第4話 休み時間

 五秒。


 それは先日の検査で結論付けられた数字だが、初めてこの能力らしきものに自分で気づいた時は、それが作用したのはもっと短い時間ではなかったのか、と感じていたのを覚えている。


「……」


 小学四年生の時の教室。体育の時間をひかえた休み時間終了のチャイムが鳴り始めた時だ。

 全員体操着だった。その日は運動会の競技説明と、リレーのメンバー選抜などから入ることになっていたので、みな教室で着席して待機することになっていたのだ。


「……」


 なぜこの記憶について俺が黙りがちなのか、最後まで聞いてくれればわかる。


 佐々木義孝だ。それに、伊藤涼介。

 名前まではっきり覚えている。佐々木がお調子者で、伊藤がそれに輪をかけてのお調子者だった。つまりこの二人はこの日のこの時、休み時間終了など構わずふざけていたのだった。


 よくあることだが、佐々木が自分の机の上で立ち上がり、叫び声をあげながらチャイムの音に合わせ踊っていたところに伊藤がふざけてつかみかかった。


 その手は、体操着の腰あたりにかかっていた。


 瞬間。


「あっ!」


 佐々木の声がして、俺は見なければよかったと思った。


 ほんの一瞬のことだったのだが、伊藤は佐々木のズボンをパンツごと下げ、佐々木の下半身は教室内にさらされた。

 佐々木はその後必死でズボンを上げたため、じつに一瞬のことであったが、俺と同様、声に反応し視線を向けたクラスメイトは少なくなかった。


(なんでだよ)


 俺は、嫌悪感でいっぱいになった。佐々木がさらしたパンツの中身そのものに対してではない。

 当時俺はあの年ですでに、教室で起こりがちなこうした場合のクラスメイトたちの反応に、うんざりしていた。

 悲鳴が上がるのも、囃し立てる声がひとつ上がれば、続いていくのも、先生を呼びに行く奴も、男子サイテーとか団結する奴も嫌いだ。


 み ん な わ す れ れ ば い い の に 。






「あ……あぶねー、セフセフ」


 だが、俺が嫌悪したような展開にはならなかった。


「なあんだ、伊藤くん、ふざけてないで座りなよ」

「佐々木、よかったな、ギリ助かった」


 クラスメイトたちは、佐々木の決定的瞬間を見ていないような口ぶりで、先生来るから早く、と、二人に着席を促しはじめたのである。


「今の佐々木くんさあ……」


 俺はこの流れが理解できず、隣の席の相沢瑞希に話をふってみた。

 すると、相沢はこう言ったのだ。


「伊藤くん、もう少しで下ろしちゃうとこだったね。よかった佐々木くん止められて」


 佐々木の尻を見た、というのは俺の妄想か。

 いや確かに見た。

 だが、この雰囲気でそれを主張したところでどうなのだ。


 おまえらも見ただろ、佐々木の尻を。


 いや、そんなことをわざわざ主張する俺がやばいだろ。


 そのタイミングで担任が教室にあらわれ、この件はますます曖昧になり、以降誰も話題にしなくなった。


 俺の釈然としない気分と、佐々木の尻の記憶だけが現在に至るまで残っている。


 よく考えれば、佐々木を恥から救ったのに、俺だけがこの先も佐々木の尻の記憶とともに生き続けるんだから、本当に釈然としねえ。

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