第10話 悪夢
今日、深い夢から覚めるのは何度目になるだろう。
スゥ……――
目を開くと身体を青い炎が包んでいた。それは夢のなか同様に不思議な感覚で、俺は右手をグッ、パッと握ったり開いたりを繰り返す。炎はその動きに合わせて揺らめき、小さな火花すら起こした。それでもまったく熱くない。
「これは……お前の魔法なのか……?」
目の前の白髪の女に注意を向けながら、背後にいる美女に声を掛ける。
エリスは魔法を使っている時のみ現す真の姿で――ゆっくりと息を吸い込んだ。
「――記憶は戻ったか? レクスよ」
「今、グウェンが見せてきたのが俺の記憶だとするなら……」
『メディオラス』――それが俺の本当の名前ということになるんだろう。
エルフとドワーフ、兄であるアルトリジオス、そして赤髪のエリスとともに魔王討伐の旅に出ていたということなんだろう。それが俺の肉体に刻まれた記憶。
だが――
「なんかしっくりこねぇんだよなあ」
「……そうか」
ゴゥッ――!!
目の前の炎が激しさを増して燃え盛ると、グウェンが突然苦しそうに叫び出した。
俺を包んでいた炎はいつの間にか消えている。
「あぁぁぁああっ!!」
「うわっ」
思わず後ずさりすると、背後にいたアランとぶつかる。アランは何事かと顔面蒼白で俺の背中にしがみつき、震えている。分かる。魔法って怖いよな。
「エリス!」
「落ち着け。死霊術によって奪われし哀れな肉体を解放してやっているだけだ」
その言葉を受けて、苦しんでいるグウェンを見ると、義眼の宝石がひび割れ、粉々に砕けていっている。グウェンは苦悶の表情で息絶え絶えに言葉を吐く。
「く……っ。力を失ってもなお、これだけの精霊の加護を受けられるとは……今度こそ……今度こそ、あなたを葬り去ってあげます……よ、エリ、ス……っ」
「私もお主を必ず見つけ出してやるぞ――
「ふっ……ふふっ。あ……あ、憎らしい、でぇ……す、ね」
グウェンの目が閉じられると、フッと青い炎が消える。
フラッ――
糸の切れた人形のようにその身体からあらゆる力が抜けていく。
「……おいっ」
考えるより先に手が動いていた。
細くて軽いが、とても柔らかな肢体が俺の両腕に触れる。次いで、冷たい皮膚の感触とともにグウェンのすべてが俺に圧し掛かる。それは眠っているように美しく、人形のように無機質なものだった。
「……」
俺は、そっと地面に横たわらせた。
「これは、もうグウェンじゃないんだな」
「グウェンが器として選んだものだ。浄化されたため、略奪者を追い出すことができ、ようやく平穏を取り戻せた」
「……アイツは?」
「あれは――離れたところで傷ひとつ負わずに、違う器を動かしていることだろう」
「いよいよ嫌なヤツだな」
「さよう。その『嫌なヤツ』を私はずっと探し続けている」
幼くなったエリスが、そう言ってグウェンが操っていた女性に目をやる。
「あやつが術を使うと器は必ず『白髪碧眼』になる。カティエバの豪商であるアルドフェ・パルゴが買い漁ったと言われていたのは、すべてグウェンの人形であった」
「そうなのか?」
「屋敷で確かめた。そして、あやつの痕跡を辿るために、すべて浄化したが……」
「グウェン本人にはたどり着けてない、のか」
「北のリャティースカへ向かえばもう少し分かるかもしれんな」
エリスの言葉を運ぶように、海風が吹き――彼女の
あの時、夢――グウェンは肉体の記憶と言ったが――で見た赤髪の美女エリスは、間違いなく今は
「エリス」
藍色の瞳をこちらに向けて、エリスが無表情に言葉を促す。
そもそも――
「なんで、グウェンを追ってるんだ?」
そもそも――
「お前は、俺が『メディオラス』だって知ってるのか?」
そもそも――
「魔王討伐ってなんだよ!!!」
俺はそんな記憶も実感も願望もなんもかんもないってのに!
力説の末に、両手を大きく広げて固まった俺を見て、エリスはなぜか微笑んでいた。
「前も言っただろう? 私とお前は初対面だ。お主の名は『レクス』としか知らぬ。魔王を倒した英雄たちについては――知っているが、後でゆっくり語ってやってもよい。なんなら、吟遊詩人に歌わせてもよいな」
「吟遊詩人?」
「五百年以上前のことだが、実によく伝えられている。旋律も美しい」
「ご、五百年……!?」
『メディオラス』ってのは、五百年前の人間だってことなのか!
俺って一体――!?
「落ち着け、レクス。お主はグウェンの見せた記憶に『しっくりこない』と言っていた。グウェンの術でお主がなにか思い出すのではないかと思ったが、どうもうまくいかなかったらしい」
「……ん?」
「やはり、お主に呪いを掛けた人間を探すしかなさそうだな」
「……ちょっと待て、お前、なんか消極的に戦っていると思ってたが……最初からそれを狙ってたのか?」
「その通りだ」
「――うぉい!!!」
エリスが不快そうに耳を塞ぐ。
「大事にならなかったからよいではないか」
「よいではなくないわ! こちとら死に掛けたんだぞ!!??」
「やれやれ……はぁ」
「ため息吐いてんじゃねえよぉぉお!!!」
――こいつこそが
いや、きっとそうだ。そうに違いない。そうじゃないわけがない。
世界を救うのは今度にしないか くまで企画 @BearHandsPJT
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