青空が自粛した日

工事帽

青空が自粛した日

 雨に煙る雑木林。その片隅に隠れるように建てられたタープが一つ。

 タープに跳ね返る雨音の下に、マスク姿の男たちが集まっていた。


「首尾はどうだ」

「抜かりはない」

「約束の物は」

「ここにある」


 中央には炭火台。脇のテーブルには食材が並び、その隣のクーラーボックスには何種類もの酒が納められている。


「くくく、我らが野望は成ったも同然」


 一人の男が炭火で肉を焼き始める。


「然り、然り」


 別の一人はタレを入れた小皿を配っている。


 プシュ。

 ゴクゴク。


「てめ、先に呑んでんじゃねえよ」

「そうだそうだ。先にそっちの野菜並べろよ」

「あいよー」

「喋るときはマスクしろよ」

「あ、いっけね」


 男たちは人知れず準備を進める。

 雨の雑木林に、立ち入る者はいない。静かな空間には雨音と、肉の焼けるパチパチという音だけが響く。

 ゴクゴク。


「このやろう。俺にも酒よこせ」

「ビールでいい? 酎ハイもあるよ」

「じゃあ酎ハイ」


 暗い空に、雨のヴェール。更には、雑木林が目隠しとなる。

 晴れた日であれば汗ばむ陽気となるこの季節。だが、この雨の中では肌寒く感じる季節。そんな中、この地を訪れる者などまず居ない。この男たちが数少ない例外なのだ。

 ならば、男たちの野望は達成するであろう。更なる例外がいなければ。

 肉の焼けた匂いが漂い始める。


「何をしているお前ら!」


 だが、更なる例外が現れた。

 傘をさし、雨の中で立ちはだかるのは、どう見てもそのへんのおっさんだ。


「なにって見ての通りだろ」

「デイキャンに決まってんじゃん」

「ってか、マスクなしで話し掛けないでくんない?」


 立ちはだかるおっさん。だが男たちは歯牙にもかけない。


「今すぐ片付けて帰れ!」


 おっさんは叫ぶ。


「なに言ってんの?」

「自粛警察ってやつかな」

「マスクしろよ」

「俺の言う事が聞けないってのか!」


 言い募るおっさんと、話を聞いてない男たちの攻防は続く。肉は程よく焼けている。


「貴様ら!」


 おっさんが吠える。コブシを振り上げる。おっさん第二形態、最終決戦モードだ。

 だがそのコブシは振り下ろされることはなかった。


「あー、そこまでで。ちょっとお話を聞かせてもらえますか、署で」


 コブシを止めたのは制服姿の警察官だった。帽子から雨が滴っている。その後ろにはこのキャンプ場の管理人の姿もある。


「不法侵入の通報がありましてね」


 そういう警察官につられていくおっさん。

 管理人は簡単に事情を説明してその場を後にした。


「お金払わずにキャンプ場入ってきたんかい」


 雨に煙る雑木林。その片隅に隠れるように建てられたタープが一つ。

 中央には炭火台。脇のテーブルには食材が並び、その隣のクーラーボックスには何種類もの酒が納められている。

 そして、炭火台の上には炭化した肉が一つ、乗っていた。


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