第13話 信念を抱くとは

 そこからはどうやって帰ったのか曖昧だった。トルネイダーが搬送され、ロボットの残骸を警察に引き渡し、自身も亮太郎に連れられ事務所に戻ったのは解る。だが優介の心には大きな雲がかかっていた。

 何を目的としていたのだろう。そんな自分がヒーローでいて良いのだろうか。そして何よりも、新月丸の、尊敬する先輩の足枷になるのが心苦しい。

 事務所の駐車場でスクーターから下りると、亮太郎は少し心配そうに顔を覗く。


「じゃあ私は報告に行く。優介君」


「はい」


「あまり気にするな。君は立派なヒーローだよ。私だけでなく、事務所のみんなが認めている」


「……ありがとうございます」


 その礼に一抹の不安を感じるが、亮太郎は事務所へと向かった。

 一人残された優介は深呼吸をすると、彼身体が展開し中から制服姿の優介が現れる。クリーチャーマンとしての外皮は細い触手に変形し、袖口から優介の体内へと吸い込まれてゆく。

 骨の鎧を着た人型の肉塊は消え、そこにはただの男子高校生がいた。

 何をもってヒーローとなるか、何の為にヒーローになるか。確かにそれは重要な事だ。信念があってこそ正義を名乗れるのだから。

 自分の想いは正しいのか。本当にヒーローとしての心構えがあるのか。トップヒーローに詰められれば疑問に感じてしまう。


「……僕は」


 まるで頭に靄がかかったようだ。考えがまとまらず自我すら曖昧になる。

 ふらつく思考を、背後から聞こえた声が連れ戻す。


「優介」


「連先輩?」


 振り向くとそこには連が歩いてきた。


「さっき亮太郎さんとも会ったけど、いろいろあったみたいだな」


「まあ……」


 言葉が出ない。表情も暗く目を合わせなかった。


「ディバインセイバーに何か言われらしいな。来な」


「実は……」


 重々しく歩きながら口を開く。

 何があったのか。何を言われたのか。ゆっくりと優介は語る。

 その間、連は口を挟まずじっときいていた。優介の気のすむまで待つように。

 そしてロビーに着きソファーに座る二人。


「……成る程な」


 連は静かに頷いた。


「まあ、あいつの言ってる事……てかあいつのヒーロー像も間違いじゃない。一理あると俺も思ってる」


「先輩もですか?」


「考えてみろ。俺達ヒーローは軍事とは真逆のアプローチでできている。機能性なんか無視した滅茶苦茶な存在だぞ。それに意味を持たせるなら……解らなくはない。けどな」


 その目には静かに燃えている。怒りとも情熱とも見える強い輝きだ。


「それを絶対な正義とするのは違う。それに優介を否定するのも」


「え?」


「守るだなんておおいに結構。社長だって言ってたじゃないか。古いヒーロー像を持って、それを仕事にしろと。お前はまだ新人なんだ。これからもう一皮剥けて自分の信念を見つけて成長すれば良い」


 肯定しつつも後押しする。その姿勢に驚きながらも心が洗われる。

 まだまだこれから。この先に自分の目指すものを探し出すのだ。


「…………はい」


「まっ、誰だって目標を手探りで探すもんさ。それよりも……」


 今度は苛立ったように眉間に皺を寄せた。ため息もつき、頭を搔きながら足を組んだ。


「俺の後輩をボロクソに言いやがって。意識高いのはいいが、度が過ぎるっての」


「あ、あはは……」


 連が怒るのは珍しい。いつも飄々としている彼の口調とは別物だ。

 そんな普段と違う彼の様子に、優介も苦笑いを浮かべる。


「だいたい、他所の事務所のヒーローにあーだこーだ言うのがナンセンスなんだよ。こっちの内輪問題だろうが。それに、俺は足手まといなんて思ってないぞ」


 優介に微笑む。屈曲ない笑みに言葉が出ない。


「優介も亮太郎さんも大切な仲間だ。それに俺はジャスティスターの一号ヒーロー。社長と一緒に立ち上げたここを、俺は捨てたりはしないさ。大手に勧誘されても、ソッコーで蹴るね」


「…………凄いですね、先輩は。悩んでたのが馬鹿らしくなっちゃいます」


「気にすんな、誰だって悩むもんさ。そうやって成長すんだよ。ただその切っ掛けは忘れるな。それがお前の正義の根幹なんだから」


「そうですよね。僕ももっと頑張って、自分の目指すヒーロー像を見つけて、先輩に追い付けるようになります」


「期待してるぜ」


 ふと優介はある事を思い出す。一つの疑問、知らない事、好奇心よりも参考にしたい気持ちが表に出る。


「そういえば先輩はどんなヒーロー目指しているんですか?」


 これはとても興味深い。日本ナンバーツーのヒーローがどんな思想でヒーローをしているのか。優介だけでなく世間も聞きたいだろう。

 その答えは如何なるものか。ワクワクとした気持ちで目を輝かせる。

 だが……


「ないしょだ」


「ええ……」


 誤魔化すように笑う姿に、思わず肩を落としてしまう。


「んな顔すんな。俺の事聞いて従うより、自分で見つけるのが一番で言いふらすもんじゃないんだ。あー、少しヒント言うなら、社長の影響が大きいってとこかな」


「は、はあ……。でも、それもそうなのかな。自分なりのをヒーロー像を考えて、その信念で頑張れば良いのかもしれません」


 なんとなくだが納得はできた。焦る必要は無い、今の心を恥ず必要も無い。

 まだまだ新人ヒーローなのだ。小さな正義感を大きく育てる時期なのだ。

 完全に受け入れてはいないが、少しだけ楽になった気がする。


「そういうこった。悩め悩め少年。悩んで成長しろよー」


「少年って……。先輩もまだ二十代じゃないですか。若いのに、おじさんみたいですよ」


「だけども優介は現役高校生じゃんか。十代は少年だろ。……ああ、そういえば」


 何か思い出したように表情を変える。


「亮太郎さんに調べもの頼んでるんだって? 何かあったのか?」


「その件ですか。実は裏金とかで事件の揉み消しをしてるって、学校で噂を聞いたんです。生徒の起こした事件を親がって」


「なんじゃそりゃ。なかなか面白そうな事件だけど、俺には専門外な話だな。亮太郎さんに任せて正解だよ」


「僕もなんですけどね」


 思わず苦笑い。優介も荒事は得意だが、細かい仕事は苦手。

 情報収集、捜査、それらは亮太郎の本分だ。


「表に出れない被害者もいるみたいですし、事実なら早くなんとかしないと」


「……それで良い」


「え?」


「その気持ちだよ。それがヒーローの一番大切な気持ちだ。忘れるなよ」


 そう言うと連は立ち上がり、手を振りながら立ち去る。

 彼の背中を見ながら優介は拳をゆっくり握る。

 間違いじゃない。彼の言葉が心の影に光を差した。

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