第18話:入れすぎた砂糖
***
「お邪魔します」
「うん、上がって!」
テスト期間の土曜日。私は彼と一緒にテスト勉強をすることになった。
彼くんと言えば、成績で言えば上の下。流石、クラスの人気者は運動もできて勉強も結構できるんだと驚いたのを覚えている。
そんな彼に私が唯一勝っていたのが、勉強なのである。
私は特に苦手な教科はなかった。この頃の私といえば、勉強以外には絵を描くことくらいしか取り柄がなく、絵を描いていないときは基本勉強ばかりしていたので、テストの順位はそこそこよかったのだ。それも学年で一桁の順位を取るくらいには。
だから彼が私に勉強を教えて欲しいと頼ってきた時は、本当に嬉しかった。
私も彼の力になれることが何よりも。
「夢野さんの部屋、すごくいい匂いがする」
「ふぇ?」
「あっ……ごめん。今のはキモいな」
私の部屋に入って開口一番彼はそう言った。そしてすぐに恥ずかしそうに頬を掻いて謝った。その顔がたまらなく愛しく感じた。
「ううん、その……ちょっと嬉しいかも」
我ながらなかなかの爆弾発言だったかもしれない。
この日のために頑張ってお掃除した甲斐があったというものだ。
「適当に座ってて? 私何か飲み物入れてくる!!」
自分で発言しておいて、恥ずかしくなった私は少し心を落ち着かせるために、部屋を後にした。
キッチンについた私は考える。
確か、彼はいつもコーヒーを飲んでいた気がする。
ちょうど、ドリップ用の本格的なコーヒー豆がこの日は家にあった。
お父さんがコーヒー好きでかなりのこだわりがあり、ちょうど家にもこの間買ったばかりの豆があった。
「お父さん、ごめんっ!」
今は家にいない父親に向かって謝った。
挽き方はお父さんに教えてもらっているので、私はそれを使って彼に美味しいコーヒーを飲んでもらうことにした。
完全に浮かれていた。
好きな人に喜んでもらえると思っただけでお父さんの大切にしている豆をいとも簡単に使ったのだから。別に怒られることはないと思うけど、初めての試みだった。
「えっと、砂糖とミルクはいるのかな?」
カップに二つ。挽きたてのコーヒーを入れた後、飲み方について考える。
確かいつも彼は、コーヒーはブラックで飲んでいた気がする。それを見て、大人だ! って思ったことを覚えている。
彼にはそのまま持っていこう。一応、市販のミルクとシュガーを一つずつ持っていけば問題ないだろう。
私はと言えば、苦いのは全くダメ。甘い甘〜い、砂糖をたっぷり入れたコーヒーがお好みだ。
私は自分のカップに角砂糖をボトンと落としていく。
彼喜んでくれるかな? 高級豆だって言っていたけど、味分かるのかな? 彼だったら分かるかもしれない!
ボトンボトン。
やっぱり彼ってすごい……。
コーヒーの味が分かる男の人ってかっこいい。
ボトンボトン。
美味しいって褒めてくれたらどうしよう!! 頭撫でてもらえるかな?
〜〜〜〜っ! それだけで絶対に顔ニヤケちゃう自信ある。そんな顔見せられないよ……。
あ、そうだ。今のうちニヤケておこう。
「えへへ」
ボトン
「あ」
気がつけば大量に角砂糖を投入して混ぜていた。
「いけないいけない。これ以上入れたら甘々になっちゃう」
何個入れたかもわからなくなったけど、多分大丈夫。
そしてミルクもたっぷり入れた。
私はカップをトレイに載せ換え、クッキーと一緒にそれを部屋まで運んだ。
「綾辻くん、お待たせ」
「ッ!?」
「あれ、どうしたの?」
私が部屋に入ると彼は、一瞬体をビクつかせたような気がした。
そしてやたら背筋をピンと伸ばして姿勢良く待っていた。
「あ、いやなんでもない。飲み物持ってきてくれてありがとう」
「どういたしまして。何がいいか聞かなかったけど、コーヒーでよかった?」
「うん。コーヒーがちょうど飲みたかった」
優しい人だな。そう思い、私は机の彼の前に置いた。
「おお。なんだか、すごいいい匂い」
「あ、分かる?」
流石私の綾辻くんだ。
違いのわかる男ってかっこいい。
「実は少し、いい豆があって挽いてみたの。美味しいといいんだけど……」
「大丈夫。夢野さんが入れてくれたなら絶対美味しいよ」
「────っ!!」
彼はニコッとこちらに微笑んだ。
その威力が凄過ぎて、鼻血が出そうになったのは内緒だ。
「それじゃあ、頂きます」
ドキドキしながら彼が持ち上げたカップを口につけるのを見守る。
そしてゆっくりと中身が減っていく。
「うぐっ」
「?」
どうしたんだろう。彼は急にカップを口から離し、奇妙な声をあげた。
も、もしかして美味しくなかった?
ああ、やってしまった。せっかくいいところアピールしようと思っていたのに……。高級豆って挽き方違うの? 最悪だ……。
「ご、ごめん。口に合わなかった?」
「あ、いや……その砂糖めっちゃ入れた?」
「え?」
私は慌てて、もう一つの方のカップに入っているコーヒーを口に含んだ。
あ、甘い……。しかし、私にとっては許容範囲内だ。
え? でも私片方にしか……。
「あっ!」
きっとあの考え事してた時だ!! あの時何にも考えずに両方のカップに角砂糖をいっぱい入れちゃったんだ……。
ああ〜〜バカバカ。いい豆だと美味しいと思って調子に乗った結果がこれだ。
「ぅぅぅ、ごめん……入れ直してくる……」
もはや私は泣き出す寸前だった。目頭が熱くなっていた。
「いやいや、いいよ。夢野さんがせっかく入れてくれたんだし、飲むよ! それにこういう甘いのもたまにはいい」
「ぐすっ……どうして?」
「……だってこれを飲むたびに夢野さんとの甘い雰囲気を思い出せそうだから……かな?」
「ぅぅぅぅ〜〜〜〜」
「え!? 夢野さん!?」
結局、嬉し過ぎて涙腺は崩壊した。
***
ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!
苦い苦いコーヒーが飲みたぃぃ!! ブラックコーヒーが飲みたいぃ!!!
あまりの甘い思い出に一人勝手に悶えてしまった。
なんだ、そのキザなセリフは!? あの日の彼は一体どこへ行ってしまったの!? カムバック綾人くん!!
「おい、何一人で小躍りしてるんだ」
「はぁ? 別にしてませんけど。じゃあ、注文受け取ったんで下がりまーす」
「あ、こらっ!」
私は逃げるようにアイツと清藤くんの座る卓から離れた。
そして戻る途中で、思い返す。
「……あれ、じゃあ甘いのを食べるようになった理由って……?」
ふと私の脳裏に一つの答えが浮かんだが、私は頭を振り、その考えを消し去った。
そんなわけはない。そう思った。
「陽毬さん。オーダーです」
少しだけ感傷的になったところで厨房で暇そうにしていた陽毬さんに先ほど受け取った注文の内容を伝える。
「あーい。だるいなぁ」
「聞かれたら問題ですよ」
「今度教えるからさっ。結亜ちゃん作ってみない?」
甘いもの好きであれば、確かに作り方をマスターすればアイツを手玉に取れる。……悪くない。って一人暮らしのあんな狭いキッチンでそんな本格的なパンケーキ作れないってば。
「いいから作ってください」
「はーい」
その間に私はコーヒーとアイスカフェラテを入れ、席へと持っていく。
その時は必要以上の会話はしなかった。清藤くんも何か空気を察してか何も言わなかった。
そんな二人を遠目に私は見ていた。
彼は角砂糖を何個も何個もコーヒーに入れていた。
うげぇ。見てるだけで甘ったるい。
そう思えるのは成長した証だろう。今は、ほとんどブラックしか飲むことはない。
そして二人はコーヒーを飲みながら、後で運んだパンケーキを食べながら楽しそうに笑っている。
その笑顔は間違いなく、あの頃にも見た柔らかな表情だった。
……一体彼に何があったのかはわからない。
なんで昔みたいに明るくみんなの人気者だった綾人くんでいないのか、私には理解できなかった。
友人の前でしか自然な笑みを浮かべない彼。
離れてしまったこの二年という月日が一体彼をどうしてそんな風に変えてしまったのだろう。
考えるだけ無駄だった。私が何者でもないなら聞くことは簡単だったかもしれない。
それでも私自身、この二年で同じく大きく変わってしまったから。そのことを他の人には聞かれたくなかったから。だから、私も同じように彼には何も聞かなかった。
「はぁ。帰ったら久しぶりに甘いコーヒーでも飲もうかな」
バイトが終わるまでまだ少し時間がある。
偶には、昔のような気分に浸って時間が過ぎるのを待ってみてもいいのかもしれない。
清楚系地味子だった元カノが小悪魔系ギャルになってお隣に引っ越してきた件。 mty @light1534
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。清楚系地味子だった元カノが小悪魔系ギャルになってお隣に引っ越してきた件。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます