第12話 人気者
そんな騒がしい空気の中、優介は急いで亮太郎の方へと向かう。
「先輩」
「大丈夫だ。よくやったなクリーチャーマン」
「ありがとうございます。ですが……」
周囲の被害は最小限に抑えられたと言えよう。しかし一人だけ、再起不能となった男がいる。
「クソっ、クソ! ふざけんな。どうして俺が……」
「落ち着くんだトルネイダー君。怪我は浅くないんだ。出血が酷くなる」
「黙れぇ! 何で俺がこんな目に……アウェイクスじゃなくなったら、ヒーローを続けられないじゃねぇか。ちくしょう……」
うつむき今にも泣きそうな声に二人は思わず言葉を失う。コアが無ければ事は能力を失いアウェイクスではなくなる。そしてヒーローはアウェイクスでなければなれないのだ。
彼はヒーローである資格を失った。それがどれだけ苦しいかは想像できる。
「君が辛いのはわかる。しかし今は手当てが先だ。クリーチャーマン、救急車を」
「は、はい」
「皆さんも離れてください」
周囲を人だかりを追い払い、優介は救急車を呼ぼうとする。
その時、亮太郎の動きが止まる。
「…………っ!」
耳が、鼓膜が、それを伝う神経が。彼の聴覚が告げる。
地下を動くモーターの音を。ガチャガチャと喧しい金属の足音を。
「まずい、もう一体いるぞ!」
「へ?」
何の事かわからずすっとんきょうな声が出る。
優介は解らなかった。何が近づいているのか、亮太郎が何を言っているのかを。
気付いた時には直ぐ傍の背後。あの黒いロボットがマンホールを弾き飛び出してきた。
「なっ!?」
反応が遅れた。油断した。機能停止させ終わったと思っていた。それはここにいる全員がそう思い込んでいた。
もう一体潜んでいるのは想定外。それを感知出来たのは亮太郎だけ。
迫る鉤爪、それを避ける時間はもう無い。
「しまっ……」
やられる、その一言が脳裏を過った瞬間。
「ブレイドウェイブ!」
何かがロボットを突飛ばした。その瞬間、人々からどっと歓声が沸き上がる。トルネイダーが決めた時よりも大きな声だ。
「すっげぇ、こんな所に来るなんて……」
「嘘、本物!?」
誰しもが目を疑い歓喜する。そして優介も驚きのあまり言葉を失った。
「ふむ。油断するとは……愚かな」
赤いボディースーツの上から、全身に剣を張り付けた鎧の騎士。ニメートルはある剣が浮かび、そこにサーフボードのように乗る一人のヒーロー。
「ディバイン……セイバー」
日本一のヒーロー、ディバインセイバーだった。
「この程度で新月丸の後輩を名乗るとは、片腹痛いな。良い機会だ、少し文句を言わせてもらう。だが、その前に……」
彼の手元に光が集まり、粘土のように形を変化させ一本の剣へとなった。剣は宙を浮き、切っ先をロボットの方へと向けた。
「お前のようなガラクタの相手をしていられないのでな。即破壊させてもらう」
剣に触れぬまま手を振る。その動きに合わせるかのように剣はロボット目掛け飛んだ。まるで一つの生き物のように。
剣は一撃でロボットを貫き、その機体を空まで軽々と引っ張る。空には既に無数の剣が取り囲むように待ち構えていた。
「いけぇー!」
人々の歓声も釣られるように大きくなる。期待と歓喜に溢れた声に皆の心が躍っていた。
優介もこの歓声に乗せられるように心がざわつく。何が起きるのか、わかるからこその
高揚感。
その声に応えるようにディバインセイバーも一歩づつ前に進む。
「必殺技とは断罪の証明。散りゆく悪意は平和を告げる花火」
手を握ると周囲の剣が一斉にロボットに突き刺さる。ハリネズミだなんて生易しい、剣の塊へと瞬時に変わった。
ディバインセイバーはそれを確認すると、おもむろに自分が乗っていた剣から降り、それを手にする。
「断邪剣、クライシスエンド!」
剣が伸びた。数十メートル、上空に浮かぶ串刺しのロボットまで届く程に。
全てを凪払うかのような巨大な剣。突き刺さった剣ごと真っ二つに切り裂かれ、彼の言葉通り花火のように爆散した。
「…………凄い」
優介は呆気にとられるだけだった。いとも簡単に破壊する力、容赦無い攻撃に見惚れてすらいる。
先程のトルネイダーの時以上の喝采すら耳に届かない。まるで他にヒーローは存在しないかのように、全てが彼を称える。
だがそんな音を無視するように、ディバインセイバーはじっとこちらを睨む。
手を振るうと持っている剣が元の大きさにもどり、更に大く鉄板のような剣が現れ、人だかりから隔離するように周囲を囲む。
「無様だなトルネイダー。コアを失うだなんて、承認欲求を満たす為にヒーローになるような男には相応しい末路だな」
トルネイダーの事を言っているのだろう。自分達の事ではないとはいえ、そのきつい物言いに優介は思わず声を荒げる。
「そんな言い方は……」
「事実だろう。それよりもクリーチャーマン、バットコード。君達に言いたいがあるんだ」
二人の頭に疑問符が浮かぶ。実際の所、彼らは全くと言っていい程関わりが無い。ナンバーツーである新月丸ならばともかく、直接会話をした事すらない。
「……言いたい事」
「そうだ。あの小さな事務所といい、君達といい、いい加減新月丸の足を引っ張るのを止めてほしい。彼はもっと高見を目指せる男だ。君達のような半端者のヒーローとは違う」
「半端者?」
「ああ。戦う力無き者、世間から嘲笑される者。そんな君達はヒーローではない」
その言葉に優介達は反論出来なかった。何故なら、現に人々からそう言われ続けているからだ。
「……何故我々ヒーローはこんな派手なコスチュームを着ているのか。何故必殺技を使い悪を討つ事を求められているのか、考えた事はあるか?」
「それがヒーローとしてのイメージだからじゃ」
「浅はかだな。これはヒーローの力と威厳を知らしめる為だ」
「へ?」
「…………なるほど」
承認欲求と何が違うのか優介には理解出来なかったが、亮太郎は違うようだ。優介の様子を察し軽く咳払いをする。
「問題は誰に、どんな意図でだ。そうだろう、ディバインセイバー」
「年長者なだけあって理解が早くてたすかる。そうだ、ヒーローの力を脅威とし、それを犯罪者へ見せ付けるのだ」
「…………」
その言葉の意味を優介も理解した。ヒーローと敵対したくない、そう思わせるのが目的なのだ。
「ヒーローと言う圧倒的な存在を恐れる、それが犯罪の抑制に繋がるのだ。抑止力、それがヒーローだ。そして君達は真逆なのだよ」
「逆?」
「そうだ。力や地位が低いヒーローがいれば侮られる、軽んじられる。犯罪者を増長させる邪魔者なのだ」
そこまで言われて黙ってはいられない。優介の心に怒りの炎が灯る。
「僕達もヒーローとして真剣に戦っています! 先輩だって……」
「ならば聞こう。君は何の為にヒーローとして戦う? どんな信念を持っている」
一瞬優介は立ち止まった。自分の中にあるヒーローの信念、それが何なのか考える。
「……みんなを守る為だ」
「そんな曖昧なものだとは、恥ずかしくないのか? 金や名声の為にヒーローになった者の言い訳と同レベルだな。それは君の信念ではない」
鼻で笑うディバインセイバーに亮太郎も少しばかり怒りを露にする。
「ならばディバインセイバー、君はどうなんだ?」
「先程言った通りだ。あらゆる罪の抑止力となる、それが私の目指すヒーローだ」
剣を地面に突き刺し、堂々と胸を張り高らかに叫ぶ。
「人々の希望、悪の絶望。そうなる為に私は強くなった、地位と知名度を手にした!」
サイレンの音が近づく。誰かが救急車を呼んだのだろう。
ディバインセイバーは剣を投げその上に乗る。
「新月丸は私と並び立つに相応しいヒーローだ。彼の足手まといを続けるのなら、私は許さない」
周囲を囲む剣を引き連れ、ディバインセイバーは空の彼方へと飛び去ってゆく。
その様子を優介はただ呆然と眺めていた。
「……信念じゃない」
そう呟きながら。
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