居スペースがかなり手狭。ジンは既婚者であるため、夫婦で共有のホームを購入していたため、人の出入りが多い。
今日の会合は、なるべく無関係な第三者には聞かれたくない。そういった配慮で、生活スペースの広いキョウカのホームが会場に選ばれている。
「お姉ちゃん、お帰りなさい」
「紹介するわ。妹の由香里よ」
「初めましての人ばかりじゃないけど由香里です。ユーザー名も同じユカリなので、よろしくお願いします」
挨拶もそこそこに、思い思いに着席して食事会兼会合が始まった。冒頭で外の世界の情報を改めて伝えてから、ユキムラと別れた経緯を説明し、そのまま雑談へと流れていく。
「昴らしいな。あいつはそういう奴だ」
「しかしそんな状況から、よくここまで来れたな。レオくんとカタリナさんも大したもんだ」
「昴さんと一緒に来たかったなって、本当にそう思います」
無念そうにそう告げる香里奈。レオも同じようにシュンとしている。
「なに。会うのがちょっと先になっただけだ。落ち込まないでくれよ。俺たちに外の情報を伝えるのを優先してくれたんだろう? 今の状況からいって、それは凄くありがたいことなんだ」
「昴さんは、情報が遮断されているはずのISAOの人たちに、〈希望〉があることを伝えて欲しい。そう言っていました」
「実際に希望が出てきたよ。結構危ない精神状態の奴も出てきていたから、これで息を吹き返したというか」
「昴は、みんなに会いたいからISAOに行くんだってずっと言ってた。どうしても仲間の安否を確かめたいって。トレハンには昴の父ちゃんがいるのに」
「俺たちに? キョウカちゃんじゃなくて?」
「皆さんに会いたいで間違いはないです。無事であることを伝えてくれとも言っていました。でも、キョウカさんには特別な伝言を預かっています」
「特別な伝言? 昴さんから?」
「ヒューヒュー! やるな、ユキムラ。いや、昴か。あいつはやるときはやる男だとずっと思っていた」
「気になるなぁ。特別な伝言。でも、俺たちなんかが聞いちゃいけないんだろうなぁ」
ニヤニヤしながら、ガイとトオルがはやし立てる。
「内容的には、ここにいる人たちが聞いても大丈夫だと思うよ」
「坊主は知ってるんだ?」
「うん。だって聞こえちゃったもん」
「ああ。野次馬の血が騒ぐ。最近、こういった色っぽい話にはとんと縁がないから」
「今まで恋愛どころじゃなかったもんな。いいなぁ。キョウカちゃんは、愛しの昴くんから特別な伝言をもらえて。愛されてるなぁ」
「ガイさん、ちょっと酔ってない?」
「もちろん。酔ってる。他人の惚気話を飲まずに聞けるか!」
ホームでは、年齢制限を順守した上で飲酒が可能になっていた。そのため、持ち込んだワインをガブガブ飲んでいる年長者の男性三名。
「いい大人がこれじゃあね。未成年が二人いるんだから自重してよ」
「アークがいけないんだぞ。若いのに恋をしないから」
「おいっ。話がそれちゃって、カタリナさんとキョウカが困ってる。昴の伝言を伝えたら宴会に突入するから、それまで静かにしてくれないか」
「「はーい。すんません」」
ジンに叱られてガイとトオルが静かになり、再び注目が香里奈とキョウカに集まる。
「ここで言っちゃってもいいのかしら? それとも別の場所で?」
「お姉ちゃん、どうするの?」
「じゃあ、ちょっとあっちの部屋で」
やはりキョウカは恥ずかしいのか、別室で伝えることになった。
「じゃあ、伝言を伝えるわ。……『俺はここにいる、そして無事だって伝えて欲しい。きっと凄く心配してるから』これがひとつ目の伝言」
「まだあるんですか?」
「そう。ここからが肝心なの。いい? 『必ず会いに行く。だから浮気しないで』以上よ」
「う、浮気? しない、そんなこと絶対にしないです」
「昴さんも、それは分かっていたみたい。あなたを疑ったわけじゃなくて、遠く離れてしまった不安から出た言葉でしょうけど、私からすれば、ぶっちゃけ『惚気』ね」
「惚気……ですか?」
「そう。聞かされた身にもなってよ。周りを大勢のNPCに囲まれて、どうやっても逃げられない絶体絶命の状況での彼女への惚気。あなたの彼氏、大物過ぎ!」
「な、なんかすみません!」
「あなたが謝る必要はないわ。ちょっと唖然としただけだし、あの時の彼の境遇を思えば、それくらいは許容範囲のうちよ」
「そう言って頂けると助かります」
「それにしても意外。スバル君て、グラマーな女性が好きだったのね。旅の間、セクハラな視線を一切感じなかったから、てっきりその方面では朴念仁かと思っていたら、どうしてどうして。おまけに性格もいい。悔しいくらい似合いのカップルね。素敵な彼氏と、早く再会できることを願ってる」
「あ、ありがとう、ございます!」
「さ、これで報告は全部完了! じゃあ戻りましょう」
そう言って、部屋から出て行く香里奈を見送るキョウカに、耳を疑うようなセリフが届いた。
「みんな! 今日は飲むわよ! 香里奈さんと勝負する人はこっちに来て! よく見ればいい男がいるじゃない! えっ、既婚者? それはお断り。彼女持ちも、もちろんお断り。それ以外のメンズ、この香里奈さんと一緒に飲み尽くしよ!」
「「おお——っ!」」
ここで香里奈のキャラ変である。
「なんか、今夜は大変なことになりそう。……でも昴さんたら。私が浮気するわけないじゃない。いつもこっちが心配しているくらいなのに。ね!」
急に賑やかになった隣室の騒ぎを聞きながら、ちょっと照れた笑顔でキョウカはそう呟いた。
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