第5話 そして井上
ということを回想していたら、また釈然としねえことが待っていた。
柏木葵に呼び出されて入ったカフェの、その席で俺を待ち構えていた顔だ。
「ご依頼はこちらから。
成功報酬は、私と君で。そういうことで.」
おいおい柏木、その男はなんだ。
入学以来、女がらみでろくな噂を聞かない小田島じゃねえか。
「なんだよ葵、こいつかよ」
小田島と対面するのは初めてだったが、俺を見るなりこいつ呼ばわりとはどういうことだ。無礼千万だった。
そして、葵、だと。呼び捨てってどういうことだ。
「ははは」
とはいえ俺もいつものように白々しかった。笑ってやり過ごすのだが、目は笑っていなかったかもしれない。
「あのね、小田島くんはね、」
柏木が手短に話すところによると。
最近、小田島の本命の女が誰か(名前は聞いたが、俺の知らねえ奴だ)に一目ぼれしたらしく、別れ話を切り出してきたという。
その件を俺になんとかしろ、と言うことだ。
「なんとかなるもんかねえ」
そもそも一目ぼれは何秒なのか。五秒でいいのか。消したからといって、相手に抱いた好感まで消えたりするものなのか。
「まあ、うまくいかなかったときは、あとくされなく単に報酬なしだから気にしないで」
「葵、お前のこと信用してねえ訳じゃねえがな、」
なんでこいつら、見ていて距離が近いんだ。
「わかってるわ。彼女ちょっと、雑誌モデルだからって浮かれてるんですもの。きっといっときの気の迷いだわ。
これで彼、頼りになるのよ。見かけによらないものよ」
手を握り合って、こいつらは何を言っているのか。
話の内容と二人の様子のかみ合わなさに俺はむかついてきた。だいたい小田島は、俺のことをどこまで知っているのか。
「ああ、ああ、ああ、ああ。……考えさせてくれ」
すると小田島は話が違う、と、ゴネはじめ、その機嫌も取るのか柏木は。
なんだこの二人。
* *
「気にしなくていいのよ。小田島くんに能力のことは伝えてないわ。それに、この程度の利益追求を、機構はとがめたりしないわ」
柏木は小田島を帰らせ、俺を説得しようとし始めるのだった。
「そういう話かよ」
「あなたはもう機構の監視下にあるんだから、むしろ積極的に試みるべきなのよ。
つまり、一目ぼれは五秒なのかどうか。いいテーマだわ」
他人の記憶に干渉することについて、柏木とは話が合わないようだ。そしておそらく機構とも。
「それにしても小田島、言うことと要求の意味がわからねえのはともかく、どこからそんな金出てくるんだよ」
本命の彼女の件をなんとかすれば、二十万出すそうだ。
「それで。
そうすれば必ずその本命ちゃんが自分になびくと思ってるのも、ずいぶんおめでたいんじゃねえか」
「あら、そう思わせておけばいいわ。だって、なびかなかったら、そのときは、ね」
柏木の目が艶っぽくなったので、俺はそれきり話すのをやめた。こいつの目論見も意味がわからねえ。
「まあ、少し考えてみて」
柏木も忙しいらしく、この件はここでとりあえず終わった。
「五秒、か」
五秒。
(確かに、柏木は一回五秒で事足りたけどな)
* *
「あー!! ねえねえねえ、狭間ちゃん狭間ちゃん、いやいやいや、思いついたんだけどさ、」
また井上が何か思い付いた。
「こないだの飲み会、参加した女子が全員小田島の被害者でさ、話題が被害者の会みたいになって、参ったんだぜ、はははは」
「それで」
俺は周到に《五秒》を選んできた。それがせめてものこの能力を持った者の《誠実》てもんだ。
「それでさ、小田島の奴、そろそろ誰かになんか仕掛けられてたりしてな。はははは。
なんか、ってなんか知らねえけど」
「いつも、《なんか》、は、わからねえのな」
俺も笑う。
井上に、他意はない。
俺は、柏木が井上の例のことを《確信》した、その《五秒》を何度も厳選してきた。
井上は、他人の事情を言い当てる。偶然ではなく。
だが、自覚はない。
井上に、他意はない。
柏木がまた気を変えて井上の読み取りを再開すれば、いつかは俺もしくじるかも知れないが。
井上、お前には余計なことかもしれないが、今のまま、ウザい謎のモテ男として普通に生きていきたければ、わずらわしい機構になんぞ関わるもんじゃねえ。釈然としねえぞ。
五秒ではどうにも 倉沢トモエ @kisaragi_01
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