第14話 憧れる少女

 日が落ちたその日の夜。とある一軒家の二階、そこの一室にあかりが入って来た。

 風呂上がりなのだろう、鼻歌交じりに長い髪を拭いている。機嫌が良いのか、タオルを投げ出すと軽い足取りでベッドに倒れ込んだ。


「はぁ……。今日は良い日だったなぁ。まさかまた会えるなんて」


 自然と笑みが溢れる。また会えた、それも直接話せた。写真やテレビ、ネット等で見る事は出来ても、ヒーローと直に会話するのはそう簡単にはいかない。ファンからすれば涙が出る程だ。

 しかし彼女は知らない。クリーチャーマンのファンは皆無な事を。自分が送ったファンレターが初めての、唯一のものだと。


「ん?」


 ベッドに寝転がっていると、枕元に置かれたスマホが鳴る。起き上がり取ると、画面には鈴の名が出ていた。

 口元に笑みを浮かべ電話に出る。


「鈴?」


『やっほー。今暇?』


「ううん。お風呂から出だとこだから大丈夫だよ」


 あかりは再びベッドに寝転がる。


『いやー、今日はなかなかの収穫だよ。生ヒーロー見れただけでも重畳なのに、あかりの推しなのは熱いね』


「私もまた会えて嬉しい。正直、また話せるとは思ってなかった」


『…………』


 鈴は電話の先で口を閉ざす。まるで何かを考えるかのように。


『あかりさ……少し変わったよね』

 

「そうかな?」


『うん。中学の頃なんかもっと静かだったし。やっぱりこの前の事件からかな。何だか覚悟を決めたと言うか、肝が据わってるって感じ』


「……そうかもしれない。フラッシュバックとかもないし、あれに比べれば不良生徒くらい平気かな。もしかしたらクリーチャーマンさんのおかげかも」


 恐さの桁が違うからか、それとも目の前で戦うヒーローに勇気づけられたのか。もしかしたら両方なのかもしれない。不思議と言い寄る倉敷の事もあしらえる。


「ヒーローって凄いよね、助けてくれて勇気も貰えて。鈴が夢中になるのも解ったよ」


『…………あかり』


 不意に鈴の声が重々しくなる。


『まさかとは思うけど、本気になってないよね? 相手はヒーローだよ』


「本気?」


『ファンが本気の恋愛になる、所謂ガチ恋ってやつよ』


「あー……成る程ね」


 鈴の言い分はよく解る。絶体絶命のピンチに颯爽と現れ助けてくれるヒーロー。そんな夢物語にときめく人が皆無な訳がない。

 その状況にあった自分はどうなのかは、あかりは理解している。自分の気持ちが何なのかを。


「大丈夫、私を助けてくれたのも仕事だって理解してるし」


『なら良いけど。強気になったのは悪くないよ』


「うん。それに、ちょっとどうにかしないといけない状況だもん」


 あかりは深いため息をついた。

 彼女を悩ませているものは一つしかない。


『倉敷君かぁ……』


「そうなんだよ。本当にしつこいし、なんだか……ね? 関わりたくないんだけどなぁ」


『そうだよねぇ、見るからにザッ不良だし。あいつ、あかりの胸しかしか見てないもん。最低だよ』


「え、ちょ!」


 思わず起き上がり慌てふためく。言いたい事は解るが、こうもストレートに言われると恥ずかしい。


『アハハハ。でもああいうのを追い払うのに能力は欲しいよね。あたしもアウェイクスだったらなぁ……。ディバインセイバーみたいなのなら、簡単に返り討ちだよ』


 電話の先で笑う鈴に、あかりは暗く視線を落とした。何か思い詰めたように、スマホを持つ手に力が入る。


「…………返り討ちねぇ。確かに、自分の身を守るにはあって損は無いかもしれない。けど、人を傷付ける力は怖いかな。常に刃物を持っているみたいで」


『成る程ね。今でもアウェイクスを怖がる人は少なくないけど、その力を正しく使ってる人ま沢山いるんだから。それはあかりも知ってるでしょ?』


「そうだね……」


 正しく使う者とはヒーローの事を言っているのだろう。 勿論あかりも解っている。実際ヒーローに助けられた一人なのだから。


『あたしもアウェイクスになれないかなぁ。今の所、イギリスで七十のおじいちゃんが発現したのが最年長みたいだし』


「ならない人もいれば生まれつきの人もいるからね。もしかしたら明日なるかもしれないよ」


『わぉ、ピンチに力が目覚めるとかだったら熱いシチュだよね……っと。ごめん、ママが呼んでるから切るね』


「うん、また明日学校で」


『じゃあねー』


 電話が切れ、あかりは静かにスマホを手放す。


超能力に目覚めた者アウェイクスか……」


 現在、アウェイクスの人口はは人類の二割少々。更に年々増加している。生まれつき力を待つ者、ふとした事で能力に目覚めた者とその人数は増えている。

 コアは癌のようなものだ。いきなりその身体に芽生え出鱈目な力を与える。

 あかりは自分の額に手を置き軽く撫でる。


「ヒーローって凄いなぁ、何の戸惑いも無く力を使えて」


 頭を過るのはあの日の事。目の前にあらわた異形のヒーローと獣人の取っ組み合い。爪と牙がぶつかり合う光景は忘れられはしない。

 身体から伸びる触手、血と共に吐き出した弾丸、人間とかけ離れた肉体。クリーチャーマンの姿は名前通り化け物クリーチャーだ。

 それでもあんな醜悪な力を正義の為に振るう。その精神はあかりにとってヒーローそのものだった。

 憧れ。そう、憧れだ。素敵なアイドルを見つけた、それと同じ。

 そう思いながらあかりは目を閉じる箆だった。

 

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クリーチャーマン~底辺Fランクヒーローですが、正義の心はSランクに負けません~ 村田のりひで@魔法少女戦隊コミカライズ決 @ymdhdnr

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