第11話 鎮圧

(今のは、まさか……)


 威勢よく出たものの、嫌な予感に優介は身構える。そんな彼を無機質な目がこちらをじっと見ていた。狙いを定めるように。


「う……ぐ。この、野郎……!」


「トルネイダー君、動いたらダメだ」


 背後ではトルネイダーが起き上がろうとするも、亮太郎はそれを止める。彼の怪我は命には関わらないが、決して軽くはない。

 それでもこの青いヒーローは止まらぬ怒りを、黒い機械人形に向けていた。


「黙れ! あいつがロボットだ? そんなデクに負けたなんて、笑い者じゃねぇか!」


 手を前に、ロボットの方へと向ける。


「ぶっ壊れろ!」


 痛みを誤魔化すように叫んだ。

 が、何も起こらない。


「は? 何で、能力が……」


 彼の能力は風を操る能力だ。しかし今はそよ風一つ吹きやしない。

 亮太郎も何も起きていない事が不思議だった。

 だが優介は見ていた。あのロボットが手にしていた物を。


「あいつ、コアを盗ったんです。だからトルネイダーさんの能力が失われているんですよ」


「う、嘘だろ……」


 絶望に心が砕かれる。力を失った現実に耐えられない。

 アウェイクスの能力の源、コア。体内に発現したそれを失ってしまえば、もうただの人間だ。

 何故こんな事をするのかは解らない。しかし敵であるのは事実。


「先輩も離れてください。僕が……」


 右腕が裂け、腕が二本に増える。


「やります!」


 そのまま突撃し殴る。増えた腕は頭と腹部を同時に拳を叩き込んだ。

 金属を殴る硬い感触が小さな痛みに変わる。残念な事にたいしたダメージにはなっていない。


「くぅ……」


 優介……クリーチャーマンにとってロボットは相性が最悪の相手だ。最大の武器であるグロテスクな見た目に怯む事が無い。更に頑丈な身体は、破壊力の乏しい優介にはかなり辛い。

 実際彼が最も得意とするのは対人戦。醜悪な風貌で敵の精神を乱し、変幻自在な肉体から変則的な攻撃を加える。周囲からどれだけ陰口を言われようとも、姿を変えなかったのはこの戦法の為だった。

 しかしそれが通用しない敵もいる。心を持たぬ冷たい機械には、敵がどれだけ醜い姿であろうと意味が無いのだ。


「………………」


 ロボットは何も言わず、無機質に爪を突き刺さそうとする。そこに一切の敵意も感じられない。ただ己の身体が作られた目的、プログラムされた命令に従うだけ。


「このっ」


 振るわれる爪をいなしつつ蹴り飛ばす。そして左腕の鎧が開き、先端に爪を生やした触手を撒き散らした。

 それでも木の枝のように広がる触手を掻い潜り、優介の方へと接近してくる。

 逃げたりはしない。彼はヒーローとしてここにいる。どんな相手だろうと、立ち向かうのだ。


「こい!」


 お互い引っ掻き、突き刺すように爪をぶつけ合う。何度もぶつかるが、少しずつ優介の腕に引っ掻き傷が増えてゆく。

 しかし優介の顔に焦りは見えない。この程度の傷、怪我にすらならないのだ。

 それを察したのか、ロボットは爪を突き刺そうと腕を伸ばした。

 だが優介は読んでいた。咄嗟に身をそらし突きを避け、頭を掴みガードレールに投げ飛ばす。ロボットと衝突したガードレール大きくへこませる。

 が、それも大きなダメージにならず、直ぐに立ち上がった。


(頑丈な上に速いな。正面から殴るのはきつい)


 深呼吸をし右手の爪を伸ばす。長さはニ十センチはあろう、指の一本一本が大振りのナイフのようだ。


(それにあいつはトルネイダーさんのコアを正確に抜き盗った。つまりコアが見えているんだ。なら……)


 敵はこちらに一直線に走る。黒い鉤爪が真っ直ぐ優介の喉の下、天突へと突き付けられた。

 しかしその爪が届く事は無かった。左腕を盾にし防いだのだ。


「悪いね。僕は自分のコアが何処にあるのか知ってるんだ。ここを狙うのはお見通しだよ」


 爪は骨の鎧を貫き、優介の腕に深々と突き刺さり固定される。ロボットは引き抜こうとするがびくともしない。


「逃がさないっての」


 ロボットの肘に爪を突き刺し、そのまま腕を引き裂いた。

 一瞬バランスを崩したが機械に痛覚は無い。即座に追撃しようとするも、その身体は動けなかった。

 触手だ。優介の背中から伸びた触手がロボットの膝や肘、各関節を貫いていた。

 周囲がどよめく中、優介は突き刺さった腕を引き抜き投げ捨てる。


「やっぱり関節は脆いか。それに、見えたぞ」


 腕を引き裂いた時に見えた。胸部にヒビが入っていたのを。トルネイダーの一撃は決して無駄ではなかったのだ。

 動けないロボットの前に静かに歩み寄る。そして右腕の鎧が開き、そこから数十センチはあろう大きな角を生やした。まるで腕がサイの頭に変化したようだ。


「くらえ」


 角が装甲を一撃で穿つ。中の機械を潰しながら食い込み、


「……鎮圧、完了」


 ロボットの目は点滅していたがすぐに光を失い、身体は力なく崩れ落ちる。

 腕を引き抜き触手も離れる。黒い機械人形は身動き一つせず倒れ伏した。


「…………」


 亮太郎の方を振り向くと、彼は無言で頷く。やったのだ。完全に機能は停止している。


「ふぅ」


 緊張が解け力が抜ける。腕の角をしまい、触手も引き戻す。

 そんな彼を出迎えたのは、人々の拍手だった。


「…………へ?」


 先程のようにひったくりを捕まえても、こんな事は無かった。誰一人として称賛する者はいなかった。しかし今は違う。


「やるじゃないか!」


「ジャスティスターって事は、新月丸の後輩だよな。流石だな」


 だが全てが称賛の言葉ではない。


「トルネイダーの邪魔して。なんて事してくれるのよ」


「そうだそうだ! 手柄泥棒!」


 トルネイダーのファンからすれば、優介の活躍は妨害にも見えよう。美味しい所だけ掠め取った泥棒にも見えても仕方ない。

 喝采や称賛が欲しい訳じゃない。そんなものの為にヒーローをやっているのではない。人々を助ける為に、己の力を正しく使う為にヒーローをしている。

 それでも、優介の心には言い様のない高揚感があった。嫌な気持ちではない。

 そう、これは人々の希望となった証。


 なのかもしれない。

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