Crow and Eagle -前夜祭-

野間戸 真夏

第1話 私が‘crow’と呼ばれるまで

 懐かしい、J市、K川の堤防を歩けば、地元民から「一本木」と呼ばれる河口の榎の巨木が悠々と聳えている。中学も2年か3年の頃である。あの頃の私はすべてに疲れていた。学校が近付けば足枷が付けられたかの如く動けなくなり、教室では口は動けど掠れる吐息の音すらも洩らす事ができなかった。家庭では毎日仮面を被り平穏を装い、独り部屋に籠っては原稿用紙相手に妄想を書き連ねる。小説の世界で私は孤高の不良であって、気に障る奴等を片っ端からやっつけるのだ。しかし現実はそれを許さなかった。

 あの日も私は学校帰り、独り夕暮れ時の堤防を彷徨い歩いて、もう何処にも戻らないつもりであった。幸いにもこの近くには淀川にまで続く大河だって、深閑たる森ですらひっそりと私を待ち侘びている。しかし何故だかあの日は導かれるように、例の「一本木」に引き寄せられていったのだ。私は「一本木」を挟んで夕陽の対角線上にいた。逢魔が時の日輪に手を差し出したのは無意識に違いなかった。届くはずもない、しかしその刹那大木から飛び出したのは一羽のハシボソガラスであった。小柄な一羽ガラスはしかし死に物狂いで紫翼を羽搏かせ、一直線に沈みゆく太陽に向かって、無謀にも突っ走る。

 「馬鹿だよ...」と、私は産まれて初めて皺くちゃな顔をして泣き喚いた。

 カラスは弱い生き物だ。嚙む力だって弱ければ猛禽のような鋭い爪もない。おまけに臆病で怖がりだ。必死に生きようとしているだけなのに、不器用だから誤解され忌み嫌われる。私とおなじだ。だけど私と唯一違ったのは、奴等は大声で鳴けるところだった。奴等は私に鳴くことを教えてくれた。幾ら貶され、嘲笑われようが、そこに立って大声で鳴くことに意味があると私は知った。

 今カナダの盟友達は私を‘crow’と呼ぶ。お前達も私を仲間と認めてくれるかい?


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